第二章 邂逅
「いやー美味しかったな」
何かを終えた後のご飯というものは格別だ。どんな贅沢な料理にも勝る。太はしみじみ思う。どんなに
「少し寄り道してから帰ろ」
まあもう日も暮れるけど。そんな事を思いながら、太はふと以前見かけた神社の事を思い出した。確か、北宮神社とかいう名前だった筈。
寄ってみるか、太は神社のあった場所の方向へと足の向きを変えた。
「……確かこの辺りだった筈なんだけど」
周囲より少し高台になった場所の歩道で太は辺りを見回す。すると、道沿いに小さな鳥居があるのが目に付いた。
「おーここだここだ」
太がそこまで小走りに行くと、鳥居の先には石段が悠然とそこに屹立していた。
「石段が地味にきつそう」
ま、兎にも角にも登ってみますか。太は少しうんざりしながらも、階段の一段目へと足をかけた。
「ふう、やっぱり普段デスクワークをしている人間には応えるよ」
階段を登り始めて一分位経過しただろうか。あまりペースを考えずにどんどん登ったせいか太は徐々に息が上がり始めていた。これは数日後に筋肉痛だろう。太は普段の自分の不健康な生活を痛感する。
「あら、御機嫌よう」
突如、上から声をかけられた。太は顔を上げると、そこにいたのは黒髪ロングの小柄な少女であった。十代を少し越えたくらいのその少女は、太にやんわりとお辞儀をした。
「え、ああ、御機嫌よう」
「こんな時間に参拝ですか?」
少女は微笑しながら言った。
「えーと、まあそんなところかな。お嬢ちゃんは一人なの?」
「ええ。それがどうかいたしました?」
「いくら参拝とはいえ、もう日も暮れそうだから早めに帰った方がいいよ。最近は物騒だし、きっとご両親も心配されてると思う」
「私を気遣ってくれるのね、ありがとう少年。でも大丈夫よ。私はそんなに軟弱ではないですもの」
「そ、そう。それならいいけど」
少年って呼ばれる歳でもないのだけど。太は心の中で不満を垂れた。そもそも、自分の方が明らかに年上の筈なのだが。
「貴方、お名前は」
「太一」
おおのはじめ、少女は彼の名前を復唱する。
「そう、いい名前ね」
「そ、それはどうも。お嬢ちゃん、名前は?」
「たまきよ。それにしても貴方……どこか、懐かしい感じがいたしますわ。ずっと遠い昔に会ったことがあるような、そんなかんじ」
「……?」
太が首を傾げると、たまきと名乗った少女はハッとして苦笑する。
「ごめんなさい。可笑しなことを言っちゃったわね。それではさようなら。また会える日をお待ちしておりますわ、一君」
たまきと名乗った少女は去り際に再び太に笑みを投げかける。その無垢な微笑みに思わず太は見とれてしまった。
「変な子だなー。ずっと遠い昔って、まだ幼いだろうに。まあ、こういう経験も貴重なものだ。何かアイデアになるかもしれないし」
太は再び顔を階段の上に向ける。
「さて、もう少しだ。頑張りますか」
額を汗で滲ませながらも、太は頂上へと辿り着き、大きく深呼吸をした。
「ふう」
これだけ石段があるんじゃ、普段人は少ないんじゃないのだろうか? 太は息を切らしながら、心の中で呟く。神社の迷惑を考えなければ、ここは体力作りの場所として打って付けであろう。
どれ、参拝がてら境内を回ってみますか。太はいつもの習慣として好奇心に促されるまま疲労した足で踏み出した。
それにしても、と太は顎に手を当てる。境内は、外から見るより結構広い。民家のようなものもあるが、社務所か? これは、改めて調査してみると面白いことが分かるかもしれないな。太は境内を歩きながら胸を躍らせた。
「さてと、そろそろお暇しましょうか」
粗方境内を歩き終えた後、太は鳥居を潜って下へ降りようとした。が、入口の鳥居の前で足を止める。
いや、ここは景色がいいのだから、もう少し堪能してからにしよう。そんな考えが太の足を止めたのだ。
