第64話:八坂さんを狙ってるのか?
◆◇◆
広志は黒田さんからお願いされたことを何度も
黒田さんからお願いされたこと、つまり
(なかなか難しい課題だなぁ)
答えも、ヒントすらも見つからないまま広志が登校すると、教室前の廊下でたまたまばったり見音と会った。彼女はちょっと気まずそうな顔をしたけど、広志は先制して声をかけた。
「あっ、八坂さん、おはよー! バーベキュー、めちゃくちゃ美味しかったよ。ありがとう」
「えっ? あ……ああそうね」
見音は戸惑いを浮かべて顔を横に逸らしたけど、思い直したように広志に向き直った。
「いえ、こちらこそありがとう。それに色々と失礼をしてごめんなさい」
固い表情ではあるけど、明らかに今までの見音とは違う雰囲気だ。高圧的な空気が薄れてる。しかも自分から詫びを言ってくれた。
「いいや、気にしてないからいいよ。また何かあったら、呼んでほしいな」
「えっ?」
見音は驚いた表情を浮かべて、「わかったわ」と返答した。
午前の授業中や休み時間も、広志は時々見音の姿をちらちら見ながら、どうしたらいいか考えていたが、特に良いアイデアは思い浮かばない。
何だかんだ言っても、広志は見音のことをよく知らない。まずは彼女と接する機会を作って、見音の考え方や好きなことや、興味があることをつかむ必要があると考えた。
昼休み、田中 健太と二人で弁当を食べてたら、健太がいきなり声をひそめて訊いてきた。
「なぁ広志」
「ん? なに?」
「お前、次は八坂さんを狙ってるのか?」
広志はブホっと口の中のご飯を吐き出した。
「うっわ、汚ねぇ!」
「あ、ごめんごめん」
机の上に散らばった米粒を拾って片付けた後、広志は健太を軽く睨んだ。
「──って、健太が変なことを言い出すからだろ。何の話だよ?」
「広志が何度も八坂さんをちらちら見てるからだよ。この前二人で保健室に行ったし、何かあったんじゃないのか?」
「あ、いや。何もない」
ホントはありすぎると言ってもいいくらいの、修羅場のようなできごとがあった。だけどそれは、健太が言う『何か』ではないだろう。
健太が想像してるのは、きっと甘〜い『何か』に決まってる。だから返事は『何もない』でいい。
「ホントか? 広志はやっぱり、三大美女の制覇を狙ってるんだろ?」
「そんなワケないだろ! 健太も僕が、そんなことを考える人間じゃないって知ってるだろ?」
「あはは、わかってるよ。広志は『女をモノにする』とか、ぜーんぜん頭にないもんな。冗談だよ」
「笑えない冗談だ」
広志が憮然と答えると、健太は苦笑いを浮かべた。
「だけどさ広志。八坂さんって超お嬢様だし高飛車だから、お前がどM体質でもない限り、あんまり近づかない方がいいかもよ」
健太は真顔で言ってる。広志を心配してくれてるみたいだ。
「あ、ありがとう」
広志はなんと答えたらいいのかよくわからないけど、もちろん自分はドM体質じゃないし、と思いながら苦笑いで返した。
一日の授業が終わって、部活に行く凜や伊田さんと別れて、広志は一人帰路についた。正門を出て歩いてると、後ろから「空野君!」と呼ぶ女の子の声が聞こえた。
振り向くと弥生ちゃんだ。クラス委員長選挙で広志に一票を投じてくれた、背がちっこくてメガネで、決して可愛いとは言えない、とても地味な見た目のオタクっぽい女の子。
「あれ、田中さん?」
「あ、あのう、そ、空野君……」
「どうしたの?」
「わ、私、田中じゃなくて中田」
「えっ? あっ! ご、ごめん!」
またやってしまった。田中と言えば健太だ。いつも
広志はもうこれからは中田さんじゃなくて、弥生ちゃんと呼ぶことにした。そうすれば間違うこともあるまい。
「ま、まあ、いいですよ」
弥生ちゃんはメガネの奥で、優しく微笑んだ。それにしても彼女が声をかけてくるなんて珍しい。
「何か用?」
「そ、空野君、暇ありますか?」
「うん。大丈夫だけど……」
「か、帰りにお茶飲みませんか?」
弥生ちゃんが首をコテンと傾げると、ショートの黒髪がふわっと揺れた。メガネの奥では、くりくりとした目を細めてる。
──驚いた。弥生ちゃんからお茶に誘われるなんて、初めてだ。何か困ったことでもあったんだろうか?
広志は「いいよ」と答えて、帰り道にあるコーヒーチェーン店に入った。二人ともアイスコーヒーを注文した。道路に面した大きなガラス面に設置されたカウンター席に二人並んで座った。広志は弥生ちゃんの顔を覗き込むようにして、「どうしたの? また何か悩みがあるの?」と尋ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます