太一の異界手帖

安住ひさ

プロローグ

第一章 始まり

「ふむふむふむ。なんだって? 『闇夜にうごめ魑魅魍魎ちみもうりょう。今宵の狙いは貴方かも!!!』ー。全く嫌になるね。結構近いじゃないか。」

 菅原大学のとあるサークルの部室。その一角にて太一は《おおのはじめ》胸を躍らせる。

「おいおい、一人で何ぶつぶつ言っているんだ」

 太は顔を上げる。話しかけてきたのは大学の先輩である宗像であった。

「宗像先輩。お疲れ様です。えー、今の、聞いてました?」

「おう、お疲れ。部屋の外に少し漏れてたぞ」

「とほほ。もっと周りに人がいないか気を配ってから呟こう」

 太は項垂れながら、興奮するとつい独り言を言ってしまうこの性はなんとかならないものか、と心の中で嘆く。

「んで、何をそんなに興奮してたんだ?」

「これを見てください」

 そう言って太は宗像に雑誌を見せると、宗像はそれを覗き込む。

「週刊誌か。なになに、『最近、とある町を賑わせている噂話をご存知だろうか? これはS市で実際に起きた出来事であるが』……なんだ、オカルトか?」

「そうです都市伝説なんです。なんでもですね、草木も眠る丑三つ時、そのS市の旧小学校に大昔の戦争で死んでいった兵士達の怨霊が出るらしいです。ぼかしてますが、このS市というのはおそらくこの菅原市のことかと。そして小学校は多分、波見小学校です」

「なるほどな、お前らしいや。ああ、そうだ。そんなことより例の原稿は無事に終わったのか?」

 宗像は肩を竦め苦笑しながら言った。

「はい、なんとか終わりました。といってもこれから印刷所に連絡はしないといけませんが」

「それは何より。何せここ数日部室に篭りっぱなしだったからな。もしかして、本当にやばいんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」

「ご心配おかけしました。でもこの通り、無事に終わって今は清々しい気分です」

「週刊誌のヨタ記事に興奮するくらいな」

 疲れ顔に力一杯の笑顔を見せられ呆れ顔の宗像。

「そういえばお前、何故わざわざここで原稿するんだ。別に自宅でもどこでも出来るだろうに」

「ここが一番集中出来るんですよ。自宅では雑念が入ってイマイチ集中出来ないですし。それに」

「それに?」

「ここはカフェや図書館と違っていつでも空いてるし」

「お前なあー。まあいいや、俺も人のこと言えんからな。ちなみに今回はどんな話なんだ? もしよかったら聞かせてくれよ」

「そうですね。一宿一飯の恩義があることですし。ただし、口外はしないで下さいよ」

「へいへい。分かってるって」


「今回の話はですね。忘れ去られた太陽の女神にまつわる話です」

「忘れ去られただって?」

「ええ。宗像さんは神道の太陽神といえば、もちろんご存知ですよね」

「おいおい、馬鹿にするなよ。えーとあれだ、天照大御神だろ」

「ええ、まさしく。天照大御神は太陽神、まさにこの国を象徴するかのような神様です。ですが太陽神というのは、世界中を見渡しても、必ずといっていいほど存在する普遍的な神様。果たして、彼女以外の太陽神はこの島国には存在しなかったのでしょうか?」

「はあ。そうは言っても、そんなのが一杯いるとかえってキャラクターが被ってしまって有り難さが減ってしまう気がするが」

「ま、まあ有り難さは置いといて。日本にはかつて様々な民が住んでいたのです。なら今の形とは全く異なる神話を持ち、異なる太陽神を信仰していた人達がいてもおかしくはないと思いませんか?」

「ん、そう言われるとまあそうかも」

「事実がどうであれ創作はロマンです。どうせ空想の世界を描くのですから、その中ではそんな人達がいたと妄想したっていいじゃありませんか」

「そうだな。ロマンは大事だと思うぜ。ちょっと原稿見てもいいか」

「どうぞ」

 宗像は太から原稿を受け取ると、それに目を走らせていく。

 そうして十分くらいは静寂の時間が続いただろうか、宗像はゆっくりと顔を上げて言った。

「大体あらすじは分かった。しかし、今回は随分と攻めてるな」

「何せ個人での発表ですからね。自分の表現したかったものを自由に表現出来る。たとえ酷くても何も言われないし……というのは冗談として、前々から考えてたことがやっと形に出来ました」

