第68話:私も天河君の歌が大好きです

「弥生ちゃん? 弥生って、ネットで詩とかを発表してるYAYOIと何か関係あるんか? アルファベット表記のYAYOI」

「あ、あれ……わ、私です」

「なんと! 中田さんがあのYAYOI!?」

天河てんかわ、知ってるの?」

「ああ。知ってるも何も、俺は以前からYAYOIの詩を見て、大ファンたい! この人に歌詞を書いてもらえたらなぁって、思ってた」

「そうなのか!?」


 何たる偶然。


 ──いや、もしかしたら必然かもしれない。


 二人とも素晴らしい感性を持つアーティスト。それがお互いに、相手の作品に惹かれ合う。


「ほ、ホントですか? わ、私も天河君の歌が、だ、大好きです!」


 弥生ちゃんも天河の言葉を聞いて、顔を真っ赤にして興奮状態だ。顔が上気して、またメガネが曇ってる。


「あ……」


 弥生ちゃんが慌ててメガネを外し、ハンカチでレンズを拭く。こぢんまりとした顔の真ん中にある、くりくりとした目があらわになった。


「あ、可愛い」


 広志は思わず呟いてしまった。


 決して美人というのではないけど、ちっちゃい身体と相まって、なんと言うか小動物的な可愛さ。


 広志の言葉を聞いて、弥生ちゃんは顔をぶんぶんと横に振って、両手もせわしなく振りながら、照れに照れてる。


「いやん、空野君ったら……お世辞が上手なんだから。そんなにお世辞を言っても、何も出ませんからね……」


 不思議なもので、大いに照れながらアセアセして喋る言葉は、まったくどもってない。


「いや、お世辞なんかじゃないって。メガネを取ったら、凄く可愛いよ。なあ、天河」


 天河を見ると、目を細めて弥生ちゃんを見てる。


「なあ、天河」


 広志がもう一度言うと、天河てんかわは我に返って口を開いた。


「あ、ああ、そうだな。けど俺は、弥生のメガネ姿も可愛いと、前から思っとうよ」

「「えっ!?」」


 広志と弥生ちゃんが、ハモりで驚きの声を上げた。


「あ、いや……そんなびっくりした目で見るな。俺は割とメガネ女子が好きたい」


 そうなんだ。人それぞれ好みはあるけど、ワイルドな雰囲気の天河がメガネ女子が好みだなんて、なんだか不思議な感じがする。


(この天河の言葉を、八坂さんに聞かせてあげたいなぁ)


 きっとイケメン天河の言葉なら、自分の言葉よりも、見音も納得するに違いないと広志は思う。


「わわわ、あ、ありがとう、天河君! 凄く嬉しいです! でも……」


(ん? でも?)


 弥生ちゃんは元のようにメガネをかけ直して、広志を横目でチラッと見た。


「わ、私が好きなのは空野君なんで、ごめんなさい!」


 天河は弥生ちゃんの言葉に、目が点になってる。広志は思わぬカミングアウトに『うっわ!』と驚きの声を出してしまった。


「あ、いや……こくってもないのに、俺って振られた?」

「えっ? あっ! ご、ごめんなさい天河君!」


 天河は青ざめた表情を浮かべて、広志を睨みつける。


「またお前に負けたと!? こら、空野!」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってよ天河!」


 焦る広志を見て、天河は急に表情を崩した。


「あはは、冗談ばい。別に空野のせいじゃないし、それだけお前が魅力的だってことばい」

「いや、そんなことは……」

「俺ももっと、自分の魅力を磨かんといかんなぁ」


(いや、天河は充分魅力的な男子ですけどっ!)


 見た目がイケメンなだけじゃなくて、性格も含めて天河は魅力的だと、広志は心から思った。


 だけど今のシチュエーションでそんなことを言うと、嫌味にも聞こえるから広志は黙って天河の顔を笑顔で見つめた。


 冗談だと聞いて、弥生ちゃんもホッとした表情を浮かべてる。


「しかしまぁ、弥生はホントに空野のことを好いとぉんやな」

「は、はい。二年の時に、ホントに空野君には助けてもらったし、こ、この優しさに救われたんです」

「そっかそっか、わかった。こら空野。お前、ほんっとにええヤツみたいやの」

「いや、そんなに買い被らないでよ。僕なんておっちょこちょいで、何も特別な才能もないんだし」


 天河は「あはは」と笑って、「まあ、そう謙遜するな」と、広志の肩をポンポン叩いた。


「あっ、そうだ、空野と弥生」


(あれ? 天河はいきなり弥生ちゃんを呼び捨てにしてる。そういえば、名前を知ってから、何度も弥生やよいって呼んでるような気が……)


「あのう天河。弥生ちゃんを、もう呼び捨て?」

「ああ、なんかおかしいか?」

「いや、おかしいというか……知り合ってまだ間もないし」

「俺はステキな人だと思うたら、仲良くなりたいし、下の名前で呼ぶのは当たり前だと思っとる」

「へぇ、そうなんだ」

「弥生は呼び捨てにされるのは嫌か?」

「ふぇっ? いえ、べ、別に……っていうか、なんか嬉しいです」


 弥生ちゃんは顔を真っ赤にしてる。なるほど天河にとっては、呼び捨ては親しみの表現なんだと広志は納得した。


「空野はなんちゅう名前や?」

「え? 広志」

「じゃあこれからは広志と呼ぶ」

「ぼ、僕も呼び捨て?」

「ああ。ステキな人は呼び捨てと言うたろ? それは男女関係なしだ。広志も俺をヒカルと呼んでくれ」

「わ、わかった」


 見た目はいかついけど、天河ってホントにいいヤツだ。きっと、だから凜のことも呼び捨てにしてるんだろう。


 以前天河が凜のことを呼び捨てにしてるのを聞いた時、少し心がざわっとしたけど、天河のことがわかってようやく得心することができた。

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