「異聞 勇者じゃないけど勇者のケース事例」

低迷アクション

第1話

異聞 勇者じゃないけど勇者のケース事例


 ファンタジーと聞いて、まず思い浮かべるのは、勇者とその仲間達の冒険です。魔王だが、ドラゴンに囚われたお姫様を助けるため、国王の名を受け、勇敢なる英雄が助けに行く物語。最近では、その勇者になる人物が現世から


召喚されたりと、様々なジャンル、展開に枝分かれし、ますますの発展を見せています。

今回はその勇者の中でも、少し異なった事例を一つご紹介したいと思います。 



「結構、あっけねぇな。」


崩れ落ちる魔城を遠くから見つめ、魔王群の一兵卒“ゾームガース(長いので、以降”ゾーム“と略します)”は呟きました。彼は魔族の中でも、比較的、姿形が人間に近く、というのも、非業の死を遂げた兵士が魔界の影響を受け、蘇った経緯があるからでした。


今、彼は最後の決戦地となった魔王城下の戦場跡に出来た穴に、その身を置いています。

つい、数時間前に金色の鎧とまばゆいばかりの光を放つ勇者の一行が、


自身の所属していた軍団を吹き飛ばし、魔王城に突入した後、城の頂上から巨大な爆発が

突き上がりました。すべては終わったのです。彼らは負けました。


その証拠に、漆黒に包まれた空が晴れ渡り、太陽が現れ、澄んだ空気が…

彼らにとっては呼吸すら苦しく、忌々しいモノ達が全身を照らし、鼻から流れこんできます。


魔界の、瘴気の中のみで生きられる彼らにとっては、例え、今を生き残っても、完全な死が秒読み状態なのに変わりはありません。


諦めと、どこか抱く安心を胸に、目を閉じた彼の前に飛び込んできた影があります。


「まだ、生きておるか?ゾームガース?」


「魔王様っ!?ご無事で。」


思わず、ゾームが声を張り上げるのは、無理もありません。多少、崩れかかってはいますが、先ほど、勇者達と激戦を繰り広げたであろう魔王の姿がそこにありました。


「いや、ワシは死んだ。にっくき、だが、強友として認めたい勇者共によってな。されど

魔族の我等、冥界との繋がりもある。だから、零体としてのみ、

僅かだが、現世に留まる事は出来る。それを使い、まだ生きている者を探しておった所だ。」


「なるほど、合点がいきやした。しかし、この胸糞悪き、澄んだ空気に、明るく輝く太陽。俺とて長くは…」


「わかっておる。だからお主は眠るのだ。傷を癒し、この地に魔の瘴気が再び満ちる日までな。その呪法を、これからお主にかける。」


「しかし、この分じゃぁ、しばらくは、世の中明るそうですぜ?」


「いや、人間というのは、欲の深い、浅ましき生き物。今までは、我等という、

世の悪行や理不尽を押し付ける対象があったが、それが無くなれば、必ず共食いを始める。


自身の首を絞め続けながら喜ぶ、馬鹿な者どもよ。


そこにお前が憑け入り、再び、魔を蔓延らせるのだ。それこそが我等、魔族が現世を支配するという悲願を達する時となる。」


「しかし…そんなん、俺にできっかなぁ?あんまり、大将首って柄じゃねぇし…」


「ええーいっ、うるさい、魔導(まどう)いや、惑う暇はない!行くぞ!ゾームガース!!

