第12話 魔法の電脳姫
「……さっきのサイレンや停電はあんたがやったのか?」
「いひひひひ、ちょっと自信がなかったけど、上手くいって良かったっす」
特に隠す様子もなく、あっさり打ち明けられてしまう。しかし、イェソドは彼女の言葉を素直に信じることができなかった。
機械に詳しくはないが、車の盗難防止サイレンや停電を意図的に引き起こすことは簡単ではないはずだ。例えそんな技術を持っていたとしても、準備する時間もなしにそれらができるとは思えなかった。
「あぁ、そうそう。ついでにこれ拾っておいたっすよ」
いぶかしげに警戒するイェソドに、マルクトがスマホを差し出す。先刻殴られた際に落としたスマホだ。あまりに異常な事態が続いたせいで、それの存在を忘れていたイェソドははっとした顔でそれを掴む。
だが、スマホをしっかりと掴んでいたマルクトの手が離れない。
「一応言っておくけど、また逃げても見つけられるッすからね」
普通ならはったりと思うところだが、現にこうして見つかっているのだからまったくの出鱈目とも思えない。
有無を言わさぬ強い目力に押され、イェソドはゆっくりうなずく。ならばよしとマルクトが手を離し、イェソドの手にスマホが戻ってきた。
「……何者だよ、あんた。『
「クラウン? なにその、中二病全開の痛々しい名前」
「名前の通り、痛々しくて馬鹿で性格の悪い奴だが……知らないのか」
マルクトが嘘を吐いている可能性もあるが、イェソドは彼女の言葉を信じることにした。そもそも、クラウンの仲間なら、イェソドを助ける意味はないからだ。
「そのあたりの事情も聞かせて欲しいっすけど、立ち話も何なんでまずは私の家に行きましょうか。イェソドくんの手当てもしないといけないし」
そう言いながら、マルクトはハンカチをイェソドの鼻に当てる。そこで初めて、イェソドは自分が鼻血を流していることに気がつく。殴られた時に出たものだろう。
「って、ちょっと待てよ。俺はあんたの家に行くとは言ってないぞ」
「もう、まだそんなこと言ってるッすか。外をうろついてると、そのクラウンって人とその仲間に追われるんでしょう? あんまり往生際が悪いと男らしくないっすよ?」
「いや、男らしさ関係ないだろ。挑発してるつもりなんだろうけど、露骨過ぎるんだよ。そんなのに乗るバカがいるか」
「ちっ、引っかからなかったか」
なかなか思うように事が運ばず、マルクトは不満そうに口を尖らせる。
「なにがそんなに不満なんすか! こんな美少女の家に泊まれるなんて、小躍りしながら全裸になって逆立ちで豚の鳴き真似しつつ町内一周するくらい狂喜乱舞するものでしょ! それでも思春期男子か!」
「そんな奇行に走る男がいるなら会ってみてぇよ。あんたは自分の怪しさを自覚しろ」
「えっ、普通はやらないんすか?」
「やるわけな……いや、待て。なんだ、その顔。やった奴がいるのか!? まじでやった奴が知り合いにいるのか!?」
「ごめん。会わせてあげたいんすけど、あの人、今は塀の向こうだから……」
「だろうなっ! ……いや、冗談だよな!? 冗談で言ってるんだよな!?」
遠い目をしてスルーする少女を見て、イェソドはそれ以上考えるのを止めた。挑発には乗らないといったが、この女が相手だと調子が狂う。
その時、足に重みを感じて見下ろすと、イェソドの足に黒猫が前脚を置いていた。確か、マルクトの飼い猫でケテルと呼んでいたか。猫とは思えないほど人に慣れた様子と知的な眼差しが、どこか不気味に感じられる。
と、そこで、イェソドのスマホが着信を告げる。見れば、先刻かかってきた謎の番号からだった。先刻と同様、通話ボタンを押していないにもかかわらず勝手に繋がる。
『マルクト、彼が怯えているのは、未知なるものに対する恐怖によるものです。こちらの情報を伏せたまま、彼と信頼関係を結ぶアルゴリズムを組み上げるのは難しい』
相変わらず淡々とした声。だが、それは少年の心情を的確に言い当てていた。自分の心の弱さを不意打ちで指摘されたイェソドは、向きになって反論する。
「誰だよ、おまえは!? というか、俺は怯えてなんかいねぇ!」
『怯えとは生存本能の裏返しであり、それに関して劣等感を抱くことは正しくないと考えます。ですが、あなたが侮辱と考えたのなら謝罪しましょう。私はどうにも人間の感情の機微には疎いようです。すみませんでした』
その言葉通り、電話の相手にイェソドを貶める意図はなかったのだろう。すぐにそう信じられるほど、その言葉には感情が乗っていない。あっさりと謝られてしまえば、イェソドもそれ以上文句は言えなかった。
そんな彼の頭をマルクトがぎゅっと抱きしめる。
「そっかぁ~。イェソドくん、怖かったんすねぇ。マルクトお姉ちゃんとケテルちゃんがついてるから、もう大丈夫っすよ~。怖くな~い怖くな~い」
「あんたはほんと、悪気もないのに人を怒らせる天才だなっ!」
柔らかな感触に顔を赤くさせながら、イェソドはマルクトの腕から逃れる。電話の相手とは違って、マルクトの方は確実にこちらをからかっている。
「……ん? ケテル?」
「そうだよ? ケテルちゃん」
『正式に名乗るのは初めてですね。ケテルと申します』
電話の相手が肯定したことで、聞き間違いではないということが分かる。少年は手にしたスマホから、足元の猫へと視線を移して指差す。
「……ケテル?」
「そうだよ? ケテルちゃん」
『その認識で間違っていません。身体構造上の問題で発言は電話やスピーカーを介する必要がありますが、物理世界上では猫の姿をとっています』
頭痛をこらえるように、イェソドは頭を押さえた。
ケテルはきちんと説明したつもりなのだろうがどこかずれているし、マルクトの方は少年の混乱がわかっていながら、あえて詳しく説明せずに反応を楽しんでいる節がある。
「……なんで、猫が電話に出てるんだよ!? メリーさんか、おまえは!」
『メリーさん。都市伝説に登場する怪異で、電話を取るたびに近づいてくる幽霊。そのように呼ばれるのは初めてですが、当たらずとも遠からずでいい例えだと思います』
「当たらずとも遠からずって……じゃあ、もっと近いので例えるならなんなんだよ」
『あなたたちの言葉で私を表すなら、『悪魔』という単語がもっとも近いかと』
「悪魔?」
イェソドの脳内に、山羊頭の典型的な悪魔が思い浮かぶ。黒猫は確かに魔女っぽいが、電話で会話する悪魔というのはイメージと合わない。
『そう、悪魔。契約を交わした相手に魔法を授ける怪物。優れた科学は魔法と変わらないと言いますが、逆もしかり。現代における魔法使いとは、情報を操ることができる者に他ならない。では、情報とはどこに集まり、何でできているでしょうか?』
「……そりゃ、インターネットじゃないか? 何でできているかって言えば――」
電気――と言いかけて、イェソドは言葉を止める。車の盗難防止サイレンに、人為的停電……今までで起きた不思議な事象は、すべて電気に関することだった。
『悪魔と契約を交わした人間は、魔法が使えるようになります。電気を操る魔法を』
人類は電気を支配下に置くことに成功した。だが、もっと繊細に電気を操ることができる魔法があるとすれば、それは現代においても奇跡と呼べるのではないか。
『ゆえに、現代の魔女はこう呼ばれる。
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