第13話 マイホーム

「さぁさぁ、汚いところだけど、遠慮なく上がって!」

「うん、謙遜とかじゃなく、普通に汚いな。……お邪魔します」


 なんだかんだでマルクトの家に泊まることになった少年は、遠慮がちに家に上がる。

 マルクトの家は一階建ての一軒家だった。

 年齢の割に大人びた考えをするイェソドだったが、女子の家に上がるという経験で少し緊張した。少女の両親にはなんと説明しようかと考えたが、もう夜も更けているのに家に明かりはなく、留守にしているということが分かった。

 だが、マルクトの一人暮らしというわけでもないらしく、玄関には男物の靴が乱雑に置かれていた。家に上がってすぐにリビングからは酒の臭いが漂い、空き瓶や空き缶がいくつも転がっているのが見て取れる。


「……親はいないのか?」

「ケセド叔父さん? んー、いつも帰るの遅いし、今日もそうなんじゃないすかねぇ」


 叔父と二人暮らしということについて、何やら事情がありそうではあったが、他人の家庭の問題であるため、それ以上踏み込んで聞くのは躊躇われた。

 マルクトは天井から伸びている紐を引っ張って、屋根裏へと続く梯子を下ろす。彼女の部屋はそこらしく、ケテルと共に上がって行くので、イェソドもそれに続いた。

 彼女の部屋はリビングよりはマシだったが、床に衣服が放置されていてやはり綺麗とは言い難い。女の子らしい持ち物はほとんどない代わりに、猫用の遊具や足場などがこれでもかというほど部屋中に転がっていた。


「……ここは本当に女子の部屋か? 服の洗濯くらいちゃんとしろよ」

「失敬な! 洗濯はしてるし、毎日綺麗な服に着替えてるっすよ! 畳んだり、タンスに押し込んだりするのが面倒で、床に放置してるだけっす!」

「中途半端に面倒くさがりだな。床に置いてたら汚れるし、畳まないと皺になるだろ」

「うわっ、すごい冷静に諭されたっ!?」


 少年はこういうのを見ているといらいらしてくる性質だった。床に放置されている衣類を手に取ると、頼まれてもいないのに折り畳んで床の面積を広げていく。


「まさかのおかん属性!? でも、下着とかもあるからちょっと恥ずかしいんすけど……」

「じゃあ、自分で畳んでしまっとけ。変なばい菌移っても知らんぞ」

「焦るかと思ったら、冷徹な論理的返答!? あぁ、この子、洗濯物をただの布地としか思ってない! 家事に没頭すると、恥とか気にしない機械になるタイプだ!」

「あんた、何かにつけて茶々入れないと死ぬのか?」


 テキパキと手を動かしながらつれない返答をするイェソドに口を尖らせながら、下着だけ回収してタンスにしまうマルクト。かなりギリギリだが、彼女も一応女の子なのだ。

 衣服が整えられると床にスペースが生まれる。部屋の壁にワイヤレス掃除機が立てかけられていたので、ついでだったので掃除しておく。ベッドに腰掛けたまま、彼の手際をじっと見ていたマルクトが真顔で言った。


「イェソドくん、今から私を産んで、ママになる気はないっすか?」

「思考を幼児退行させるな。大人に戻って、畳んだ服をタンスに入れろ。で、俺はここで寝ればいいのか? それとも、下の階のソファー?」

「私と同じベッドでいいっすよ~。ソファーはゴミに埋もれてるから使えないし。マルクトお姉ちゃんと姉弟仲良く寝ましょう!」

「子どもになったり、姉になったり、忙しい奴だなぁ、おい! 床でいいよ!」


 ちぇ~っと言いながら、イェソドが畳んだ服を抱えてタンスに向かうマルクト。引き出しを開けると、ぐちゃぐちゃな状態で放り込まれている衣服が顔を出した。


「…………大丈夫、イケる」


 ぎゅ~っと圧縮して、無理やり押し込もうとするマルクトの頭部が背後から掴まれた。


「俺の言い方が悪かった。大人に戻って、畳んだ服をタンスに入れろ」

「ぎゃああああ、痛い痛い痛い! イェソドくん、握力強い! 暴力反対!! イェソドくんをそんな暴力息子に育てた覚えはないっすよぉ!?」

「俺もあんたの息子になった覚えはねえよ。せめて、関係性を統一しろ」


 仕方なしにタンスの中身も整理し始めるイェソドだったが、その時、タンスの上にケテルが飛び乗ってきた。今までは二人のやりとりを静かに見守っているだけだったのに、何かを訴えるようにじっと見つめてくる。


「なんだよ、なにか――」

「しっ、イェソドくん、ちょっと静かに」


 マルクトの緊張混じりな声に、イェソドも押し黙り、束の間に静寂が流れる。やがて、階下から扉が開く音がしたかと思うと、人が入ってくる気配がする。

 最初、イェソドが追手が来たのかと思ったが、続くマルクトの言葉で違うと悟る。


「あちゃ~、今日はいつもより早く帰ってきちゃったッすね」

ってことは……」

「えぇ、ケセド叔父さんっす」


 そう言うマルクトは、彼女にしては珍しく苦虫を噛んだような表情だった。

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