太はゆっくりと地上を見下ろせる欄干の方へと歩いていき、その小ぶりな絶景を堪能しようとした、その時――
「そこの人。何をしているのかしら」
「えっ」
突然声をかけられ、太は身を強張らせる。
女性? いつの間に? 太は唐突にかけられた声に背後の方を振り向くと、そこには百六十とちょっと位の背丈の女が立っていた。
「こんな辺鄙な神社にこんな時間に来るなんて……何か探しもの?」
女は怪訝な顔で太を見る。
「いえ、特に深い理由はないのですけど、ここって結構いい場所だなーと思いまして」
「そう、それならいいのだけど」
「そういう貴方は、ここで何をしているのでしょうか?」
太がおそるおそる聞くと、女はわずかに頬に笑みを見せた。
「私はここに勤めている者よ。まさかそんな輩いないとは思うけど、一応不審な人物がいないか軽く見回りしていたの。でも貴方はそうね、そういう気質ではないみたいだから安心したわ」
「は、はは、それはよかった。ちなみに後学までに聞いてみるのですが、もし僕がそういう人間であったとしたら、どうなったのでしょうか?」
「あら、聞きたい?」
先ほどまで微かに見せていた笑みが影を帯びたようになった。
(なんだか、嫌な予感がしてきた)
「先ずは縄で縛って」
「ああ、すみません。やっぱりもういいです」
「残念。これからが面白いのに」
「自分が酷い目に遭うのを聞いても面白くないですよ」
「冗談はさておき、あまり遅くならない内に帰りなさい。最近物騒で、色々と良くない噂も聞くから。例えば、亡霊の噂とか」
「あはは、それは怖いですね。でも最近話題の小学校の亡霊は近づかなければいいだけだと思います」
「それもそうね」
ふふ、と女は微笑する。
「とはいえ確かにもう日も暮れてきてますから、帰らないといけませんね」
少しの間が空いた後、太は再び口を開いた。
「あの」
「何?」
「後日、改めてここを訪ねてもいいでしょうか? もう少しこの神社のことを知りたいですし」
「そんなのいつでも構わないわよ。気軽に尋ねていらっしゃい、此処は誰も拒まないわ。もっとも、悪さをする人は懲らしめるけどね」
「ははは、肝に命じておきます」
少し名残惜しそうに去っていく。しかし、その足取りは軽やかであった。
「あの子どっかで見たような」
太が去っていたのを見送ってから、女は呟いた。
「雑誌じゃないか」
男の声。その声に女は少々不機嫌そうに振り向く。
そこには三十代位の短髪の男が神楽殿にもたれかかるように立っていた。
「以前どこぞの雑誌で、駆け出しの作家だったか物書きとして紹介されていた気がする。そんなに大きな記事でもなかったから印象に残っていないのかもしれないが」
百八十位の背丈で体格の良い男はしかし、気怠そうにそう言った。
「もう、いたなら隠れてないで出てくればいいのに」
「別にいいじゃないか、特に出て行く理由があるわけでもないのに」
「はあ、まあいいわ。それよりあの子」
「ああ、分かってるよ。全く、難儀なことにならなければいいがな」
○
その日、太は夢を見た。自分が明晰夢だなんて珍しい事もあるもんだと思いながら、太はその夢の中へと沈んでいく。
「ええ。彼のことが気になっているの」
女の子の声。誰と話してるんだろう。夢中で目を開けてみようとするものの、瞼が思いの他重くその姿を視認することが出来ない。全くもって、夢というのは重要なものがいつも見れない、と太は思う。
「ふふ、いい子ね。よろしく。扉はもうすぐよ。皆驚いてくださるかしら」
(一体何を言っているのだろうか。まあいいか、所詮は夢だ。覚めてしまえばそれっきり。そんな事より次の話のことを考えないと)
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