@<」w{=}|¥ギュワワワワ~ッ


(意味不明の呪文と一緒に魔王の手から出る光線の効果音が辺りに響き渡ります。)」


「ウオオオッ!?“ギュワワワ~”って、絶対やばい音だ。これ、絶対…」


こうして、魔族のゾームガースは長い、とても長い眠りにつく事になりました。



 魔王の呪法を受け、意識を失ったゾームが、次に眼覚めた時、辺りは真っ暗、土の中でした。固く重なったそれらを

ぬぐうように掻き払い、地上に顔を出した彼は大きく首をかしげました。

辺りは、魔族にとって好物の淀んだ空気が蔓延し、空を黒い雲が覆い、


太陽を陰らせた薄曇りの世界です。


「おかしい、ここは魔界か?」


死んだ魔王の話では、この世に、魔の瘴気が満ちた頃に

目覚めるとの事でした。しかし、それはもっとごく微小な

平和な世界に忍び寄る不穏の影のようなモノである筈です。


今の状態は、まるで、彼らが死んだ後も魔界が存在し続けたような、

実に過ごしやすい整った環境が用意されています。


そして、過ごしやすいのは空気や景色だけではありません。彼の鼻孔を擽る、

生臭さと香ばしい匂い…前者は死体が朽ちていくモノ、後者はそれを焼いた時です。


何処かで誰かが人の死体を焼いているようでした。

それも一人や二人でなく、大勢の死体をです。


「俺より、先に蘇った奴が、一仕事終えたか?」


ゾームを眠らせた魔王は生きている者を探していると言っていました。自分のような中級魔族が命を拾っているのです。


指揮官クラスの上級魔族は立場上、すべて勇者に殲滅されているでしょうが、


その他の有象無象は、多くが生存し、眠りから目覚めている頃でしょう。


自分より、寝起きの早かった連中が一党を組み、ここらを支配しているのかもしれません。

ゾームはしばらく考えた後、自前の盾と剣を持ち、歩き始めました。


そうして進む彼の視線は、元魔王城のあった場所に聳え立つ大きな壁と、4本の巨大な煙突が上げる黒煙、空を染める原因を捉えました。


壁の中からは大きな音が響き、何かを作っている様子です。正体を確かめようと進む

彼の前に、今度は黒い山の群れがいくつも現れました。


「死体か…」


それらは全て腐敗し、中には炭化しているモノもあります。ですが、

まごう事無き人間の死体です。


魔族の中には、趣向や半ば義務的に人間を食べるモノもいます。そもそも彼等の不安や妬み、憎しみなどの感情が集まった“瘴気”が主食です。


人間は貴重な栄養を生み出す家畜であって、食料そのものはではありません。


見せしめとしての殺害はともかくとして、この数は多すぎます。そう考えたゾームの前に

聳える黒山に動く影がありました。


小さく、全身真っ黒で、何一つ身に着けてない姿ですが、恐らく人間。少女のようです。

ガリガリに痩せ細った腕を使い、山の中から懸命に何かを引っ張っていました。


やがて、取り出したそれは黒い棒、人間の腕のようです。少女はしばらく躊躇った後、

それを近くの黒山から出る火で、少しいぶした後、口につけようとしました。


「オイッ」


ゾームの声で、恐らく少女の怯えた視線がこちらを見ました。


「もっと火を通した方がいい。腹壊すぞ?」


彼の声に少女は腕から口を遠ざけ、焼くべきか、辞めるべきか…迷うように、

こちらと火を見比べています。


ゾームにとっては非常にどうでもいい事なので、そのまま横を通り過ぎようとしました。


「非民(ひみん)!!こんな所で何やってる?そして、お前!汚ねぇナリだが、他所の地区の脱走者か?」


非常に口汚く、ドスの利いた声が響きます。ゾームはめんどくさそうに、声の方向を

見ました。彼のいた時代とは、幾分か様子は異なってはいましたが、


人間の看守兵のような鎧を纏った男がのっそりと山の間に立っています。醜悪な面構えと腰には手斧が収まり、片手に持った丸い穴が空いた細長い鉄の棒を、

木で組み合わせた感じの“何か”をこちらにむけていました。


ゾームが正体を考える前に、穴から火が出て、大きな音が響き渡り、彼の胸に激痛が走りました。感じた事のない痛みに、思わず顔をしかめますが、死に至る程ではありません。

ですが、初めての攻撃に、思わず倒れてしまいました。


骨と腐肉だらけの地面に転がり、久しぶりの感触に、懐かしさを感じましたが、とりあえず顔だけをゆっくり上げます。


眼前では、看守らしい男が少女の髪を引っ張り上げ、壁の方へと引き摺っていきます。


泣き叫ぶ彼女が許しを請うように、か細い声で何かを叫びますが、男は聞き入れません。


それを眺めながら、ゾームは黒く汚れた彼女の中で唯一美しいモノを見つけました。


男の手に、握られた少女の髪です。それは、とても美しい金色の髪でした。


(あれには、勿体ねぇな…)


全くもって気まぐれな感情です。ただ、美しいモノが他人に蹂躙されるのは我慢がならないという、真に手前勝手な気持ちが沸き起こりました。


だから、ノッソリ立ち上がると、こちらに背を向けた男の背後に素早く立ちます。

相手が気づく前に腰の斧を抜き盗り(あまり、自分の剣を使いたくない相手でした。)


男の頭に素早く振り下ろしました。呻き声一つ上げる間もなく、倒れる相手から離れ、

硬直が始まる前の手から、少女の髪を救い出します。


地面にペタリと両手をつき、呆然とした彼女のために、死体から鎧を剝ぎ取り、その下の

衣類を切り裂き、簡易式の服を作ったゾームは、それを少女に投げます。


ですが、彼女は身に着けようとはしません。不思議さと恐れを要り交ぜたような表情で、

ただ、ボンヤリとしています。


「“風呂入れ”とか“髪とかせ”とか、色々言いたい事はあるが、まずは服を着ろ。

動物じゃないんだ。少しは人間らしくしねぇとな。」


少女はキョトンとした表情でゾームを見つめ、オズオズと返事を返します。


「な、七(なな)“人間様”じゃない。」


「?…その面と体の作り、ナナって名前は、人間の証拠だろうが?」


「七、名前じゃない。人間様の飼い主様が呼ぶときの番号。七達、“非民(ひみん)”

