第66話:天河君と仲が良いですか?

「あ、あのう空野君。お、同じクラスの天河てんかわ君って、自分で作詞作曲して、自分で歌ってメジャーデビューしてるって知ってますか?」

「えっ?」


 二人で行ったカフェで、カウンター席に並んで座って話をしてると、突然弥生ちゃんの口から天河の名前が出てきた。彼女はいったいなんの話をしようとしてるんだろうか?


「歌手デビューしてるってのは有名だから知ってるけど、詳しくは知らないよ」

「て、天河君って、見た目は怖いけど、凄く優しくて甘い歌詞を書くし、う、歌声も心に染みるいい声なんですよ」


 確かに。ワールドスタジアムにたまたま行って、歌は聴いたけど、凄く感動的ないい声だったと、広志は思い返す。


「で、天河がどうしたの?」

「あ、あの……天河君に、わ、私の詩を歌にしてもらえないかなぁ……なんて思ってるのです」


 弥生ちゃんは照れたように顔を赤らめてる。なるほど、自分の詩を、歌にしてほしいのか。


「へぇ〜っ、それはいい考えだ。で、天河はどう言ってるの?」

「あ……なかなか天河君にはそれを言い出せなくて……そ、空野君は、天河君と仲が良かったりしますか?」

「いや、別に……特に交流はないなぁ」


(まあ以前、天河が凜に告白したっていうことでの関わりはあるけど。あはは)


「そ、そうですか……じゃあ空野君から天河君にお願いするって、難しいですね」


 弥生ちゃんはうつむいて、がっくりと肩を落とした。残念オーラが身体中から出てる。


「あ、いや、でも天河とは話したことがあるし、僕から声をかけてみようか?」

「えっ?」


 弥生ちゃんはガバッと顔を上げると、広志の顔をまじまじと見つめた。口がぽかんと開いてる。


「ほ、ホントですか?」

「うん、まあそれくらいのことなら、全然問題ないし」

「や、やったぁ!」


 弥生ちゃんは両手を握りしめて、体の前で小さくガッツポーズをしてる。こんな仕草もなかなか可愛い。


 弥生ちゃんは以前と比べて、こんな感情表現もそこそこ出すようになってきた。そんな彼女の変化が広志には嬉しい。


「だけど、天河が弥生ちゃんの歌詞を歌にしてくれるかどうか、そこはわかんないよ。彼に無理強いするほど仲がいいワケじゃないし」

「い、いえいえ、大丈夫です! 空野君以外にこんなことをお願いできる人はいないし、て、天河君に話をしてもらえるだけで充分!」


 でも弥生ちゃんの書く詩は、ホントに素晴らしい。だから『わかんない』とは言ったものの、なんとかして天河に弥生ちゃんの歌詞を、歌にしてもらいたいなと広志は思う。


「もしかして、弥生ちゃんが僕に声をかけたのは、こっちがメインだったのかな?」

「い、いえ。違います! め、メインはあくまで空野君の悩みを助けたくて……」

「あはは、冗談だよ。弥生ちゃんの心遣いには感謝してる。ありがと」


 広志の言葉に、弥生ちゃんは照れ照れの表情になって、うつむいた。


「あっ、そうだ弥生ちゃん。もし良かったら、天河に歌にしてもらいたい歌詞って、見せてもらえる?」

「う、うん。そ、空野君にも見てほしいです」


 弥生ちゃんはカバンからスマホを取り出して、メモ帳アプリからその歌詞を探して表示させた。


「あ、それなんだね」


 弥生ちゃんがカウンターテーブルの上で手にするスマホを、広志は横から覗き込んだけど、字が小さくてよく見えない。広志はテーブルの上のスマホに顔を近づけて、弥生ちゃんの歌詞を読んだ。


 昔の恋を思い出した切ない心情を詠んだ、なかなかいい歌詞だ。感動で涙が出そうになる。


「あ、あの……広野君」

「えっ?」


 頭の後ろで弥生ちゃんの声がした。振り返ると、すぐ目の前に弥生ちゃんのメガネが光ってる。無意識のうちに弥生ちゃんが手にするスマホに顔を近づけたから、弥生ちゃんの両腕の間に頭を突っ込んだような形になってる。


 そのまま振り返ったもんだから、弥生ちゃんの顔ともめっちゃ近い。まるで『キスする三秒前』って感じだ。


 やよいちゃんは顔を真っ赤にして、あたふたしてる。上気してるのか、メガネも曇ってる。こりゃやばい。ホントにはたから見たら、こんなカフェの中でまさにキスをしようとしてるように見えるだろう。


「おい、空野! どういうことだ!?」


 急に男の声がしたから、広志は慌てて身体を起こして、声の方を見た。なんとそこには鬼のような形相のワイルドイケメン天河が仁王立ちしていた。


「お前、ちょっとこっち来い!」


 天河に二の腕をつかまれ、ぐいぐい引っ張られる。カウンター席の椅子から離れて、そのまま店の出入り口に引きずっていかれた。


「ちょ、ちょって待ってよ天河」


 広志の声にも答えず、天河は無言のまま広志を店の外まで連れ出した。後ろからは弥生ちゃんが慌てて追いかけてくるのが、目の端に映った。


 店の前まで出ると、天河は腕を離した。そして広志に向かって、ぐっと眉間に皺を寄せて彫りの深いイケメン顔を近づけると、恐ろしく迫力ある目つきで睨みつける。


「おまえ、凛という存在がありながら、二股かけとったと!?」

「いや、そうじゃなくて……」

「言い訳するなんて、男らしゅうなかっ!!!!」


 天河が右手をぶんっと振りかざすのが見えた。そして広志の右頬に、ビッターンという衝撃が走る。頭がびりびりとして、視界がぐるぐると回る。


「ちょ、ちょっと、天河君っ! ホントに違うのっ!」


 追いかけてきた弥生ちゃんが、天河の腕にすがるようにしがみついて、泣き出しそうな目で訴えた。


「そっ、空野君には、て、天河君のことで相談に乗ってもらってたんですっ!!」

「はぁ? 俺のことで相談?」


 天河はきょとんとして、弥生ちゃんの顔を食い入るように見つめた。

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