第69話:広志と弥生をご招待

 天河の提案で、広志と天河もお互いに下の名前で呼ぶことにした。それから天河は、さっき言いかけた話の続きをし始めた。


「で、広志、弥生。話の本題ばってん」

「ん? なに?」

「来週の日曜に、この街のホールでライブをする予定があるたい」


 天河はカバンの中をゴソゴソと探って、ライブコンサートの案内チラシとチケットを取り出した。


「これに二人とも来てくれるか? それまでに弥生の歌詞にメロディーば付けて、当日歌うこつにする」

「えっ、マジ?」

「ああ、大マジたい! 二人ともこのライブに無料招待するけん」


 それは素晴らしい提案だ。弥生ちゃんを見ると、信じられないという顔で、今にも泣き出しそう。


「あの……ヒカル。お願いがあるんだけど、そのチケットもう一枚もらえないかな。もちろんお金は払うから」

「もう一枚? りんば連れてくるつもりか?」

「いや、そうじゃなくて……」

「ん? なんだ?」

八坂やさかさんを招待したいなぁ、なんて」

「八坂!? 八坂 見音みおんか?」

「うん」


 天河は、こいつはいったい何を言いだすんだって感じの、呆れた顔をしてる。そして広志をギロっと睨んだ。


「広志、お前また浮気するつもりかっ!?」

「いや、違うって!」

「て、天河君! ち、違うのです! 空野君は……」

「あはは、マジになるな。冗談たい!」


 天河は腹を抱えて、肩を震わせて「あっはっはっ」と笑いだした。ホントに楽しそうに笑うヤツだ。


「広志のことやから、また何か事情があるんやろ?」

「うん、まあね」

「わかった。じゃあチケットはタダでやる」

「いや、悪いからいいよ。お金払うし」

「いや、金はいらん。その代わり、その事情とやらを教えろ」

「えっ?」


 見音の事情は、プライベートなことだから、簡単に教える訳にはいかない。


「お前、今日はずっと悲壮な顔で、ずっと八坂んこと見とったからなぁ。何か困ったことば、抱えとるんやろ?」


(うわっ、ヒカルにもバレてた!)


「俺から凜と弥生を奪った詫びに、空野の悩みを教えろ。でないと殴る! 教えてくれたらできる限り協力する」


(いやいや、ヒカルよ。僕は君から凜も弥生ちゃんも奪ってなんかいないし!)


 だけど『詫びろ』とか言いながら、なんとか広志に協力しようする天河の心遣いが嬉しい。


「そ、そうです。私も協力したいから、ぜ、ぜひ教えてください!」

「ヒカル……弥生ちゃん……」


 広志は二人がこんなに言ってくれることに感激して、胸が熱くなる。この二人になら、見音のことを言ってもいい。広志はそう確信した。


「実は……」





 ──なんとかして見音みおんのコンプレックスや歪んだ思い込みを解消して、明るく素直な気持ちで人と接するようになってもらいたい。そのためにどうしたらいいのか、広志は悩んでる。


 だから天河のライブに音楽好きな見音を誘って、心を割って話せる機会にしたいと広志は考えた。


 そのことを天河と弥生ちゃんに説明したら、天河は腕を組んで「うーむ」と唸った。


「広志。お前また厄介なお願いごとを受けたもんやなぁ」

「まあね……」

「で、でも、困ってる人がいたらほっとけないのが、そ、空野君ですもんね」

「そ、そうだね。うまくいく自信はないけどね……」

「それにしても八坂のヤツ、いくら美人でも性格ブスはいかん! 俺がほっぺたひっぱたいて、性根を入れ換えてやろうか?」

「ま、待ってよヒカル。そんなことしたら……」

「あはは広志、冗談に決まっとろうが」


 天河は真剣な顔と熱い口調で言うから、冗談なのかどうかがわかりにくくて困る。




 カフェのテーブルに座る三人が、うーんと唸ったきり、無言の時間が流れた。その時弥生ちゃんが遠慮がちに口を開いた。


「あ、あの……やっぱり、私が適任ですかね」

「適任?」

「わ、私みたいなブスでも、親身になってくれる人がいるし、人を信じることができるっていう、いい見本です」


 苦笑いする弥生ちゃんに、天河はちょっと怒ったような声を上げる。


「こら弥生! 自分でブスなんて言うな! 俺から見たら、お前は充分可愛いい!」

「ふぇっ?」


 弥生ちゃんは目を白黒させて、あたふたとしながら照れてる。世間一般的な感覚で決して美人じゃないけど、やっぱり表情や仕草が可愛い。


 いやいや、こうやって褒められることで、弥生ちゃんはなんだかどんどん可愛くなってるように見える。


「まあとにかく、八坂ば俺のライブに誘おう。そしてライブが終わったら、八坂も連れて俺の楽屋に来い。そこで一緒に、色々話ばしよーやないか」

「じゃ、じゃあ私が八坂さんを誘いますね」

「えっ? 弥生ちゃんが?」

「は、はい。だって八坂さんが音楽好きなのを知ってるのは私だけですし。わ、私が誘うのが一番自然かと……」

「だな。それが一番自然たい。ええな、広志」

「ああ、わかった。弥生ちゃん、それにヒカルも、ホントにありがとう」


 思いもよらず天河てんかわと弥生ちゃんが協力してくれることになった。二人の笑顔を見てると、感謝で胸が熱くなる。


 やっぱり信頼できる友達が周りにいることが、自分も素直になれて、人を信用できるためにとても大切なことなんだと、広志は改めて実感した。

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