人間より劣った存在。だから、名前ない。服来ちゃいけない。お風呂だめ、

水かけられるだけ…


食べ物も人間様の食べるモノ、食べちゃだめ。牛さんとか、豚さんの食べるモノと

同じモノ食べてる。でも、それだけじゃ、足りなくて、石炭、運べなくて、


同じ非民から聞いた。同じ非民の死体食べようと思って、人間様に隠れて来たの。


それに人間様じゃない証拠に、皆、番号、体に押されてる。七の見る?」


そう言いながら、こちらにお尻を向けようとする少女“ナナ”を、ゆっくり押しとどめ、

ゾームは言葉を発しました。


「見せなくていい。そして、お前の名前はナナだ。これからそう呼ぶ事にする。

改めて尋ねるぞ。ナナ?あの壁の向こうに、どれくらいの人間とナナの仲間がいる?


もっと言えば、コイツが持っていた音の出る棒は何だ?」


「仲間いっぱい、人間様もいっぱい。看守様も、所長様もいっぱいいる。音の出るモノは

“銃”遠くのモノを殺すモノ。ナナの皆も動物さんも、撃たれて、たくさん死んだ。


ナナを生んでくれた人も、ナナの面倒みてくれたオスの人も…たくさん…たくさん、


だから、ナナも食べなきゃ…働けない。働かないとナナも撃たれる。皆と同じ。だから、

皆を食べなきゃいけない。


あっ…また目が可笑しい、水出た。どうして、止まらない。また、人間様に怒られる。


“ナナ達は非民、動物と一緒。泣くのは可笑しい。”早く、止めな…」


「それが…“人間”の証拠だ。ちょっと待ってろ。」


ゾームは喋り続けるナナの目を、そっと固い手で拭い、壁に開いた入口に消えました。


数分もたたずに、向こうから、いくつもの銃声と怒号、何かが切れたり、爆発する音が

響いていきます。


やがて、震えるナナの前に、全身を血で赤く染めたゾームが姿を見せ、

そっと手を差し伸べました…



 「ゾーム、どうやら、この時代は鉄を生成する技術が盛んのようですな。」


看守の人間の、ほとんどを殺し、投降した幾人から話を聞いたゾーム達です。

達というのは、壁の近くで蘇っていた


トカゲの特性を持つ魔族“ガターシャ”がいたからです。戦闘に関しては

ゾームより劣りますが、魔界の中でも戦略や博識に長け、怯える人間達から


話を聞き、大体の事情を察したのです。


「どうやら魔王城の下からは、大量の石炭が出たようで、

それを燃やし、生み出す熱で鉄を溶かし、あの銃という武器の製造や、


人間達の暮らしを豊かにするための道具を、この壁の中の“工場”という所で

作っているようです。」


「なるほど、おおよその事はわかった。ならば、彼等、非民というのは?」


頷くゾームは、こちらを眺めつつ、与えられた服にかなり戸惑っている、ナナと

その大勢の仲間である、非民と呼ばれる人々を指さしました。


「あれは、恐らく、魔族という人類共通の敵がいなくなったため、社会の不満や

自身達がやりたくない事を押し付ける“代わりの者達”でしょう。


我々を倒した勇者達がそんな法を決めたとは、とても思えないので、その後の血縁、

もしくは別の連中だと思います。彼等は人間同士の争いや混乱を防ぐため、


人間でない者、人間以下の存在を“同じ人間”から作ったのだと思います。


その選定方法まではわかりませんがね?更に言えば、

この時代は爆発的な技術の進歩に加え、大量生産や近代技術の発展に伴う


労働力を必要としています。普通の人間では高い金を積んでも、やりたがらない、

危険や汚い仕事を請け負う存在がね?


