第70話:八坂さん、一緒に行きません?

◆◇◆


 翌日の昼休み。弁当を食べ終わって、クラスのみんなが友達との雑談にきょうじてる頃。多分食堂に行ってたであろう見音みおんが、金髪ロングヘアをなびかせて教室に戻ってきた。


 相変わらずキリッとして、美しくはあるけど他人を寄せ付けないような雰囲気を醸し出してる。


 見音は昼ごはんは食堂に一人で行くことが多くて、あんまりクラスの女子達と交流がない。


 見音のことをより深く知ってから見ると、過去のトラウマで男子だけでなくて、女子ともうまく付き合えないんだなぁと広志は気づく。


 見音の姿を見て、弥生ちゃんが席から立ち上がって近づいて行った。自分の席に腰掛けた見音に弥生ちゃんが話しかける。


「えっと……八坂さん。ちょ、ちょっといいですか?」

「ん? なに?」

「や、八坂さんは、音楽が好きだって言ってましたよね……」

「それがなにか?」

「こ、このライブのチケットをもらったんで、私と一緒に行きませんか?」

「えっ……?」


 あまりに急な申し出に、座ったままの見音は顔を上げて、弥生ちゃんを驚いた顔つきで見た。


「誰のライブ?」

「て、天河君のライブです」

「天河君のライブ!?」


 思わぬ名前が出て、目を丸くした見音は思わず大きな声を出した。周りのクラスメイト達はチラッと振り返る者もいるけど、またすぐ自分達の雑談に戻る。


「は、はい、そうです」

「なぜ私に?」

「や、八坂さんは音楽好きですから、興味があるかなぁって思ったのです」

「んん~、天河君のライブ……」


 見音は腕を組んで、少し眉間に皺を寄せて首をかしげる。金髪のストレートヘアがゆらりと揺れた。


 天河の音楽は、見音の好みじゃないんだろうか? 乗り気じゃないのかどうかまではわからないけど、ハッキリしない態度だ。


「なんじゃ八坂。俺の音楽は好みじゃなかと?」


 つかつかと歩み寄った天河てんかわが、見音の背後から急に声をかけたもんだから、見音はぎょっとして振り返った。


「あ、いえ……そういうわけじゃ……」


 まさか天河本人が会話を聞いてたとは気づいてなかったみたいで、焦った顔で天河の表情をうかがってる。


「じゃあ来てくれると? 次の日曜日ばい」

「え、ええ、わかったわ」


 天河が迫力ある表情で言ったもんだから、押されたような感じで見音は承諾した。男であっても、あの迫力で押されたらイエスって言ってしまうに違いない。


「そっか、ありがとな八坂! めっちゃ嬉しか!」


 天河は急に表情を崩してニッカと笑うと、見音の両手を握って握手した。


「まあ本人が頼むなら、仕方ないわね、おほほ」


 そんな虚勢をはったようなセリフを吐いてるけど、普段は冷静な見音が照れて赤い顔をしてる。さすが天河。高飛車なお嬢様相手でも、自分のペースに巻き込んでしまった。


「そうだ。当日ライブが終わったら、楽屋に遊びに来てくれ。歓迎するけん」

「えっ、ホント?」


 見音は思いもしない申し出に、ぱっと顔を輝かせた。つっけんどんな態度をしてたけど、天河のライブに誘ってもらって、実はまあまあ嬉しかったんじゃなかろうか。相変わらず素直じゃないヤツだ。


「ああ、ホントたい」

「わかったわ。激励に来てほしいってことね」

「あ、ああ。まあそうばい」


 あくまでも高飛車な見音に、天河は苦笑いを浮かべてる。


「それと八坂。広志も来てもらうことになってるからな」

「広志……って空野君のこと?」

「ああ、そうばい」


 自分の席に何食わぬ顔で座ってる広志の方を振り向いて、見音はじっと固まってる。広志は見音に向かって笑顔を浮かべて、軽く片手を上げた。

 

