第59話:涼海さんのために忠告してあげる

 凜が、同情なんかじゃなくて広志が好きなんだと何度も言うのを聞いて、見音がふぅーっとため息をついて、顔を左右に振った。


「わかったわ。空野君には何かがあるんだと思って興味を持ったけど、ホントになんにもないのね」


 広志には特別なことなどないのだとわかって落胆したのか? 見音は顔を上げて、凜の顔を見据えた。そして力強い口調になる。


涼海すずみさん。あなたのために忠告しておいてあげるわ」

「忠告って……なに?」

「イケメンでもないのに、特に何か才能があるわけでもない。そんな男子を好きだなんて公言したら、あなたの価値が下がるわよ」


 今まで見音は高飛車なことを言ったり態度に出してたけど、こんなにもストレートで酷いことを言うのは広志も初めて耳にした。


 だけど。

 それでも。

 そういう価値観も、人によってあるのはわからなくもないと広志は思う。


 だから広志は特に腹立てることもなかったけど、珍しく凜が語気を荒げた。


「価値が下がる? ──ってどういうこと?」

「あら、意味がわからないかしら? 涼海すずみさんはとっても美人なんだし、学年トップの人気を得るような女の子なんだから。もっとイケメンで美しい男子と付き合ったほうが、いいんじゃないの? そうじゃないと涼海さんの価値が下がって、あなたの人気も落ちちゃうよって心配してあげてるの」

「はぁっ?」


 いつも温厚で優しい凜が、『はぁっ?』なんて言葉を出すのを、広志も初めて聞いた。凜はよっぽど腹が立ってるに違いない。


「別に自分の人気を高めるために、好きになる人を選ぶわけじゃないし。それに八坂さんはずっとイケメンとか気にしてるみたいだけど、それこそイケメンになんの価値があるの?」

「美しいものは、それだけで存在価値があるのよ。イケメンの男子は、見てるだけでも気分がいいでしょ?」

「それはそうだけど……」


(あっ、やっぱり凜も、イケメンは見て気分がいいんだ……)


 広志は少しショックを受けた。そんな広志に追い討ちをかけるように、鈴木と佐藤が口を出す。


「そうだろ、そうだろ。やっぱり涼海すずみさんも、イケメン好きなんだな」

「見音様は、美しくないモノは嫌いなんだよ」


 鈴木も佐藤もまあまあイケメンだし、二人は我が意を得たりと嬉しそうだ。二人が急に元気になったように見える。水を得た魚? いや、プライドを取り戻したイケメンだ。


「これ、佐藤。だから言ってるでしょ。私は美しいモノが好きなの! 『美しくないモノは嫌い』なんて言ったら、美しくないモノに対して失礼でしょ」

「あ、見音様、ごめんなさい」


(いや、明らかに見音は美しくないモノは嫌いっぽいじゃないか)


「あのね、八坂さん。見て気分がいいってことと、その人の人間としての価値は全然別モノでしょ。ましてや心から好きになる相手って、私にはイケメンとか全然関係ない。だってヒロ君の優しくて癒される顔は、私は大好きだもん」


(いや、凜よ。それは『あばたもえくぼ』って言ってだな……好きになったから、よく見えてるんだよ……)


 ──広志は喜び過ぎないようにあえて自制するが。

 でもしかし。

 凜の言葉があまりに嬉しすぎて、広志もついついニヘラ~と頬が緩んでしまう。


「ああ、そっか、わかったわ」


 見音が突然納得した顔になった。広志はなんのことかわからずに横の凜を見ると、凜もきょとんとしてる。


涼海すずみさんの周りには、高レベルなイケメンで、かつ凄い男性がいないのね。だからそんなことを言ってるのよ。出会いがなかったのかしら?」

「えっ?」

「じゃあ私があなたに、素晴らしい男性をご紹介するわ。私の知り合いには、モデルや俳優並みのイケメンで、大企業の御曹司やお医者様の卵の男性が何人もいるわ」


(おおっ、やっぱり八坂さんの人脈は凄いな!)