非民は人間でない、魔物や動物に近い存在。それを人間が苦労して飼い慣らした。

だから、彼等を人間社会の発展のために、奴隷として使役し、役立てよう。


何年か前の指導者達はそう言って、社会を教育し、非民にされた人々の心と意識を

調教したのでしょう。


最初の頃は、彼等の反発も多くあったと思います。それを何年もかけて鎮圧し、

非民達の体に教え込んだ。虐殺に拷問、家畜、奴隷としての暮らしを、

その体に叩き込んだんです。


我々が目覚めた時に、心地よく感じた瘴気は、

何も夥しい死体の山が発するモノだけではありません。


この土地に染み付いた何世代もの非民達の悲しみや憎しみ、怒りの全てが混ざり合い、

魔族にとって快適な空間を形成していたに違いありません。


そして察するに、この魔界無き現代では、国全体、いえ、世界全体が同じ事を行っているのかもしれません。」


ガターシャの話を黙って聞いていたゾームは、そこで口を挟みます。


「つまり、さっき“金髪いいね!”と発作的にナナを助け、ここにいる非民達を事実上

解放した俺達だが、魔王様の遺言的に言えば、魔界を形成する意味では、このままの状態を続けた方が良いと言う事か?」


無意識に声が大きくなってしまったようです。驚くガターシャと、ナナ達の表情を見て、

自身の様子に気づきました。何故、声を荒げたか?理由はわかりません。


興奮したゾームを見て、苦笑いと細長い舌を見せたガターシャが、

まるで“安心して”と言うように言葉を続けました。


「そんなに気色ばらんで下さい!イエッ、これも、おおよその話なんですが、

この状態が続くと、あまり魔族的には良くない事になるかもしれません。


というのはですね…えーっと、ナナちゃん(ゾームが“ちゃん付け?”と顔を凄く

歪ませたが、軽く無視を決め込んだ)」


「ハッ、ハイ!」


生まれて初めて着た服に、文字通り“着慣れていない”といった様子で、こちらに

トタトタ歩いてくる(鉱石と、炭の破片をぎこちなく避ける裸足の彼女を見て、

次は“靴”を慣れさせなきゃとゾームは思った)


ナナに、ガターシャは近くに転がっていた元看守の腕を差し出します。


「お腹減ってるでしょ?これ食べていいよ。火はちゃんと通っているからね。」


「ハ、ハイッ」


少しゾームの方を見た彼女ですが、すぐに返事をし、ガターシャから受け取った腕に

オズオズと口を近づけました。勿論、ゾームはそれを止めます。


「止めろ、ナナ。変わりにこれでも食ってろ。他の皆にも配ってやんな!」


「えっ、でも、これ人間様の…」


「お前も、その“人間様”だ。だから、気にするなよ。」


「ハ、…」


「“ハイッ”じゃなくていい。お前くらいの女の子は“ウン”とか“わかった”でいいんだ。」


「ウ……ウウ…ウンッ!」


「上出来だ。」


そう言い、初めて口にする“パン”をこわごわ頬張っていくナナを見るゾームの隣で

ガターシャが囁く。


「これで、わかったでしょう?ナナちゃん達…」


「“可愛い”とか言ったら、ぶっ飛ばすぞ?何をだ?」


「違いますよ。何処見てるんですか?彼女達の様子です。“人間が嫌悪する行為”を

普通にこなせる。“靴を舐めろ”と言ったら、舐める。“泥水を啜れ”と言ったら、啜る。

“同胞の肉”を食えと言ったら、


まだ僅かに残った理性的な部分で、少しの抵抗はあるものの、結局は食べるでしょう。

人間として否定された彼女達は最早、動物に近い。恐らくナナちゃん達の次の世代では、

完全に動物と同じ存在になるでしょう。


これは非常に不味い事です。」


「不味い?」


「我々が魔界を形成する上で必要な瘴気を最も多く生産してくれるのは、人間です。

彼等が持つ感情の中にある悲しみ、妬み、そして、怖れに憎しみが、最も瘴気の原材料

になります。


そのために、人間を殺し、必要とあれば、奴隷や家畜として飼い慣らし、辱めさせ、

異形のモノ達に対する恐怖の感情を生み出させるのです。


捕虜の人間達に聞いた所、現在、人間界では非民の方が圧倒的に多いそうです。

もっと人間を増やさないと、魔界を生成する瘴気が足りません。


なので、我々の、第一目標は、まず彼等を解放し、人間としての生活を取り戻させ、

瘴気を生み出す原料の材料確保に努めるべきです。」


「おおっ、つまりは連中を助ける訳だな?人並の暮らしをさせてやる訳だ。」


「ええ、そうなりますね。まぁ、それに…」


「それに?」


「人間が、人間を辱め、いたぶるなんて生意気です。それは、我々魔族の仕事です。

役割の違いを連中に思い知らせてやりましょう。」


「そうだな。それでいい。よし、まずは目覚めた仲間達に事情を説明して、じゃないと、

ナナ達が食われそうだからな。そうしてから、工場を取り返しにくる人間の軍勢と

戦うとうするか?」


「ええ、そうですね。これなら…おたくの“無用な良心”にも納得するでしょ?