「なんや八坂。広志が一緒やと何か問題があるんか? あいつと何かあったんか?」

「い、いえ……別に何も……」

「じゃあ問題なかやろう」

「そ、そうね……わかったわ」


 なんとか見音から、天河のライブに来る承諾を取りつけることができた。


 とにかく天河のおかげで、見音を連れ出すところまでは上手くいきそうだ。あとは当日に、どこまで見音と心理的な距離を縮めて、素直な見音を引き出せるか。まあ一筋縄じゃいかないだろうけど。


 広志は天河や見音のやり取りを眺めながら、そう考えて気持ちを引き締めた。



◆◇◆


 天河のライブの日が来た。広志と弥生ちゃんは、ライブコンサート会場である市営のコンサートホールの玄関前で待ち合わせをした。見音もそこに来ることになってる。


 広志がコンサートホールの玄関に着くと、大勢の人に混じって、そこには既に弥生ちゃんと見音が来てた。


 客は八割方が女性だ。天河って、こんなに女性ファンが多いんだなぁと広志は改めて感心する。やっぱり凄いヤツなんだ。


 弥生ちゃんは少しテカった素材の黒い襟付きシャツに、下も黒いパンツスタイル。弥生ちゃんは地味で幼い顔つきだし背がちっちゃいから、子供が無理して大人っぽい服を着てるみたいでアンバランスだ。だけどそれもなんだか可愛い感じがする。


 見音は黒のティーシャツに黒いジャケットを羽織り、黒いミニスカートを履いてる。白くて長くて綺麗な足がコントラストになってて、かなりセクシー。


 それにロングの金髪や西欧ハーフのような顔つきと相まって、凄くカッコいい。


「あの……二人とも黒で統一した服装だけど、示し合わせてたの?」

「空野君は、なにを言ってるのかしら? 天河ヒカルのファッションに合わせて、黒い服装でライブに来るのは、ヒカリストの常識でしょ?」

「ヒカリスト?」


(なんだそれ?)


「ヒカリストもわからずに、空野君は天河君のコンサートに来たの!?」


 呆れ顔の見音に、横から弥生ちゃんが助け船を出してくれた。


「まあまあ八坂やさかさん。あ、あのね空野君。天河ヒカルのファンをヒカリストって言うのですよ」

「そうなのか! ホントに知らなかったよ」


 そう言われれば、確かに周りの人達も、黒ずくめが圧倒的に多い。ファッションに無関心な広志は、何となく渋い感じの人が多いなぁとしか思ってなかった。


 広志はジーンズに白っぽいティーシャツという自分のスタイルを改めて見て、場違いな自分にちょっと恥ずかしくなる。


(それにしても八坂さんは、最初誘われた時には渋々みたいな感じだったくせに……結構ノリノリじゃないか。やっぱり自分の気持ちを、なかなか素直に出せないんだなぁ)


「まあ、そういうことよ。空野君のファッションが恥ずかしいわ」

「まあまあ、八坂さん。ひ、人それぞれ好きなファッションでいいと思いますよ」


 見音が嫌味っぽく言うのを聞いて、弥生ちゃんが笑顔でフォローしてくれた。見音は「まあそれもそうね」と、意外にも素直に受け入れた。


「でも八坂さんがそんなファッションするなんて、意外だなぁ。この前もワンピースだったし、お嬢様っぽい服装のイメージしかない」

「空野君は、私にはこんな格好が似合ってないって言いたいの?」

「いや、むしろ逆。めちゃくちゃカッコいいし、八坂さんってホントはこんな服装の方が好きなんじゃないかなって思った」

「えっ……?」


 予想外の答えだったんだろうか。見音は動きが固まって、頰を赤らめた。広志も予想外の見音の反応を見て、動きが固まってしまった。


「み、皆さん。そろそろ中に入りませんか?」

「そ、そうね。こんな所に立ってたら、他の人に邪魔だわ」

「そうだね。行こうか」


 固まってる二人を見て、弥生ちゃんが声をかけてくれて助かった。そんなこんなで三人でライブ会場に入って行った。

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