第三章 神贄①

 太一は目を覚ました。辺りを確認するが、暗くて何も見えない。

「さっき何が起きたんだっけ。ああ、頭がクラクラする」

 太一が頭を抱えていると、唐突に視界の一点から光が指した。

「まぶしっ」

「ようやくお目覚めか。といっても、あれから小一時間くらいだが」

 光の差し込む場所から男の声がした。どうやら、戸を開けて太のいる部屋と思しき場所に入ってきたらしい。

「あれから……」

「ああ、あんたが森の中で倒れてから――」

 そこまで男が言ったところで、半分睡眠状態であった太はハッキリと覚醒するのを感じたと同時に、何が起きたのかも理解した。

「ここは、一体どこですか?」

「そうだな、今電気を付けてやる」

 そう言うと、男は戸から離れて部屋の中に入ってきた。カチッと音がすると、薄暗い明かりが辺りを照らす。

 部屋は神社の拝殿のような造りになっており、中央奥の太が座っている所は他の場所より一段床が高くなっていた。周りは几帳や御簾のようなもので囲われており、外の様子を窺い知ることが出来ない。

 太は男を見た。男は宿で女将と話していた男であった。

「俺は小金丸という。ここは神様の別荘さ。麓の神社の付属施設の一つ。贅沢なもんだろう」

「そうですね、贅沢です。でも今の僕にとっては、牢獄みたいに感じます」

「この神聖な場所を牢獄呼ばわりとは、そら恐ろしいことを言うね。それにここは普通人が入る場所じゃねえんだがな。今回は特別だってことで入れているんだ」

「何故僕達を追い回すんですか?」

「簡単なことさ。それはあんた達がこそこそと村のことを嗅ぎ回っていたからだ」

「嗅ぎ回っていたって、一体?」

「とぼけても無駄だ。大方、村長さんなりの頼みで神隠しについて、調べに来ていたのだろう?」

「それは……」

 太はその問いへの答えに窮してしまう。確かに調べていたのは事実だが、そもそも何故そのことを知っているのか。日中に聞き込みを行った中にこの男、小金丸は含まれていなかった。

「何か解せない、といった表情だな。だがあんた達は神隠しについて聞き込みを行っていた。実際に聞かれた者からも言質は取ってあるからな、それが何よりの証拠だ」

「でも、少なくとも日中に会った人達はいい人達でした。あの人達が簡単に他人に情報を漏らすとは思えない」

「おっしゃる通り、いい連中だよ。だがね、口を割るか割らないかってのはここじゃ大した問題じゃないんだ。今、この村には神の目がある、と言ったらね、すんなりとあんた達のことを教えてくれたよ」

「そんな」

「信じられないか? じゃあどうやって俺達があんた達の素性を知ったのか教えてくれよ、客士さんとやらよ」

 太は目を見開いた。その情報は確かに小金丸が推測しようがないものであり、かつ、日中自分達が会った人達に明かした素性であった。

「なんで」

「あ?」

「なんで、神隠しを調べるのがそんなに悪いことなんですか? 困っているなら、何かの手助けをすることだって出来ますし、いえ、今回ここに来たのはその神隠しを解決するためなんです」

「あんた、何も分かっちゃいないな。それこそが駄目なんだよ」

「え」

 太は耳を疑った。自分達を悩ませていることを解決しようというのに、何故それが問題なのか。

「納得していない表情だな」

「それはそうです。人が行方不明になるっていうのに貴方達はそれを容認していることになります。そんなのおかしいです」

「そうか。じゃあ教えてやる。この村ではな、確かに世間から見ると神隠しと言われている現象が起きている。それは事実だ。だが、只の神隠しとはわけが違う」

「つまり、どういうことですか?」

「そう焦るな。大体、神隠しというのは外部から言われていることだ。村の者はそんなことは言わない。何故なら、行方不明になった者がどうなっているか知っているからだ」

「知ってる? もうそうだったとしたら、それは神隠しじゃない」

「ああ、そうさ。だから正確には神隠しに遭うんじゃない。俺達が神隠しということにしたんだ」

 太は首を傾げる。忽然と人がいなくなったかのように故意に情報を操作したということか。一体、そんなことして何のメリットがあるのか。

「また解せない、って顔してるな。神隠しということにしたのは簡単だ。俺達がやっている本当のことを外部に知られたくなかったからだ」

「それって」

「人身御供だ。俺達はそれを神の贄、神贄と呼んでいる」

 太はそれを聞いて一瞬耳を疑った。この現代においては都市伝説に含まれるであろう因習が、実際に己の目の前に立ちはだかったからだ。

「そんな、前時代的な」

 太は絞り出すように言った。

「ふん、学者みたいなことを言うな。だが何とでも言え。そうしなきゃ、俺達は生きていけないんだ」

 男はポツリとそう漏らした後、踵を返し太に背を向けながら言った。

「知ってるか。神様ってのはな、案外欲深くて自分勝手なんだ」


       ○


 村の外れにある湖。直径約七百メートル程の湖の前に人が集まり始めていた。中には、少し前まで熟睡していた村人もいたようで、所々で大きな欠伸をしている姿が見受けられる。