(後半は小声で)」


「何か?言ったか?」


「いいえ、なーんにも。」…



工場近くの森で、いくつもの銃声と巨大な足音が響き渡ります。森から抜けだした兵士達が陣形を立て直す前に、巨大な影が姿を現し、大きなドラ声を上げます。


 「人間共も面白い戦い方をするワイ。鉄の弾を飛ばすとはな。」


岩石の魔族“アンノン”が横一列に並び、前装式小銃を発射する兵隊達に


突撃し、一気に軍勢を蹴散らしました。


「気を付けな!アンノン。ガターシャやゾームの話じゃ、“大砲”っていう、もっとデカい

鉄の塊を撃ってくるのもあるらしいよ。最も、アタシが空から火を吹きかければ

問題ないけどね?」


アンノンの後ろから飛び上がった鳥型の飛行魔族“バーリィ”が口から強力な火炎を

拭きつけ、空を縦横無尽に飛び回っていきます。


「シャ―ッ、ゾームの野郎、人間を食わずに守れ!だとよ?魔族も堕ちたもんだな、

シャ―ッ!!」


「聞こえてっぞ!“ノイド”人間なら、目の前に山程いるぞ?そいつ等を食えばいい!」


「言われなくても!シャ―ッ!!」


両手の大鎌を振り上げた昆虫型魔族“ノイド”がゾームと一緒に残った敵陣に突っ込み、

掃討を開始します。兵士達の中には、接近戦用のサーベルや短銃で応戦する者もいますが、


銃による遠距離の戦いしか経験のない彼等、ましてや、異形の魔族を見た事ない兵の

ほとんどが怯え、ロクな戦闘もせずに討ち取られていきました。


「人間共、最早、戦いは見えている。降伏するなら、命まではとらない。」


眼前に迫った将校風の男のサーベルを盾で受け止め、ゾームは叫びます。


「古の化け物共が生意気な口を!栄えある人間の兵団が、非民共を…ブツッ!…グェェッ…」


「そうか、なら命はいらんな。」


最後まで喋らせず、ゾームは将校の首を撥ね飛ばしました。首から上がった鮮血が兵士達に

降り注ぎ、彼等の顔面を赤く染めていきます。


「化け物が、隊長の首を一瞬で跳ね飛ばしやがった…」


「無理だ。叶わねぇ!!逃げろ!!逃げろぉおっ!!」


異形の存在達による圧倒的な攻勢。自身達の武器が全く効かない状況、極めつけは

大将の首が一瞬で飛ばされるという展開に、兵士達の恐怖は一気に爆発しました。


敗走する彼等から巻き起こるその感情は、魔族であるゾーム達の体を癒し、

本来の力を取り戻させるのに役立っていきます。


その様子を見たガターシャが、ナナと人間を連れてきました。


「お疲れ様です。皆さん!これで当分、相手の援軍は来ませんね。ですから、ナナちゃん達

に支配者が変わった事と、今後の生活を教えてあげましょう。お願いしましたよ?ゾーム。」


「えっ?何で俺がっ!?アンノンか、バーリィでいいだろ?」


「ワシ、喋りヘタ。」


「アタシも、久しぶりに火ぃ吹いて、舌焼けっつっちゃったわ!ガターシャはどうよ?」


「私は基本、補佐役なので、こーゆう舞台は向いていませんので。」


「しゃあねぇっ!俺がやるしかねぇか。」


「シャ―ッ、オイッ!俺はどうした?喋るの得意だぞ!?シャ―ッ!」


「お前はシャ―ッ、言うから駄目だ。」


「シャ―ッ、頑張れば、シャ―ッ言わなくても喋れるぞ?シャ―ッ!」


「言ってるじゃん。シャ―ッ!ってさぁ~。」


「とりあえず、人間達がオロオロしてるので!ゾーム、早く!」


「ちょっと待ったシャ―ッ、話を…」


「よおしっ、何か非民とか言われてた人間共ぉっ!」


ノイドを遮ったゾームの言葉に、集められた人々達は一斉に、そちらを向きました。

彼等としては絶対に逆らう事の出来なかった人間達を瞬く間に蹴散らした魔界の者達より、

自分達の今後がどうなるのか?非常に気になっている様子です。


ここで間違えた指示を出せば、今後の計画が台無しです。ゾームはガターシャに言われた

言葉を慎重に復唱しながら、言葉を発していきます。


「今日から、お前達は、俺達“魔族”の所有物として使役される事になる。工場の仕事は

以前として続けてもらうが、これに追加して農耕も行う。ここらは耕せば、

いい作物が実るだろう。


嫌な話だが、肥料は足りるだろう。あれだけ“山と積まれて”いればな。

これで生活に必要な道具と、食料の確保は出来る。


次は生活の改善だ。これまでは素っ裸で、食事はよくて一食、倒れるまで働かされたらしいが、全部廃止だ。非常に効率が悪い。健康面、労働工程、どれをとってもな!


