第73話:素直な見音は素敵

「八坂さんはもっと素直になった方が素敵だし、八坂さん自身も苦しまなくて済むと思うんだ。だから心配してる。単なるお節介だけど」


 広志がそう言うと、見音は「確かに余計なお節介だわ」と答えた。しかし言葉とは裏腹に、見音は少し照れたような、嬉しそうな表情を少し浮かべてる。そしてしばらく四人の間に沈黙が流れた。


 沈黙を破るように、急に天河が「あっはっは」と笑い声を上げた。


「まあ八坂。広志はそげなお節介なヤツなんや。ばってんお前んことば思うて言いよっちゃけん、耳ば傾けたらどうや?」


 天河の言葉を聞いて、見音は苦しげな表情で「うっ」と声を漏らした。言い返すに言い返せない感じで黙り込む。


「そ、そうですよー八坂さん。空野君はお節介なんです。で、でも私も二年の時に、そのお節介に助けられたんですよ」


 弥生ちゃんは、二年の時に広志に助けられた時のことを、見音と天河に話した──





「そげんことがあったんか」


 天河にも広志と弥生ちゃんとのできごとは、詳しくは話してなかったから、感心したように天河は頷いた。


「はい。こ、こーんなに空野君はお節介なんですよ。だ、だから私は空野君が大好きなんです、うふふ」

「そういうことがあったんか。俺も広志のことば、さらに好きになったとよ」

「いやいやヒカル。嬉しいんだけど照れるから、そんなことはあんまり言わないでよ」

「まあ、ええやないか、あっはっはっ!」


 大笑いした天河は、ふと見音に向いた。


「どや、八坂。お前もこげな男、好きやろ?」

「えっ? わ、私が空野君を?」


 見音は照れて焦ったような顔を、ふるふると細かく横に振ってる。


(そりゃそうでしょ。いきなり僕のことを好きだろって言われても、八坂さんは否定するに決まってるよ)


「あのな八坂。実は今回、俺のライブに八坂を呼びたいって言い出したんは広志ばい」

「えっ、そうなの? なぜ……?」

「広志はな、さっきから言うとるように、お前が他のみんなと素直な気持ちで接することができるようになってほしいと思っとるけん。俺のライブに一緒に来るのが、そのきっかけにならんかと考えたんや」


 見音は無言で広志を見つめた。


「しかも最初は、その八坂の分のチケット代を、広志が自分で出すって言うたんやぞ。こんなええヤツがいてるか?」

「そ……空野君。色々と酷いことをしたのに、なぜそこまでしてくれるの?」

「いや、別にそんなに酷いことをされたとは思ってないし、ホントは八坂さんってもっともっと素敵な人だから、明るく素直に自分を出せたらもっと魅力が出ていいなぁって思ったんだ」


 黒田さんにお願いされたってことは、もちろん見音には言えない。だけど黒田さんに頼まれたからだけじゃなくて、広志が今言ったことは本音だった。


「な、八坂。やっぱりこげな男、お前も好きやろ?」

「えっ? あっ……うう……」

「おいおいヒカル。八坂さんが困ってるじゃないか」


(何も無理に僕を好きだなんて言わせなくていいのに)


「なあ八坂。俺は何も、広志を男として好きだろなんて、言っとらんわい。人として、こんなヤツ、好きにならん方がおかしいくらいたい。どや、八坂。広志のことば、人として好きやろ?」

