第六章 必然
天野に連れてこられたのは北宮神社の境内の外れにある二階建ての建物だった。外観は一般的な瓦葺の民家に近いだろうか、パッと見た印象としては生活の場所としても機能しているような建物であった。
「社務所ですか。こういうとこ、初めて入ります」
玄関に入りながら太は言った。
「そうか。ま、確かに普段は入る機会なんてないからな。こっちだ」
天野に促されてフローリングの廊下を進む。壁面は白、床は暖色系の色が配されており、伝統的な日本家屋というよりは、むしろモダンな民家の廊下という印象であった。
やがて天野は廊下の途中で立ち止まり、襖をゆっくりと開けた。
「おお、すごい」
中は大広間と言っても過言ではない和室の空間であった。中央にテーブルの配されたその数十畳の空間は、恐らく神事等での打ち上げ会場として使われるためにあるのであろう。
「さて、君のことはなんと説明すればよいものか」
そう言いながら、天野はテーブルに均等に配置された座布団の上に座る。
「説明? ということは他に誰か来るということですね」
「ご名答よ、少年」
後ろから女性の声がした。振り返ると、それはいつか夕刻の神社で見た女であった。
「貴方は」
「また会ったわね。で、私がその誰か来る内の一人。それと、もう一人」
「すみません、遅れてしまいました!」
慌ただしく廊下をやってきた少女。それは、学校の制服を着たショートの髪の女の子であった。
「弓納、ただいま参上です」
「お疲れ様、小梅ちゃん。ちなみに全然遅れてないわよ」
「そうですか。よかった。ところで……そちらの男の子は」
弓納と名乗った少女は太の方を見て首を傾げる。
「そうね。ちょうどそれについて聞こうと思っていたところよ。天野君。早速で悪いのだけど、その子について説明してもらえないかしら」
「ああ、分かってるよ。事の次第を一部始終話そう」
「ええ、よろしく頼むわよ」
「というわけだ」
これまでの経緯を話すこと数分、天野は軽く深呼吸をする。流石に人前で話す仕事をしているだけあってか話の内容をかいつまみつつもポイントはしっかり抑えているようだった。
「なるほどね。大体の事情は分かったわ。そういうことなら、こっちの事情を話さないわけにはいかないわね」
「おい、いいのか」
「構わないわよ。どうせこんな話知っても、宴会の余興話にしかならないから。それにもう彼も関わってしまったのだし、このまま忘れろだなんて無茶な話よ」
そう言って女は太の方を見た。
「と、その前に自己紹介くらいはしておきしょうか。では改めて。私の名前は望月詠子。この神社で祭宮を務めている神官よ。よろしくね」
「弓納小梅と申します。現在、学校に通っております。よろしくお願いします」
弓納はぺこりと頭を下げる。
「……太です。よろしくお願いします」
「それじゃあ始めるわね。まず私達のことだけど、以前そこの天野君がお務めしていたように、確かに秘密のお仕事をやっているわ。君もこの前遭遇したような物の怪の類を調伏したり、彼らが原因で起きている騒ぎ、異界騒ぎを解決したりするのが仕事よ。で、そんなことをしている私達は”客士”って呼ばれているのだけど、ここはその寄り合い所。”客士院”というわ」
「へえー。戦隊物みたい」
「戦隊物って、君なあ」
「ああでも、勘違いしないでね。別に妖異、妖怪とか妖魔とか物の怪とかその他諸々で呼ばれている連中は皆が皆悪さをするならず者じゃないの。人には害のないものも多いし、中には人を助けてくれるような奴だっているわ。いわば害獣と益獣ね」
「そうなんですね。ちなみにこの仕事って自発的にやっているものですか」
「いいえ。依頼主からしっかりお金をもらってやっているわ」
「依頼主ですか。一体誰が」
「国だ」
「え、国?」
「そう意外そうな顔をするな。質の悪い妖怪を放置していると国の秩序が乱れてしまうからな。犯罪者と煩妖は昔から国の悩みの種というわけだ」
「主に国からの依頼ってだけで、それだけじゃないのだけどね。個人からの依頼も受けることもあるわ」
「もっともこのご時勢、物の怪のことを認識していてわざわざ依頼を出すような人間なんて少数だがな」
「あの~、話の途中で申し訳ないのですが、”はんよう”ってなんでしょうか?」
「”煩妖”っていうのはね、物の怪の中でも、国や社会にとって害をなすような存在のことよ。早い話がお上にとっての害獣みたいなものね」
「ほへー」
「どう? 大体分かっていただけたかしら。天野君はもったいぶってたかもしれないけれど、特段そんなに変わったことをしているわけじゃないわ」
「…………」
黙り込む太。何秒かの沈黙の後、望月が口を開く。
「ねえ、もしかして”客士院”に興味がある?」
「え、そ、それはもちろんです!」
太は喜色を浮かべ身を乗り出すような勢いで返答した。
「そう、じゃあ話が早い。うちに入る気はない?」
「「えっ!?」」
太と天野はタイミングを合わせたかのように素っ頓狂な声を上げる。
「冗談よ冗談」
「「なんだ、冗談か」」
「というのは冗談で」
「「冗談じゃないのか!?」」
「貴方達息ピッタリね。感心しちゃったわ。お笑い芸人になれそう」
「お笑い芸人……」
「実際にお笑い芸人になれるかはともかくとして、ちょうど人手がいなくて困っていたのよね。ああ、もちろん危険なことをさせるつもりはないわ。もしよかったら」
「やります! 喜んで!」
「交渉成立ね」
「おいおいおい、望月、正気か?」
「あら、私はいつだって正気よ。ねえ、小梅ちゃんはどうかしら?」
「私はさしあたってなんの問題もないです」
「だって、天野君。大体、貴方が彼をここに連れてきたのよ。今更渋るなんてないんじゃない」
「……全く、なんで俺の周りはこんなにチャレンジ精神豊かな輩が多いんだ」
「あら、それって」
「分かったよ。元はといえば俺が連れてきたのが原因だからな。ただな、太君」
「はい」
「あまり変なことに首を突っ込むんじゃないぞ。ちょっと呪術の心得があるとはいえ、あれではほとんどないに等しいものだからな」
「はい、了解です!」
「もし興味があるなら、うちにも護身術くらいはあるから、身に付けておくといいわね。今よりはましになると思うわよ」
「私は、体術くらいなら教えてあげられます」
「駄目よ小梅ちゃん。太君はそういうタイプじゃないわ」
「む、これでも一応男ですよ」
「誰も女の子だなんて言っていないわ。貴方に合ったやり方があるだろうから、それを身に付けるのがいいと思うの。ま、それはおいおい教えるとして、先ずは貴方を歓迎しないとね」
「そうですね」
「やれやれ」
「ようこそ、客士院へ。これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします!!」
太は言って、頭を下げた。
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