まず、服を着て、風呂に入る。入浴はいいぞ?心の洗濯だ。そして食事は三食。

少なくとも二食は摂ってもらう。さらに労働時間は時間を決め、交代制を敷く。


これで人手が減る事もなく、効率の良い大量生産が可能となり、生活が安定し、豊かになる。そして最後に…」


ここまで一気に捲し立てたゾームは人間達の反応を見ます。皆が一様にキョトンした

表情…やはり、非民としての生活が身についている彼等です。


この意識の改善には、生活が代わり、ゆっくりと彼等の中に浸透していってもらう事に

なるでしょう。そのために大事な事は…


「これからお前等は“人間”になる。もう非民だからとか…そうゆう言葉はいらないし、

言った者は厳しく罰せられる事になるだろう。


さっき、ナナが配ったパンの味はどうだ?

あれが人間としての暮らしを始める第一歩だ。よろしく頼むぞ。」


ゾームの話はここで終わりました。後は人間達の返答を待つばかりです。

静まり返り、顔を見合わす彼等を見て、ゾームが言葉を間違えたかな?と心配し始めた時、

人間達の中を進み、元気よく前に走りでてきた者がいました。


「ハイ、わかりましたー!“勇者様ぁっ!”」


「お、おう、それでいい!ナナ!!だが、勇者様は…余計なっ!…」


「ナナ!わかった!勇者様!!」


「・・・・・・・・」


元気に黄色い声を上げたナナに、ゾームは一息をつきました。最後の一言“勇者”という

部分は非常に気になりました。後ろでニヤニヤと笑っている魔族の仲間達の視線も含めて…



 「勇者様、これ何?読む?」


「これはな。今から、俺達が乗り込む王都を記した地図だ。

ナナが指さしているのは、王様の名前だ。どうやら、これによると勇者の末裔らしいな。

今の王様は。」


「じゃぁ、勇者様、友達?家族?」


「どっちでもないな。むしろ、逆だ。そして言葉覚えるの、早くていいけど、

そろそろ勇者様ってのは勘弁だ。後、もう夜だ。早く寝ろ!」


「ナナ、わかった。勇者様!」


「・・・・・・」


笑顔で頷くナナに、ゾームは軽く頭を抱えます。彼等が蘇ってから数か月、最初は一つの

地区のみで起きた非民の解放は王国全域に及んでいました。


ガターシャの巧みな戦術と交渉は、他の地区を上手にまとめ上げ、中には戦闘をしないまま

魔族の占領下に置く事が出来る地区もあった程です。


家畜として、時には家具として扱われた非民達の社会制度は非常に効率が悪く、

支配階級の人間達にとって、都市発展のための足枷となりつつありました。


そこに強大な力と都合のいい提案、かつ自身の地位を安定される条件を出されれば、彼等が

軍門に下るのは当然の成り行きでした。


(最も、ガターシャは支配階級の連中から権利や

財産を上手に搾取していき、民衆に還元する事をしっかり行っています。)


そうして戦いを繰り返し、残す所は王国の主要地区である“王都”のみとなっていました。


ゾーム達のやり取りを眺め、魔族達の会話も弾みます。


「全く、魔王様が聞いたら、泣いて喜ぶワイ、ワシ等が人間の王国を支配するなんてな。」


「だいぶ、思ってたのとは違うけどな。シャ―ッ!恐れられるべき人間共から感謝されても

困るシャ―ッ!」


「あらぁ~っ、別にいいじゃない。ガターシャの言う通り、戦場での恐怖の感情は

アタシ等大好物だし、非民の人達だって、今は感謝だけど、もっと人間らしくなれば、

怒り、妬みに不安な負の感情出まくりで、食いっぱぐれなしよぉ~っ!」


「全くですな。このまま行けば、王都もじき陥落。イイ流れが出来ていますよ~!」


「それはそうと、ガターシャ、何だかアンタ、最近、面構え変わったねぇ~?まるで

人間みたいよ?」


「そうですか?まあ、これはね。それぞれの地区をまとめ上げたりするのに、あんまり

化け物面じゃねぇ…」


「オイ、お前等、どうでもいいが、そろそろナナの面倒を見てくれ。こんなんだったら、

工場に残してくりゃ良かったよ。」


「ナナ、世話する!勇者様達!助ける!」


「まぁまぁ、ゾーム、いいじゃねぇか!ワシ等がこうなったキッカケを作ってくれたのも

ナナちゃんのおかげ。色々頼りになるワイ!」


「シャ―ッ、人間の作るメシ美味い!シャ―ッ!」


「それは、アタシも賛成~!」


「私も同感です!」


「アリガト!アンにノイ様、ガタ、バリねぇ!!」


笑顔で魔族の中を飛び跳ねるナナと異形の面構えを、

崩しに崩しまくって笑う同胞達を眺め、ゾームはもう何百回目かの頭を抱えます。


明日は恐らく最後の戦いになります。味方をしてくれている人間達も、その多くが死ぬでしょう。更に言えば、近代化された現代の兵法では今の所はありませんが、

王様は勇者の末裔…


魔族に対する装備や対抗魔法を備えているかもしれません。少しは不安や用心すべきだと思いました。


そう考えながら、賑わう仲間達から離れ、ゾームは明日の戦場となる王都の方角を見つめ、夜風に流れてくる微かな瘴気を吸い込みます。


(やはり向こうから来る風は上手いな…)