「そ、それは……」

「こらっ、八坂っ!」

「はっ、はいっ!」


 突然天河が大きな声を出したもんだから、見音は背筋をピンっと伸ばした。見音が『はい』って返事するなんて珍しい。


「素直に言え。お前、広志のことば、好きやろ? なんか顔にそう書いとるけん」

「えっ?」


 見音は慌てて顔に何か付いてるか確かめるように、両手で頰を撫でてる。もちろん何も付いてはいない。


「ヒカル。八坂さんが思ってもないことを、無理矢理言わさなくていいよ」


 広志は苦笑いして天河の肩に手を置いた。ホントになんで天河はそこまでして見音に、自分を好きだと言わせようとするのか、広志は不思議に思う。


「いいや。思ってもなかことば言わそうなんて思っとらん。思ってるくせに素直に言わんことを、言わそうとしとるだけたい」


 天河は広志に向いて言った後、また見音の方に顔を向けた。


「あのな八坂。広志はお前のことを、ホントに心配しとるんや。お前も人の気持ちをキチンと受け止められる人間になれ」

「人の気持ちをキチンと受け止める……」


 天河はひと言「そうや」とだけ答えて、見音の顔をじっと見つめる。見音は自分で自分に何かを問いかけるように、真剣な表情で目を伏せる。そして静かに目を開いた。


「そうね。わかった。天河君の言うとおりだわ。このライブに誘ってくれたことも含めて、私も空野君に色々と助けられたり教えられてるのは確かだもん。私は空野君が好きだわ……人として」


 ようやく見音が素直な自分の気持ちを口にしてくれた。それだけで広志は胸がジーンと熱くなる。


「それにね、さっきも言ったけど、天河君の歌が凄く良かった。感動して、心が洗われたような、そんな気がした」


 天河は黙って優しい笑顔で、見音を見つめてる。


「特に最後の曲。私ね、小学校の時に好きな男の子がいて、でもブスだデブだって言われて、その恋は叶わなかったの。その時のことを思い出した……」


 見音は寂しそうな表情を浮かべたけど、それは決して悲壮な感じじゃなくて、少し笑顔も混じってる。


「今ならね、あれもいい思い出だったかなぁ……って、思えるような気がしてる」


 淡々と話す見音は、いつもの仮面を取り去ったように見える。心からの気持ちを素直に話してる感じは、とても好感が持てた。


 そんな見音に、天河はニヤッと笑いかけた。


「ようやく素直に言えたやないか、八坂。顔つきも、自然ないい表情をしてて可愛いぞ」

「えっ?」

「『空野君が好き』のところを、もう一回言え」

「はっ? なんで?」

「いいから言え。もっと大きな声で、心を込めて言え。そしたらもっと気持ち良くなれるたい」


 気持ちいいの意味がよくわからないけど、見音は天河の言葉に素直に従って、大きく息を吸い込んだ。


「わ……私は、空野君が好き!」


 大きな声で思い切ってそう言ったあと、見音は、はぁはぁと肩で息をしてる。


「どや、八坂。プライドも見栄も捨てて、素直に気持ちを口に出すって、気持ち良かやろ?」

「う……うん!」


(なるほどそうか。あえて言いにくいことを言わせることで、見音がプライドや見栄を捨てて、素直に気持ちを出すようにさせたのか。ヒカルってやっぱり凄い)


「で、でも天河君。あくまで私が空野君を好きなのには、人としてってことで、男性としてってことじゃないから」

「そんなに必死にならんでも、わかっとるって八坂」

「で、ですよねぇ八坂さん。八坂さんは委員長選挙では、天河君に投票したし、元々天河君の音楽のファンなんですもんね」

「や、弥生ちゃん! なんてことを言うのよ!?」


 見音は慌てて弥生ちゃんの口を手でふさいだ。弥生ちゃんはもごもご言って、手足をバタつかせてる。


「八坂さん、そうなの?」


 広志が驚いて訊くと、見音は「いや、あの……」口ごもるばかり。見音の手を口から外した弥生ちゃんが、また言葉を続けた。


「あ、ご、ごめんね八坂さん。ら、ライブの待ち合わせをした時に、空野君が来る前に聞いたのです。だって八坂さんったら、明らかなヒカリストの服装で来たんだもん」

「ま、まあね」


 見音は照れて、金髪の頭を掻いてる。


「そっか! 見音は俺に投票してくれとったと? よっしゃ! これで広志に一矢報いたばい!」


 天河は広志に向かって親指を突き立てて、にやっと笑った。


「一矢報いたって……」

「そうたい。凜と弥生、二連敗だったけどな。いっしっし」


 天河は歯をむき出して笑って、広志の背中をバンバンと叩く。天河って、ホントに感情を素直に出すヤツだ。見音への呼び方も、いきなり見音って呼び捨てになったし。


「見音、ありがとな。やっぱお前は、素直に気持ちを出したら、可愛かわいかよ。明日から学校でも、そうしんしゃい! ええな!」

「う……うん」


 見音はめちゃくちゃ恥ずかしそうに、うつむきながら消え入りそうな声で答えた。

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