第6話 女の子気取りなヒーロー

 白目を剥いて地面に転がる仲間の様子に、高校生グループは戸惑いを見せる。だが、普段バカにしているマルクト相手に弱みを見せることはプライドが許さなかったのだろう。男子高校生たちは自分を奮い立たせるように声を荒げる。


「マルクト、てめえ、何やりやがった!」


 驚いて逃げてくれればよかったのだが、やはり簡単にはいかないようだ。できれば穏便に済ませたいが、ここまで状況が乱れてしまってはそれも叶わないだろう。

 マルクトは左手を前に出し、以前テレビで見た中国拳法っぽい構えを取る。格闘技なんてやったことないが、こういうのは気分だ気分。張り子の虎と言うより、せいぜい張り子のマングース程度だが、意外と様になっていたらしく、男子たちの警戒度が上がる。

 ちらと少年に視線を投げると、地面に倒れ伏したまま、目で逃げろと訴えていた。こちらとしてもそうしたいし、少年が乱入してくるまでは、機会を見てそうするつもりだったが、彼を置いて逃げるわけにはいかない。

 少年の乱入は予想外の出来事だったが、それが自分を助けるためにやったことだというならほうっておけない。昔、師匠も同じようなことを言っていたのを思い出す。


『いいか、マルクト。少年少女は人類の宝だ。それが美少年美少女なら至宝と言える。それらを守ることは人類の義務であり、多少の犯罪も許される。そうは思わないか?』


 真摯な瞳でそう言った師匠の手には、望遠カメラが握られていた。聞いたところによると、近所の小学校でプール開きがあるらしい。師匠の言葉をもっともだと思ったマルクトは、とりあえずそれを叩き壊しておいた。


「(あっ、これ、思い出さなくてもいい記憶だったっすね)」


 今年もそろそろ望遠カメラを叩き壊す季節だなぁと考えながら、マルクトは正面から伸びてきた手を雑に避けながら足を引っ掛ける。

 体勢を崩してたたらを踏む男子の首に、マルクトは素早く手刀を叩きこんだ。男子高校生は一瞬痙攣すると、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 ぎょっとして男たちの動きが止まった。地面に倒れたままの少年や、遠巻きに観戦していた女たちもポカンとした顔になっている。マルクトをからかってやろうと、男子を巻き込んでマルクトを路地裏に引きこむ作戦を立てたのは彼女たちだったが、こんな展開は予想外だっただろう。

 彼女たちは知らなかったのだ。マルクトが実は凄腕の中国拳法使い……っぽく見せるのが得意な女子高生だということを。


「(ナンチャッテ真券奥義『首筋に手刀打って気絶させれば、素人目にはなんかすごく強そうに見える拳』!!)」


 たった今命名した奥義を心の中で叫びつつ、マルクトは再び拳を構える。適当なネーミングだが、三分後くらいには忘れているので問題ない。

 ちなみに、首筋に手刀を打って気絶させることは実際可能だが、加減を間違えれば一生ものの障害を負わせることになるので、本当の達人は普通やらない。よほど嫌いなやつが相手なら話は違うかもしれないが。

 今度、師匠相手に試してみようとマルクトは思った。


「お、おい、なんだよ、こいつ! こんなの聞いてないぞ!?」

「う、うるさいわね! 男のくせに、女一人相手にするのが怖いの!?」


 女のヒステリックな喚きに、男たちはぐっと詰まる。得体の知れない技に嫌な予感がしても、そんなふうに言われては、男のプライドとして引き下がることはできない。

 彼らの反応を見て、マルクトは内心で舌打ちする。


「まだやるっすか? 全員に倒れられると、救急車が必要になるから面倒なんすが」


 挑発的な物言いだったが、ここまでの動きを見て、それがはったりであると思う者はいなかった。それより、救急車という言葉が彼らの心に引っかかる。

 白目を剥いて倒れている二人の男に視線が集まる。外傷もないのに、二人とも未だ目を覚ます様子がない。医学の知識のない彼らには、二人がどういう状態なのか想像もつかなかった。救急車が必要なほどだと言われれば、そのまま信じてしまいそうになる。


「今から病院に連れて行けば、お連れさんも助かるっすよ」


 男たちが互いに視線を交わす。

 女を相手に逃げ出した臆病者と呼ばれるのは嫌だが、病院送りにされるほどの怪我を負うのも嫌だ。加えて、今なら、仲間を助けるために引いたと言い訳することもできる。


「……今回はこいつらのために見逃してやる。運が良かったな」


 男たちは怒ったようにそう言ったが、心の中ではマルクトと戦わずに済む口実を得られてほっとしていた。彼らは倒れている二人を担ぐと、マルクトがいる方向とは逆の出口から路地裏を後にする。

 一緒にいた女たちは不満そうだったが、自分たちだけでマルクトに喧嘩を売る勇気はないようだった。何度か振り返りながらも、男たちの後を追って去って行った。


「ふぅ……」


 彼らの背中が完全に見えなくなってから、マルクトはようやく構えを解いた。はったりのために余裕ぶっていたが、本当は心臓が破れそうなほど緊張していたのだ。

 彼女は倒れている少年に歩み寄ると、歯を見せて笑いながら手を差し伸べる。


「いひひひ、かっこよかったっすよ。立てるっすか、ヒーローくん?」

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