 個人での発表、というのはつまり同人誌として発表するという事であった。一個人としての発表であれば売れ筋も気にせずに自分の書きたいものを描く事が可能である。太としては、今回書いたものは自分では面白いものだとは思っていたが、では他人にとっても面白いものかと言われるとそれは自信がなかった。いやむしろ、大多数の人間にとってはどうでもいい話なのではないかとさえ感じていた。だからこそ、同人誌での発表としたのだ。

「なんにせよ、無事に終わって良かった」

 宗像は微笑する。

「そうだ太、一先ずの終了祝いにこれから飯でもどうだ?」

「いいんですか? もちろん行きます!!」

「よし、決まりだな。んじゃ、早速行こうか」


       ○


「一」

 昔の記憶。これは縁側だろうか。すっかり髪が白くなった老人の男は、その膝の上に乗せているまだあどけない孫に声をかける。

「なあに? おじいちゃん」

 幼い太は顔を上げて祖父の顔を見る。やはり、その顔は薄っすらといつもの優しげな笑みを浮かべていた。

「この爺さんの昔語りを聞いてくれるかい?」

「もちろん! おじいちゃんの話は面白いもの」

「そうか、ありがとう。これはとても昔の話だがな。かつて、この国には多くの民と神様とが住んでおった。だがしかし、彼らは互いに争い、負けた者達は服従、勝った者達は支配し、最後に一つの民がその頂点に立った。その者達は自らの傘下に入った者達が反旗を翻さぬよう、いくつかの策を講じた。その一つが神話の編纂へんさんさ」

「ふーん。なんか、おじいちゃん今日はいつもより真面目だね。なんかあったの?」

「私はいつでも真面目だよ。でも、そうさな、今日は少しばかり特別かもしれん。さ、続けるぞ」

「はーい。続けて続けて」

「彼らは当時散らばっていた神話をまとめ自分達を頂点とした物語を創り上げることで、他の民神を統合し、支配者としての地位を確固たるものにしようとした。しかしその過程で、あまり自分たちに都合の悪いところは書かなかったり、消したり、直したりもした」]

「えー、それじゃあインチキじゃん」

「一。そう思うか? ではお前はガラスを割ったことを話さなかったり誰にも嘘を言ったことはないか?」

「うー、それは、あるにはある、よ。でもそうした方がいいからだったし、だから」

「嘘をつくのがよいと思う時もあるだろう。今の話だってそれと同じ様なことだ。単純に自分が得をするから、ということもあったかもしれないがね。さて、神話の編纂は特に大きな混乱もなく、順調に進んでいった。何でも、それを推し進めた時の帝も大層満足されたそうだ。だが、作られていく神話に多少の疑問を感じた人もいた。それは、当時編纂に関わっていた一部の文官達。編纂が終わった後、元となった記録は国が厳重に保管・あるいは処分することになったが、文官達は密かにそれらを複製し、自分達の手元に置いておいたのだ。そして彼らはそれだけでは終わらなかった。密かに各地を旅し、不完全ながらも長い時間をかけてあるものを残した」

 祖父はそこで一旦間を置き、そして少しばかり躊躇ちゅうちょするように再び口を開いた。

「それが、『真統記』と呼ばれるものだ。それには本来存在していた事象が、ありありと記されている。無論、いなくなった者達も余すことなく、な」

「へー。それはロマンが詰まっているね」

「ふふ、そうであろう。一、もう一つ面白いことを教えてやろうと思うが、聞きたいか?」

「もちろん!」

「そうかそうか。では教えて進ぜよう。『真統記』はな。現在も編纂が続いている。この国の変遷、そして。人ならぬ者共の歴史を記すために」

 その後、祖父はその在処を語っていたような記憶があるが忘れてしまった。

 悪戯好きな祖父であったから、子供ながらにどうせ作り話だろうと勘ぐっていたのだ。だから、いちいち覚えていないし、今もそう思っている。

(だけど、祖父には感謝している。今こういう物書きができるのは、祖父の教育の賜物なのだから)

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