第60話:そんな人と一緒に人生を歩みたい

 ヒロ君にはいい所がいっぱいあるとしみじみと言う凜の顔を、見音は黙ったままじっと見つめた。凜が話を続ける。


「どんな人が好みで誰を好きになるなんて自由だけどね八坂さん。私は、表面的な美しさなんかより、自分を心から大切にしてくれて、そして自分と一緒に成長できるような人……」


 凜は広志をチラッと見た。そしてそのまま広志の後ろにいる伊田さんを見る。


 広志が振り返ると、凜と目が合った伊田さんは凜に向かって、笑顔でウンウンとうなづいてる。


 凜はまた見音の方に向いて、彼女をまっすぐ見つめて──


「私はそんな人と一緒に、これからの人生を歩んでいきたいっ!!」


 凜は力強く、そう言い切った。

 その時突然広志の横から、大きく拍手をする音が聞こえる。


「凜ちゃん、よく言った!! 私もそう思う!」


 振り向くと伊田さんが大きな動作で手を打ってる。


(凜も伊田さんも、こんなに僕のことを思ってくれてるなんて……)


「い、伊田さんまでそんなことを言うの? ホントに本気で言ってるの?」


 焦った顔で伊田さんに問いかける見音に、伊田さんはニカっと笑った。


「うん。私はね。前に好きだった人は、イケメンだしスポーツの才能も凄いし、とってもカッコいい人だった」

「伊田さんの好きな人って……」

「真田君だよっ」


 伊田さんがあまりにあっさりと好きだった人の名前を口にしたから、見音は驚いた顔をした。もっと驚いてるのは鈴木と佐藤だ。


「ええ~っ!? そうなのか! イケメン三銃士の一人、真田さなだ かける!」

「真田と言うんなら、俺も納得できる!」


 横から口を挟んだ鈴木と佐藤をチラッと見て、伊田さんは話を続けた。


「だけどその人を好きな間は、ずっと苦しい思いしかなかったよ。ホントの自分を出すこともなかなかできなかった。でもね、空野君と出会って、私は凄く自然にホントの自分を出せるようになった」

「ホントの自分……」


 見音が呟いた。伊田さんはうんうんとうなづく。


「うん。それを空野君が引き出してくれたんだ。伊田さんは素直に自分を出したほうが素敵だよって。それでね、私は私のままでいいんだって思えたら、凄く毎日が楽しくなったし、部活のやる気も出たし、そんな自分を優しく嬉しそうに見つめてくれる空野君を……」


 伊田さんはポッと頬を赤らめて、少しうつむいた。


「気がついたら好きになってたんだ」


 見音も鈴木も佐藤も、ごくっと唾を飲んで、真顔で伊田さんの話を聞いてる。


「だから凜ちゃんの言うとおりだ。私は空野君を好きになって良かったと思ってる。空野君は私を成長させてくれるのは間違いないし、私もそんな人と一緒に、これからの人生を歩んでいきたいっ!!」


 鈴木と佐藤は呆然として動かない。いや、動けないみたいだ。


 見音は頬をひくひくと引きつらせて、言葉を失ってるけど、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。悔しいのか、それとも何か感じるものがあったのか? 伊田さんの言葉が胸に刺さったようにも見える。


 しかしうぐっと息を飲み込んだ後に、何とか開いた見音の口から出てきた言葉は──


「そ、そんなこと……私は目に見えないことは信じないわ」


 見音は何かに抵抗するように、そんなセリフを吐いた。いったい何に抵抗しようとしてるんだろうか? なぜ見音はそこまでして見た目にこだわり、それを他人にまで押しつけようとするのか?


 広志は不思議に思って見音に問いかけた。


「でもさ、目に見えないモノにも価値のあることは多いんじゃないのかな」

「そんなこと言って……空野君だって、涼海すずみさんや伊田さんがとっても美人だから、優しくしてるんでしょ?」

「えっ?」


 広志は改めて、左右に座る凜と伊田さんの顔を眺める。確かに二人とも、めっちゃ美人だ。そして可愛くて、見てるときゅんきゅんする。


 だけど──


 美人だから優しくしてる?


(そんなこと、考えたこともなかった)


「いや、優しくするのは美人は関係ないよ」

「嘘だ。空野君はいいカッコしてる」

「いいや、嘘じゃない。僕が人に優しくするのは、見た目なんてまったく関係ない」

「信じられない」


 見音はまた食い下がる。人の見た目のことに関して、彼女はなかなか広志の言うことを信用しない。いったいなぜなのか?


「嘘じゃないよ。ヒロ君は今まで色んな人に優しくしてきたけど、見た目なんてホントに関係なかった」


 また横から凜が助け船を出してくれた。ホントに凜は、自分のことをよく理解してくれててありがたい。


「ふーん。じゃあ涼海すずみさんや伊田さんが、美人じゃなくてもいいの?」

「凜も伊田さんも、とっても美人で可愛い。それは二人の大きな魅力だ。だけど……」

「だけど?」

「だけどこの二人には、それ以外にもたーっくさん魅力があって、それもあってこそ、僕は凜も伊田さんも大好きなんだ」

「空野君は、本気でそんなこと言ってるの?」

「うん。見た目が良くても、それだけの女の子なんて好きになれない」

涼海すずみさんや伊田さんが美人なのは確かでしょ。偉そうに言ってるけど、空野君も結局は可愛い女の子が好きなんでしょ?」


 見音は相変わらず何かに抵抗するように、広志の言葉を受け入れようとしない。周りのみんなは固唾を飲んで見音と広志のやり取りを見守っていた。


「そうだね。可愛い女の子は好きだ。でも僕の言う可愛い女の子って、多分八坂さんが言うのとは違う」

「違う? 何が?」

「僕が好きな可愛いさって、八坂さんが言うような『美しさ』じゃない。世間的な美人かどうかも関係なくて、その子の仕草や性格なんかも含めて、僕自身が可愛いと思うかどうかだよ」

「空野君は、美人な女の子を可愛いと思わないの?」

「美人でも可愛いと思えない人もいれば、美人じゃなくても可愛いと思える人もいるよ」

「ホントかしら?」


 見音の問いに、広志は自信を持って力強くうなづいて、「うん」と即答した。

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