終章 後日談①

 雪降る空の彼方から朝日が差し込んでくる。

 気が付けば、祭壇にいた者達は港の広場にいた。

「あ、おい望月」

 いの一番に声を上げたのは天野であった。

 広場の一角で力なく座り込んでいる望月にズカズカと近付いて行く。

「えと、おはよう。天野君」

 目を逸らしながら望月は気まずそうに言った。天野は「はあやれやれ」と軽くため息をつくと、その場に腰を下ろした。

「ほれ、立てないんだろ。おんぶしてやるから」

「え」

「ほら、さっさとしろ」

「う、うん」

 言われるがままに天野の首に手を周し、天野に背負われる。

「弓納も無事だ。ちょっと負傷してるが、大したことはない」

「そう。よかったわ」

「……」

「ええと、あの」

「ん、何だ」

「ごめんなさい。ほんと、ごめんなさい」

「ほお。望月からそんな言葉が聞けるとは、これは天変地異の前触れか」

「あ、あのね。折角謝ってるのに」

「ああ、分かってるって。何にせよ、無事でよかった」

「ん、ありがと」


「太さん」

「あ、弓納さん」

 弓納は手を差し伸べる。

「大丈夫ですか」

「うん、ありがとう」

 太は立ち上がると、少し俯く。

「ごめんね、弓納さん。さやは」

「さやは最後に何て言ってましたか?」

「……またね、って」

「よかった。じゃあきっとさやは笑っていたんですね」

 弓納は笑う。それにつられて、太も顔を上げて微笑む。

「うん。とっても、これでもないかってくらい幸せそうに」

「おーい」

 女の子の声がした。二人が辺りを見回すと、二人の元に勘解由小路がちょっとふらつきながら歩いてくるのが見えた。

「小梅ちゃん、お互い無事で何よりだね」

「はい。って晴ちゃん、だよね」

 勘解由小路の髪はいつもの栗色に戻っていた。衣服はそのままであったが、弓納はその変容に我が目を疑っている。

「もちろん。ま、こっちが本来の地毛で、さっきまでのはちょいちょいっと不思議な力で染め上げた結果なのです。ちょっとしたオシャレというか、やる気を出すための儀式みたいなやつだね、あれは」

「そうだったんですね。でも今のままでもとても素敵ですよ」

「お、大人をからかうんじゃない」

「まだ大人じゃないじゃない」

「いやあ、それはそうだけど。うっ」

 ゴホゴホと勘解由小路は咳き込む。

「だ、大丈夫!?」

「うん、心配してありがと。ま、肋骨がそこそこご臨終になったけど、まあ致命傷でないだけ、私ついてるよ」

「勘解由小路君」

 日向が歩いてくる。

「日向さん」

「無事そうで、と言っていいのか分からないが、とりあえず何よりだ」

「ええ、まあ。あっちのおじさん、天野さんが手当してくれましたから。ちょっと貧血気味でむせたりしますけど、ピンピンです」

 それを聞くと、日向は柔和な笑みを浮かべる。

「それはピンピンとは言えないんじゃないかな」

「あ、日向さんまで揚げ足取るんですか、ひどっ、あったー」

 そう言って勘解由小路は腰の辺りを押さえる。

「綺麗な人ですね」

 弓納は日向を見ながら太に言った。

「うん。でも精悍な顔してて、日本男児って感じだね」

「そうですね、うちの高校の男子に見せてやりたいです」

「いやあ、あはは」

 流石にそれは酷だろう、と太は思った。

「日向さん」

 天野に背負われた望月が日向に話しかける。

「こんな格好ですみません」

「いえ、構いませんよ。ご用件は」

「今後のこと、というよりこの後始末のことです」

「そうですね」

 日向は辺りを見回す。広場には本居の姿も、バルバラの姿もなかった。後に残ったのは、広場に残った生々しい傷跡。後は、この地が異界となる前にいた人達が眠っている以外は気味が悪くなるくらい何の痕跡も残されていなかった。

「何人か眠っている人を確認しましたけど、只熟睡してるだけみたいです。といっても、このまま放置したら風邪まっしぐらですが」

「ええ、そのようですね。しかしこれは非道い。骨が折れそうだ」

 日向は軽くため息をつきながら、苦笑する。

「でもやらないと、いつまで経ってもこの件は終わりませんわ」

「仰る通りです」

「ねえ日向さん、日向さん! 秋月さんから」

 話に割り込むように、嬉々とした表情で勘解由小路は自分の携帯を日向に渡す。何故こんなにも勘解由小路が嬉しそうなのか不思議に思いながらも、「すみません」と望月に言いながら、日向は携帯を受け取る。

「日向君か」

「はい、日向です。秋月さん、勘解由小路君がとても嬉しそうなのですが、何かありましたか?」

 そう日向が言うと、秋月は電話の向こうでふふ、と笑っているのが聞こえた。

「あの、どうしてそこで笑うのでしょうか?」

「ファントムに呑み込まれてしまったからね。私が死んでしまったと思っていたのだろう」

「なるほど、そうでしたか。それで秋月さん、実際に無事なんですか?」

「その問いに答えるにはいささか難しい状況だな。生きている、という意味でいえば無事だが、大丈夫か、と言われればあまり大丈夫な状況ではない。率直に言ってしまうと、助けを借りたい、日向君」

「分かりました。少々お待ちください」

 電話を勘解由小路に返すと、日向は望月の方を向いて苦笑する。

「お互い大変ですわね」

「ええ、本当に」

 空を見上げると、ふわふわとした真っ白な雪が朝日に煌めきながら、この広場に降り注いでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る