「一体こんな夜中にどうしたんですか」「まだ例祭も遠いでしょうに、何故緊急の招集なぞ」「明日も仕事があるんですから、手短にお願いしますよ」などと、事情を理解していない村人から疑問や不平が漏れる。しかし「神勅だ」という大きな声が響くと、村人は一様に黙り込んでしまった。

「今日集まってもらったのは他でもない。本日やづち様が神勅を下されたのだ」

「小金丸さん、一体、どうしたというんです? 神勅だなんて」

 小金丸は質問した村人の方を向く。

「神贄の儀、だということです」

 村人がその言葉にざわつき始め、口々に状況を確認し始める。

「皆さん、お気持ちは分かりますが静粛に」

「何故です、神贄はまだ十年近くは先でしょう? それに、しきたりでは予め指名がある筈」

「確かに、最初は私もそう思いましたとも。しかし、のっぴきならない事態が発生したようです」

「その事態とは、一体?」

「よそ者ですよ」

「よそ者? それくらい別にいいではありませんか」「むしろ、歓迎するべきでは?」方々から疑問の声が上がる。

「只のよそ者ならば客として迎え入れもしましょう。ですが、彼らは別だ」

 村人の前に小柄な青年が引き連れられたきた。太である。太はキッと小金丸を睨みつける。

「この子は?」

 村人の一人が尋ねる。

「客士、などと申しましたかな。人でないものが起こす異質な出来事を解決するのが仕事だとか。まあそんなことは良いのです。大事なことは、やづち様が彼を連れてこい、と言ったことだ」

 再び村人達はざわつき始めたが、それを小金丸は手で制する。

 村人の一人が小金丸におそるおそる尋ねた。

「一体、何故その子を?」

「それは分かりません。ですが、島に渡ればやづち様が教えてくれるでしょう」

 連れて来られた太が暴れ始める。

「冗談じゃない! どうせ生贄か何かにでもするつもりでしょう、離してください」

「悪いな。だがやづち様の神勅なんだ、悪く思わんでくれ」

「思いますよっ! こんなの理不尽だ!」

「世の中理不尽なことだらけだ。それに何も君の命を奪おうってんじゃないんだ」

「はあ? それはどういうこと」

「何、島に着けば分かるさ」


 村外れの湖の中心に浮かんでいる小島がある。それは椎井島と呼ばれていた。

 外周一キロメートルほどの小さな小島で、中央に神社が存在する。椎井宮と呼ばれるこの神社は島の名前の由来ともなっており、八杉村に存在する神社はこの神社の分社にあたる。

「やれやれ、やっと大人しくなってくれたか」

 小島の船着き場まで波を切って走る小型ボートの上で小金丸は太に言った。他に体つきの良い男が数人、同乗している。

「ええ、抵抗したって無駄でしょうし」

「ほお、物分りがいいじゃないか。そうだ、理不尽だとか野蛮だとか人間個人の意志を尊重すべきだとか人権侵害だとか、インテリ連中は声高に謳うけどな、神様にとっちゃ関係ないんだ。憲法であっても逆らえない。なんせ、神様は人間より偉いんだからな」

「神様の判断が正しくない時はどうするんですか? 神様が間違うことだってあるでしょう」

「正しいか、正しくないかってのは人間の価値観だ。神様は人間の価値観で動いちゃくれない」

「話にならない」

 太は吐き捨て、顔を背けながら逃げる機会を伺った。逃げられない自身があるのか、幸い縄で縛られたりはしていないため、手足は自由に動かせる。しかし、迂闊に動こうものならすぐにでも縛られてしまうのだろう、太はそう考え下手に動けずにいた。

 太が様子を伺っている内に船は島に着いてしまった。

 島は中心部が盛り上がったような形状をしており、そこは木々に覆われて森になっている。そして、船着き場から1分もしない場所に暗がりでも分かる程くっきりした赤い鳥居が立っていた。

「付いてこい」

 太は前と後ろを守られるような形で鳥居をくぐり、少し先に進んだ所にある石階段を登っていく。

 階段を登った先は五十メートル四方ほどの広場になっていた。四方に篝火が焚かれており、奥の方を見やるとそこには巨大な岩が屹立している。そしてその下には手入れの行き届いた桧の祠があった。

 太は前を歩いていた小金丸に話しかける。

「それで、そろそろ話してくれませんか? 何故僕が神様に選ばれてしまったのか、僕を一体どうしようというのか」

「そうだな、いいだろう――」

 小金丸が振り返る。すると突然目をぎょっとさせた。

「どうしたんですか?」

 しかし小金丸は太の言葉を無視し、その場で静かに平伏してしまった。さらには太の後ろにいた男達までもが小金丸の視線の先にあるものを認めるや、同じように平伏してしまう。

 太は首をかしげ、村人達が頭を下げている先を振り向く。

「あ」

 思わず言葉が漏れた。

「不敬者め、私に頭を下げんとは。だが、良かろう。そんな些細なことをいちいちと気にするほど私はお粗末な神ではない」

 太の前に立っていたのは、夕方に公園で出会った着物姿の幼い少女、宮子であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る