第67話:なんで天河はそこまで怒るんだ?

 天河が広志の頬に強烈なビンタをぶちかました数分後──天河は広志たちと一緒にカフェのテーブルに座っていた。



「いやあ、ホントにすまん! 俺の早とちりたい」

「そ、そうですよ、天河君。そ、空野君がかわいそうです……」


 天河はテーブルに両手をついて、テーブルにおでこをこすり付けるように頭を下げて謝った。


 弥生ちゃんがちゃんと事情を説明してくれたおかげで、天河の誤解が解けた。天河はたまたま通りがかって、ガラス越しに広志と弥生ちゃんの姿を見かけたらしい。


 その姿を見て、てっきり広志が弥生ちゃんにキスしようとしてると思って、慌てて店内に入って来たと言う。


 付き合ってはいないというものの、お互いに好き合ってるはずの凜を、広志が裏切ってると思って腹が立ったと天河は言った。


 だけど勘違いしたとはいえ、なんで天河がそこまで怒るのか謎だ。


「で、空野。中田さんが言う、俺んことで相談ってなんや?」


 天河は横目でちらっと弥生ちゃんを見て、広志に問いかける。


「えっと……」


 弥生ちゃんの歌詞のことをお願いするにはいいチャンスだ。だけどその前に、なぜ天河がビンタをかますくらいに激怒したのか、広志はその理由が気になる。


「その前に、一つだけいいかな、天河」

「なんや?」

「僕が凜と弥生ちゃんを二股かけてるって勘違いして……それでなんで天河はそこまで怒るんだ?」

「いや、あの……」


 天河はまた横目で弥生ちゃんをちらちらと見る。弥生ちゃんの前では言いにくいことのようだ。


「まあ、よか。中田さんの前ではちょっと恥ずかしかけど……ビンタしてしもうた詫びに、ちゃんと説明する義務があるけん」


 そう言って天河は、広志の顔をまっすぐに見た。そして覚悟を決めたような表情で口を開く。


「空野は凜から聞いとると思うけど、俺は二年の時に凜に振られた」

「あ、ああ」


 凜からそのことを聞いたのはつい最近だけど、話がややこしくなるから広志は素直に相槌だけ打っといた。


「俺も諦めきらんかったから、その後も2回も凜に俺と付き合ってくれと言ったんやが……その度に、いかに空野が素晴らしい人で、いかに空野のことを好いとうかを、凜は熱心に言うわけや」

「そ、そうなの?」

「ああ、そうたい」


 広志は凜の言葉が嬉しいけど、天河にはなんと答えたらいいのかわからないから、苦笑いを返すしかない。


「で、俺は、空野って男がそんなに素晴らしいヤツなんやったら、しょうがない。すっぱりと諦めようと思ったんや。実際に凜のことは、俺はすっぱり諦めた」


 きりっとした表情で言う天河の言葉には、嘘はなさそうだ。芯の強さを感じるワイルドなイケメン。こりゃ、女の子に人気があるのもわかる。


「けど、そこまでして諦めたのに……素晴らしいはずの男が、俺の目の前で他の女と浮気をしよる。そしたら、腹が立つのも当たり前やろ?」

「て、天河君。だ、だから空野君は浮気じゃないですって」

「そら、それはもうわかったって。俺の思い違いたい。ホントにすまんかった」


 天河は、再びテーブルにおでこを擦りつけるようにして頭を下げた。


「あ、天河。勘違いってわかったから、僕は別に怒ってないから……顔を上げてよ」


 顔を上げた天河は広志の顔をじっと見つめて、目を丸くして口を開いた。


「空野……お前、いきなり殴られたのに、そんな俺に、なんでそんな優しい目で見ることができようと?」

「いや、天河の話を聞いたら、怒るどころか、そこまでまっすぐで熱いところに感動したよ」

「いやいや、俺こそお前の優しさに、感動しようとよ!」


 男同士、お互いに真剣な眼差しでしばらく見つめ合ってた広志と天河は、フッと笑いが漏れて、そして二人とも「あっはっは」と大きく笑い出した。


「いや、やっぱ空野、お前は凜が言う通り、ホントにいいヤツだ」

「いやいや、天河こそいいヤツだよ」

「いやいやいや、空野こそ……あははっ、もういいか!」

「そうだね!」


 天河とは何か通じ合うものがある気がする。彼は信頼できそうだと広志は感じた。


「ところで空野。俺んことで相談ってなんや?」

「あ、そうだね。実は……」




 弥生ちゃんの歌詞の話をしたら、天河は興味深そうな顔をした。天河がどんな歌詞か見せてくれと言うので、弥生ちゃんはスマホを天河に渡した。


「こ、これは……」


 弥生ちゃんの歌詞を読んだ天河は、目を見開いて絶句した。弥生ちゃんは恥ずかしげな顔で天河の横顔を見つめて、天河の言葉を待ってる。


「凄くいい!」

「天河の歌にしてくれるかな?」

「ああ。……っていうか、ぜひ俺の歌にさせてくれ! こっちからお願いしたい!」


 天河の反応は、絶賛と言っていいものだ。CDデビューしてるプロ歌手にも関わらず、彼は弥生ちゃんに向かって頭を下げてお願いした。


「よかったね、弥生ちゃん!」

「う、うん。あ、ありがとう」

「弥生ちゃん? 弥生って、ネットで詩とかを発表してるYAYOIと何か関係あるんか? アルファベット表記のYAYOI」

「あ、あれ……わ、私です」

「なんと! 中田さんがあのYAYOI!?」


 天河は驚愕に満ちた顔をしてる。心なしか唇が震えてるようにも見える。天河の口ぶりからしたら、彼は弥生ちゃんのことを知ってるんだろうか?

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