情報と行動
扉が閉め切られ、仄暗い倉庫内。その中心に二人組はいた。2人の周りには幾つもの魂があちらこちらへと漂っている。揺らめくその姿はろうそくに灯された火のようだがその輝きはあまりにも小さく薄い。
「とりあえず魂の仕分けから始めましょうか」
「最初に異世界転生する魂を見つけようぜ。取り違えたら大変だ」
打ち合わせをしながら二人は漂う魂に目を向ける。統一性のない魂の集団をしばらく眺めた後、メガネが一つの魂を指してヒゲに問いかける。それは一際目立つ程に光り輝き他の魂を押しのけて荒々しく辺りを駆け巡っている。
ヒゲはその異端の存在を一瞥するとメガネが手に持っていたクリップボードの初めのほうをめくる。そこには倉庫内に入る前に話した件の三人の書類が挟まれている。ヒゲからの促しを受けて薄暗い中、書類を一枚一枚目を凝らしながら確認していくメガネ。その傍らでは倉庫内を動き回る魂とヒゲの追走劇が行われていた。
しばらくすると息を切らしながらもその手に眩い魂を握りしめたヒゲと未だに書類を確認しながら辺りをうろうろとするメガネの姿があった。ヒゲは倉庫の隅に積まれていた小さな檻に暴れまわる魂を放り込んですぐさま鍵をする。その後、空いた檻を2つ取り出してガチャガチャと音を立てる魂入りの檻と共にメガネの元へ運んでいった。
「その魂の"ネームタグ"って誰ですか?」
メガネが問いかける。ヒゲは檻に顔を近づけて魂の中心に目を向けた先には板状のプレートが光に取り囲まれるように存在しており、文字が刻まれているのが分かる。
「まあ、お前の見立てとは違うな。なんて言ったって勇者の魂だからな」
勇者の名前を伝えられたメガネは顔をしかめて確認を行う。少し目を見開いたかと思うとその書類を入念に確認し始める。そんなことをしている間にもヒゲは空の檻を両手にぶら下げて魂の物色を始めた。
「この勇者の最期は処刑。一応、世界を救った勇者なんですよね?」
「経歴に書かれていることは事実だ。ただそれが全てじゃないぞ」
そんな会話をしている間にもヒゲは檻の中に一つ魂を入れて、メガネのそばにある魂入りの檻に置こうとしていた。中の魂は周りの魂よりもさらに光が弱々しく、いまにも消え入りそうなほどだ。メガネはそれを見て、たった今置かれた檻に入った魂と書類を交互に確認する。確認した後にメガネはササっと二つの檻にマーキングを施した。
「それは姫様の魂で合ってるよな?じゃあ後は魔王だな」
ヒゲは確認するような口ぶりで言いつつも振り返らずに魂の群れへ向かっている。メガネは怪訝そうな顔をしながら檻をそのままに後ろをついていく。辺りを見渡して魂を探すヒゲに対してメガネはその探す顔ばかりに注目している。
「幾つもの魂からよくもまあ的確に見つけられますね」
「経歴書の情報、特に名前にばかり気を取られてちゃダメだな」
書類が挟まったクリップボードを取り上げながらメガネを諭す。勇者の経歴書を取り出してからヒゲは話を続ける。
――生きている人というのは脳で考えて神経を通して身体を動かす。つまるところ生者は魂ありきではない。ならばここにある魂というものは何なのか。魂はその人物の最期を迎えた際の感情、そして人々の記憶であると考える。今回の場合は恐怖や狂気じみた覚悟を持って死んでいった者たちが殆どであろう。
しかしこの三人は違ったみたいだ。生きていた世界で大きなことを成し遂げたやつ、理不尽な死に方や運命を迎えたやつ程その感情や人々に刻み込まれるものは深い。だからこそ普通の魂とは違う特徴が存在する。そういう奴ほど世界に干渉できる人物、所謂"神"に目を付けられるのだ。
「その眼鏡は飾りか。目先の情報に気を取られ過ぎだ」
「ヒゲさんの方が変なんですよ、相変わらず人を見る目がありすぎるんだ」
話を一通り終えるとヒゲは目的の魂を見つける。その魂はふわりふわりと佇んでじっとしており、檻へ放り込まれる際も為すがままであった。檻を三つ並べた後にクリップボードを元の状態に戻してメガネへ返す。
「じゃあ後は任せるぞ。2つの場所に分けるだけだから簡単だろ」
「はいはい、分かりましたよ……」
ヒゲが一服している間にメガネは天国行きと地獄行きへの仕分けを始める。一つ一つ魂の名前をチェックしてはそれぞれの行き先へと分けていく。分けられた魂はまとめてコンテナ状の大きな箱に収納されていく。繰り返し行われる作業だが手際が良くみるみると魂が仕分けられ、倉庫内がどんどん暗くなっていった。ヒゲが一服を終えた頃にはあっという間に仕分けが終わり、コンテナは明るさに満ちていた。
「相変わらず速過ぎてゾッとするわ。転生者抜いといて正解だな」
「まあその方が集中して仕分けができますし、ありがたい限りですよ」
引きつった笑い声と乾いた笑い声が暗闇の中で交差した。
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