戦いが始まり、数か月、彼はある事に気づき始めていました。人間の容姿に近づく

ガターシャ、かつては人間を食い、殺していたノイドやバーリィ、アンノンは今や、

彼等と供に生きています。


ガターシャの話によれば、戦いの中での恐怖や、憎しみが魔族の原料を生み出し、

その後は、人間としての心を取り戻したナナ達が生み出すであろう瘴気が、


自身達の魔界を…生きる手段を形成するとの事でした。しかし、それは違いました。

どうやら、ナナ達を人間に戻すため、寄り添った魔族達も人間に近い存在になりつつ

あると、ゾームは考えています。


これが良い事なのか?悪い事なのか?彼にはわかりません。ただ言える事は…

考える彼の肩に大きな布が被さりました。


後ろを見れば、ナナが心配そうにこちらを見ています。


「勇者様、寒くない?」


「俺は大丈夫だ。それより、ナナ。明日は早い。もう寝ろ!二回目だ。」


「ナナ…眠れない…」


そう答え、ゾームの背中にピッタリと体をくっつける彼女をそっと布でくるみ、

出来る限り優しく抱きかかえました。


「アリガト、言葉の使い方、間違ってない?」


頷くゾームに安心したのか?少しウトウトし始めるナナです。

戦いが始まってから幾度も、こうして寝かしつけてきました。


「ナナ…」


ですが、今日は彼女に聞いておきたい事がありました。


「…ナニ…?」


「前から聞こうと思ってた。何で勇者なんだ?俺は?」


「ん~っ…」


ゾームにとって、どうしても聞いておきたかった疑問、ですが、ナナはボンヤリした目を

開け“何だ、そんな事かぁ~?”というような…眠そうな様子で、ごく当たり前な感じで

答えました。


「ナナを生んでくれた人…おかーさんだよね?おかーさん言ってた。

剣と盾、持った優しい人、勇者様、困ってる人助ける、助けたら勇者様、他へ行く。だけど、行かないで、勇者さ…」


言葉途中で寝息を立てるナナを見つめます。彼女が自分から離れない理由がわかりました。そして眠れない理由も…少しため息をつき、ゾームはいつまでも立ち続けていました…



 「とうとう、ここまで来たか…蘇りし魔族よ」


金色の王冠を被り、立派な口ひげを蓄えた国王がゾームを目の前にして、王座から静かに

立ち上がります。ここは王都の中心部、玉座の間…戦いは終盤を迎えていました。


王都から撃ち込まれた数百発の砲弾と銃弾を浴び、多くの仲間達が死んでいます。アンノンは砲弾を喰らい、動けなくなりました。


あれほど人間嫌いだったノイドは人間を庇って死にました。

ガターシャが手配した援軍と、自らの命を捧げたバーリィの突撃が

砲台陣地を吹き飛ばし、勝敗を決めたのです。


かつて、勇者が身に着けた鎧と剣を持ち、立ちはだかる国王にゾームは手を上げ、

静止させました。


「王様、別に戦う必要はねぇ、俺達としては、非民なんて、意味のねぇモン取っ払って、

皆が平等とはいかないが、少しは互いを支え合った方が、世の中上手くいくって言う提案をしたいだけだ。勿論、そこに俺達魔族も上手に絡んでな。どうだい?」


「断る。魔界の者達と手を組む事はせん。この国は我が先祖、勇者の作りし国。

誰にも渡さん。行くぞ!」


「交渉の余地なしか!しゃぁねぇっ!」


叫び、剣を繰り出した国王の一撃を素早く躱します。元々、戦闘経験のない王族の人間。

百選練磨のゾームの敵ではありません。そのまま相手の胴元に強力な剣撃を

叩き込みましたが…


「ふふっ、効かぬわ。」


攻撃を喰らったのはゾームの方でした。彼の剣は国王の鎧に弾かれ、同時に走った激痛が

全身を駆け巡り、その場で膝をつく形となりました。


「クソッ、退魔の鎧か…」


「左様、我が王家の家宝だ。全ての魔を退ける鎧に、この大剣。当てれば一撃で、貴様を

肉塊に変える。これで終わりだ。魔族の加勢なき民など、いくらでも操れる。人々は再び

余の前に跪くのだ。」


「それが本音か?そんなに支配したいか?人々の解放に立ち上がったお前の

ご先祖が泣くぜ?」


「我が先祖もそれを望んだ。人は自分より下の存在を作りたがるのが余の常。

安定した世界を保つためには、


魔族に変わる敵、蔑む存在が必要だ。先祖は正しい。人間とはそう言うモノだ。」