 素直に広志は感嘆するものの、ある疑問が頭に浮かぶ。だけどそれは見音に失礼だから、口にすることはできない。


 ──って広志が考えてたら、伊田さんがあっけらかんと尋ねた。


「あれー? 八坂さん、今まで男性と付き合ったことがないって、この前言ってたよねー? そんなに素敵な男性が周りにいるのになんで?」


 伊田さんはさすがのあっけらかん具合を見せた。なかなかここまでのストレートの剛速球トークを投げられる女子はいない。


 鈴木と佐藤の顔色がさっと青ざめた。口をあわあわと開けて、見音の顔色を窺う。見音は口をキュッと結んで無言。


「ま、前にも言ったけどな、見音様に釣り合う男がいないんだよ!」

「そうだそうだ! 例え金持ちの医者や企業経営者の息子であっても、まだまだ見音様とは釣り合わないんだ!」


 じゃあいったい、どういう男なら見音と釣り合うんだ? そんな疑問が広志の頭に浮かぶ。でも本当は、釣り合うとか釣り合わないという問題じゃない気がする。


「八坂さん。素敵な男性を紹介してあげようって気持ちには感謝するけど、そんな話を聞いても私は全然魅力に感じないから遠慮しとく」

「魅力を感じない?」

「うん、感じない」

「それはまだ涼海すずみさんが彼らのイケメン具合を見てないからよ」

「あのね、八坂さん。ホントに私はイケメンだから好きになるって今までも全然ないし、ヒロ君以上の人はいないから!」


 凜は見音を真っ直ぐ見据えて、力強い声を出した。そう返されて見音は悔しいのか、少し焦ったようなうわずった声で言い返す。


「ふーん、じゃあ空野君のせいで、涼海さんの価値が下がってもいいのね。今年の人気総選挙では、一位から落ちちゃうわよ」

「八坂さん!! いい加減にしてっ! それはあまりにもヒロ君に失礼でしょ!」


 凜が突然大声を上げた。顔を真っ赤にして、唇がぷるぷると震えてる。ホントにいつも温厚で落ち着いてる凜のこんな姿を見るのは、広志も生まれて初めてだった。見音も驚いて顔を引きつらせてる。


「まあまあ凜。僕は何を言われても気にならないから落ち着けよ」

「いいえ、落ち着けない!! ヒロ君もさっき言ってたけど、私も自分が何を言われても気にならない。だけど私の周りの人が……私の周りの大切な人が悪く言われるのは我慢できないの!!」

「り、凜……」


 凜がこんなに激しく怒りをあらわにするなんて。広志にとってもめちゃくちゃ意外だ。


「私が総選挙で一位でなくなるなんてことはどうでもいい。でもそれが、ヒロ君のせいでなんてありえないから! ヒロ君を好きだと言ったら私の価値が落ちるって?」

「そ、そうね。もっとカッコいい人じゃないとね」


 見音はたじたじしながらも、なんとか自分の言いたいことを言い返したって感じだ。顔が引きつってる。


「八坂さんはさっきから何度もそんなことを言うけど、絶対にそんなことはないし、逆にヒロ君は私を成長させてくれる、大切な大切な存在だよ!」

「成長?」

「そう。ヒロ君は子供の頃から今でもそうだけど、ホントに私を大事に想ってくれて助けてくれるし、励ましてくれるし、癒してくれる。私もそんなヒロ君のために一生懸命になれるから、自分も成長できる」

「ふーん、そうなの? 空野君がそんなに凄い人には見えないけど?」


 必死に訴えかけるような凜の言葉を聞いて、今まで黙って聞いていた伊田さんが「そうだよ!」と声をあげた。みんなが一斉に伊田さんを振り向く。


「それは間違いない! 私もそう思う。私だって空野君のおかげで部活にやる気が出たし、癒されるし。空野君といたら成長できる気がするなぁ。私も空野君のそんなところが大好きなんだぁーっ!!」


 自分で言っときながら照れた顔つきの伊田さんは、目をキラキラと輝かせて広志を見つめた。心の底から広志を好きだという顔をしてる。広志はあまりに自分が褒められすぎて、もうどうしたらいいのかわからない。


 鈴木と佐藤は、超絶美少女二人があまりに広志を絶賛するのを見て、口をあんぐり開けて呆然としてる。


 凛が見音に向けて語りかけるように話し出した。


「あの、八坂さん。ヒロ君には特別な才能がないとは言ったけど、なんにもないとは言ってないよ」

「じゃあ何があるの?」

「ヒロ君にはいい所がいっぱいある。優しさ。熱心さ。行動力。相手を想う気持ちの深さ。それに……イケメンじゃないなんて言うけど、ヒロ君の顔って可愛いくて好き」


 凛はそう言った後、ポッと頰を赤らめた。「好き」って恥ずかしげに言う言い方が超絶可愛い。


 それにしても、凛の口からすらすらと、広志への褒め言葉が出てくる。普段はそこまで言わないけど、見音への対抗心がそうさせるのか、いつも以上に広志への想いが溢れ出てくるようだ。


 広志はあまりの褒め言葉の羅列に、背筋がこそばゆくって仕方ない。まあ最後の顔のことは、やっぱり『あばたもえくぼ』だろうけど。


 見音は凛の言葉を聞いて、黙ったままじっと凜の顔を見つめていた。

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