第81話:健太が言う。総選挙の行方が混沌としてきたと

「お前ら、付き合ってたの? ダブルデートかぁー!?」


 健太が極めてストレートに訊くと、井上は照れ顔で頭を掻きながら答えた。


「ま……まぁな。バレたか」


「えーっ、そうなんだ?」

「知らなかったぞーっ!」

「へぇ、そうなのね」


 凜も伊田さんも八坂さんも、三大美女が揃って驚いてる。三人とも笑顔で興味津々だ。


 やっぱり女子は、誰と誰が付き合うとか興味があるようで、クールに眺めてるのは、弥生ちゃんだけ。


 男子はさすがに冷静に受け止めてるだろう……と思ったら──


「うおっ、そうなのか? いいな、いいな、羨ましい〜!」


 健太が地団駄を踏んで、顔をくしゃくしゃにして羨ましがってる。相当羨ましいみたい。


(まあ健太は、彼女と別れたばっかりだからなぁ。仕方ないか)


 それにしても──高三の夏休みともなれば、付き合う者も多くなるなぁと、広志もちょっと羨ましい気分になって、横目でチラッと凜を見た。


(えっ……?)


 同じく横目で広志を見つめてる凜と目が合った。


 ──もしかして凜も、おんなじ気分なんだろうか──?


 付き合えない理由が自分にあるのだから、凜には申し訳ない。

 だから広志は瞼をすっと伏せて、詫びの気持ちを表した。


 凜は笑顔で小さく顔を左右に振った。

 きっと、『気にしないでいいよ』……っていうジェスチャーだ。


 茜のことは焦っちゃいけないけど、凜にもずっと迷惑をかけ続けるわけにはいかないよなぁ。

 広志はどうしたらいいかわからずに、凜に笑顔を返すことしかできなかった。




 それから井上と加奈ちゃん、松田と美久ちゃんカップルも一緒に、大人数で食事をした。


 八坂さんも弥生ちゃんも楽しそうにお喋りをしながら、ホットドッグをパクついてる。


 広志の隣には伊田さんが座ってる。相変わらずの食いしん坊っぷりで、焼きそばを頬張ったままタコ焼きを口に放り込む。


 リスのようにほっぺを膨らませて、幸せそうだ。

 広志も伊田さんの姿を見てると、幸せな気分になる。




 しばらくして、先に食事を終えた井上と加奈ちゃん、松田と美久ちゃんカップルは「お先に」と言って、先にプールのほうに戻って行った。


 四人が立ち去った後、健太がみんなを見回してぽつりと言った。


「でもこれで、人気総選挙の行方が混沌としてきたな」

「え? どういうこと?」


 広志はそんなことはまったく発想になかったから、すぐには意味がわからない。


「だってさ。井上と加奈ちゃん。松田と美久ちゃんは同じクラスだぜ」

「それはわかってる」

「──ということは、だ。あいつらがクラスの予備選で、お互いに付き合ってる相手に投票したらどうなる?」

「どうなるって……彼らはやっぱり仲がいいなぁ……ってみんなが感心する?」


 健太はズルっとずっこけたポーズをした。

 苦笑いを浮かべながら、広志の顔を睨む。


「いや、だから広志。そういうことじゃなくって……一学期最初の委員長選挙の結果を覚えてるか?」

「覚えてない」


 広志の即答に、健太はまたズルっとずっこける。


「おいおい広志。……っていうか、お前はそんなヤツだったな。総選挙なんてものには興味がない。悪りぃ。俺が悪かったよ」

「あはは、すまん、健太」

「委員長選挙の結果はだな……男子が……」


 健太は天河の顔をチラッと見て、言葉を続ける。


真田さなだ カケル6票。天河てんかわ ヒカル6票。主意おもい 兼継かねつぐ6票。そして広志、お前が2票だ」

「健太、お前凄いな。よく覚えてるな!」

「まあまあ、そんなことはどうでもいい。俺は元々凄いヤツだ」


 健太にとっては渾身の冗談だったようだが、周りの誰一人として突っ込まない。

 だから健太はちょっと気恥ずかしい顔をしたけど、あえてスルーして話を続けた。


「既に伊田さんが真田から広志に乗り換えてる」

「おいおい、乗り換えてるなんて、人聞きの悪い言い方をしないでくれ」


 広志が伊田さんを見ると、彼女は苦笑いしてる。

 こんな表現は、伊田さんがなんだか悪い子のように聞こえるから、広志は黙ってるわけにはいかない。


「あ……ごめんごめん。伊田さんは予備選挙では、きっと広志に投票したいと思ってる。──これでいいか?」


 健太が伊田さんをチラッと見ると、伊田さんは笑ってる。

 まあこれくらいならいいかと広志も健太に向かって頷いた。


「この時点で、真田5票、天河6票、主意6票、広志3票になってるわけだ」

「うん……そうだな」

「で、加奈ちゃんと美久ちゃんの票の行方だ」

「なるほど。でも彼女達が元々誰に投票してたか、わからないよな?」

「そうだ。それは今はわからない。もしも天河票と主意票だったとしたら、彼ら二人も5票になって、三人が5票で並ぶ」

「まあそういうことばい」


 今まで黙って健太の話を聞いてた天河が、にやにやしながら頷いた。

 実は天河は、人気総選挙なんてどうでもいいらしい。

 彼は自分の曲を支えてくれるファンにさえ人気が出れば、それでいいんだそうだ。


 学校の人気総選挙は、よく知らない人でも、とにかく誰かに投票する。

 中には白紙投票する者もいるが、ほとんどすべての生徒が、このイベントを面白がって誰かに投票する。


 だからそんな選挙で例え自分が選ばれても、それはホントの人気じゃない。

 天河はそう言った。


 ──さすが天河。考え方が大人だ。


 広志が天河に対して感心してたら、健太が話しかけてきた。


「あと2票だな、広志」

「何が?」

「何がって……お前があと2票獲得したら、イケメン三銃士と並ぶってことだ。しかもその時点で誰か二人は4票になってるから、お前はトップ争いをしてるってことになる」

「はぁっ!? そんなことが起こるわけはないだろーっ!!」


 広志は思わず大声を出した。


「それに健太が言う現在の票数も、あくまで仮定なわけだし」

「なるほど、それはおもしろか。なあ見音。俺に入れてくれてた票ば、広志に入れてくれんとね? そしたらあと1票で、広志がトップに並ぶ可能性が出るぞ」

「え……? い……いいけど」


 見音は戸惑いながらも、そう答えた。


「いやいや八坂さん! 冗談でも、そんなことは言わないで!!」

「いいえ、別に冗談じゃないわ。もちろん天河君に一番投票したいけど、空野君には感謝してるし、空野君だったら票を入れてもいいわよ」

「いや、やめてくれ。僕は票が欲しいわけじゃないし!」


 焦って否定する広志を、伊田さんも弥生ちゃんも、にこにこ笑いながら見てる。


「なるほどー 広志がトップを獲るなんて、私は嬉しいぞー」

「そうですね。私も応援します」

「いや、ホントにみんな、やめてくれよー」


 両手で頭を抱えて顔を横に振る広志に、健太は両手を前に出して、手のひらを下に向けた。

「まあ落ち着け広志」と健太が広志をなだめる。


「次は女子の部を見てみようじゃないか。女子の委員長選挙の結果は……」


 健太はみんなを見回して、今度は女子の話をしだした。

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