「だから、こっちは闇落ちした。しかし、今日はその人間が必要らしい。

魔族の攻撃は駄目なんだろ?なら、これはどうだ?」


「勇者様!」


玉座の部屋に飛び込んできたナナが、ゾームに短銃を投げ渡しました。

それを国王に向け、素早く引き金を引きます。


乾いた銃声と驚愕に、目を見開いた国王が


「馬鹿な…」


と呟き、その場へ静かに崩れ落ちました…



 「本当に行くんですか?」


すっかり人間と大差なくなったガターシャが人間達に囲まれながら、ゾームに尋ねます。


「ああ、俺は元人間の魔族、人への憎しみから、この道を選んだ。お前にノイドやバーリィ、そしてアンノン達みたいに上手に変われない。


本音を言えば、今、この空気すらも息ぐるしくて、立ってられない。仕方ないんだよ。


どうやら俺は戦いと混乱の中でしか生きれないようだ。」


「…わかりました。まぁ、あれです。この国を救った勇者達の一行として、

ノイド達の銅像を作る予定です。動かなくなったアンノンは、守り神として崇めます。

それらの式典の時は、ちゃんと帰ってきて下さいよ?」


「その頃には、俺みたいなガチ魔族が住めるよう、社会を教育しとけよ?頼んだぜ?」


「わかりました。しかし、そんなに急がなくても。ナナちゃんにも、

別れを言わなきゃ駄目ですよ。」


「それは大丈夫だ。ナナの母も言っていたらしい。勇者は使命が終わったら、次の土地へ

困っている人達を助けに行くってな。まだまだ、他の国じゃ、似たような制度やってるらしいからな。戦う場所はあるさ。あの子もちゃんとわかってる。」


ゾームの言葉に“合点が言った”と言うように頷いたガターシャは、少し笑い、

武器や地図を詰めた袋を、彼の背中に括りつけ、多くの人々と一緒に、

ゾームの姿が見えなくなるまで元気に手を振り続け、その別れを見送りました…



 以上で今事例は終わります。勇者でない真逆の存在が勇者となる今回のお話し、

如何でしたか?さて、蛇足となりますが、最後に紹介しときたい追加項目を載せます。


これはいかにも、ありきたりな話なので、本編からはあえて外したものですが、

王都に攻め込む日の朝、ナナは魔族の中で一番賢そうなガターシャに質問をしました。


「ガタ、ガタ!おかーさん聞いた話、勇者様、他へ行く。続き思い出した。勇者様他行くと、お姫様幸せって言ってた。でも、ナナ嬉しくない。何で?」


お眼目に少し涙浮かべがちな少女を見て、ガターシャは驚きます。元非民として育った

ナナが泣くという感情を、まだ残していると聞いてはいましたが、


その、実に人間らしい“悲しみと不安”を表す彼女を見て、余程の事だと思い、

慎重に答えを選び、彼女に理解できるよう優しく説明します。


「ナナちゃん、多分だけどね。勇者の話ってのはね。確かに勇者は他所へ行っちゃう事多いんだけど(その瞬間、ブワっとナナの目から涙が溢れ、ガターシャは大いに慌てました)


お、お姫様と結婚してね。一緒に行く話もあるんだよ。

だから、行っちゃうけど、大丈夫!幸せなんだよ!」


「ケッコンって何?(幾分、元気を取り戻した様子のナナにほっとします。)」


「えっ?結婚。うーん、ナナちゃんにはまだ早いかな。要はですね。

一緒に着いていくんだよ。勇者様にね。そうすると幸せ、勇者様だよ。」


「着いてく!幸せ、勇者様!ナナ着いてく!勇者様着いてく!」


元気を取り戻し、飛び跳ねるナナに安心したガターシャは、その話を忘れていました。

別れを告げるゾームから話を聞き、そう言えば渡す袋が何だか異様に重かった事と、

彼の話、ナナの質問全てが繋がり、納得し、笑顔を作ったのです。


今頃、何処かの土地で一息をついたゾームが一休みをして、袋を開き、或いは袋の中で苦しくなった彼女が、背中から元気よく飛び出し…


「勇者様!ケッコン!ナナ着いてく!」


と彼の首に両手を回し、ゾームが驚きとちょっぴりの歓喜を交えた悲鳴を上げる事を

想像して…(終)


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「異聞 勇者じゃないけど勇者のケース事例」 低迷アクション @0516001a

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