第47話:凜がとっても愛おしい

 広志が凜に「とーっても愛おしい」なんて言うもんだから、凜は顔をくしゃくしゃにして、その目にはうっすらと涙が浮かんでる。そして凜は唇をぎゅっと噛みしめた。


(あれ? びっくりさせて、泣かしちゃったかな? 意地悪なんかしなきゃ良かった? マズイな。謝らなきゃ!)


「ご、ごめん凜。怒ってる?」

「ううん、怒ってなんかない。嬉しくて……」

「えっ? ああ、そうなんだ」

「ヒロ君はいつも私を褒めてくれたり、気遣ってくれてるんだけど、それでもね……時々フッと不安になるんだ」


 凛は涙目になって、でも微笑みながら広志の顔をジッと見つめてる。


「だって伊田さんとか、可愛くて素敵な女の子がいるし、ヒロ君を信じてるけど……こんなこと言って、ホントにごめんね。私ってダメだね」

「凛が謝るなよ。僕のせいだ」


 広志は凜の頭を撫でる。髪をくしゃっと撫でると、凜はすっごく照れた顔になった。


「ううん。ヒロ君はいつだって優しいよ。それに今日はそう言ってくれて、すっごく嬉しい。ありがとうヒロ君」


 さっきまで動揺してた凛は、広志の気持ちを聞いて、そして頭を撫でられて、凄く嬉しそうに笑った。涙目だから瞳がキラキラ輝いて、そして少し照れたような表情で、いつも以上に凛が愛らしい。


「伊田さんや他の女の子と仲良くするのはやめようか?」

「いや、それはダメ」

「なんで?」

「いつも言ってるみたいに、ヒロ君が色んな人を癒して、色んな人から頼りにされてるのを見るのが、私は大好きなんだ」


 凛は目を細めて「えへっ」と笑った。はにかんだ笑顔がめっちゃ可愛い。


「でもそれじゃあ、凛の不安はそのままだし」

「不安って言っても、ホントに時々ちょっとだから大丈夫」

「ホントに?」

「うん。でもそうやって時々不安になるのを、ヒロ君は許してくれる?」


 凛は少し眉を寄せて、こくっと小首を傾げる。栗色の髪の毛がふわりと揺れた。


(不安を与えてるのは僕の方なのに……)


 許してくれるかだなんて、なんと凛は謙虚なのか。そしてはにかむその姿は、まるで天使のようだと広志は感じた。


「許すも何も、僕の方こそ凛に感謝してる。そして……そんな凛がやっぱり……だ、だ、だ……」

「ん?」

「だ、だ、だ……」

「どうしたの、ヒロ君」

「ああ、恥ずかしくって、大好きだなんて言えないっ!」


 凛はきょとんとした顔になった。そしてみるみる顔が、熟したトマトみたいに真っ赤になる。今日一番の赤さだ。まさに完熟。


「あ、あのっ、ひ、ヒロ君……大好きだって言っちゃってるし!」

「えっ? あっ、ついつい口を滑らせちゃったよ! ああ、僕ってホントにおっちょこちょいだ!」


 広志は顔がボッと熱くなる。多分凛に負けず劣らず真っ赤になってるに違いない。


 凛はまた髪をいじったり頬を触ったりして、あたふたとキョどり始める。


「ひ、ヒロ君がおっちょこちょいで良かったなぁ〜、なんて!」

「な、なんで?」

「だっておっちょこちょいのおかげで、大好きって言って貰えたし」

「え? いや、おっちょこちょいなのは自分でも困るよ」

「あ、おっちょこちょいで良かったなんてごめん」

「いや、自分が悪いんだから、いいんだけど……」


 二人とも、もう何を言ってるのかよくわからなくなってる。あんまり意味のない会話を交わしてたら、近所のおばさんが通りがかった。


 広志も凛もハッと我に返って、平静を装う。


「さあ、帰りましょうか」

「そ、そうだな、あはは」


 さっと前を向いて、二人並んで歩きだした。近所のおばさんはニヤニヤしながら、すれ違いざまに広志達の顔をチラチラと見る。


 広志は恥ずかしくて、思わずうつむいた。横目で凛を見ると、同じように真っ赤な顔を下に向けてる。


 おばさんと少し距離が離れてから、凛は顔を上げて急に「うふふ、ふふふ」と笑い始めた。


 広志もおかしくなってきて、「ふふふ、あはは」と笑いが止まらない。


「もしかして僕らって、周りから見たら変なヤツらかな?」

「そっかもねー」


 凜も楽しそうな笑顔だ。広志はとっても幸せな気分に包まれる。自分が好きな人が凜で良かった。そして僕を好きだと言ってくれる人が凜で良かった。そうしみじみと思った。


 とても幸せな気分だ。凜の顔を見てるだけで、心がぽわぽわと温かくなる。心の中で『凜』という名前を思い浮かべるだけで、広志は心がうきうきする。


「凜……」


 特に言おうとは思ってもないのに、広志の口から自然に凜の名前が漏れた。凜は笑顔で広志を見つめる。


「ん? なに、ヒロ君」

「あ、いや……特に何もないんだけど、ついつい名前を呼んじゃった。ごめん」

「え? へーんなヒロ君」


 凜はくすくすと笑ってる。


 あ、そう言えば……

 凜の名前を口にして、広志はイケメン三銃士の一人、天河ヒカルが凜のことを呼び捨てにしていたことを思い出した。


「あ、あの、そう言えばさ……」

「ん? なに?」

「いや……」


 広志は天河との関係を凜に訊くべきかどうか迷った。隠し事をするような凜じゃないのはわかってるつもりだ。でも天河のことは今まで、凜から何も聞いていない。


 何か聞いてはいけないような事実があるのだとしたら、どうしたらいいのかわからない。それにもしも凜が、ちゃんと説明してくれなかったとしたら、余計に気になってしまう。


 果たしてこのことを凜に訊くべきなのか?

 訊けば凜は、素直に教えてくれるのだろうか?

 広志は考え込んでしまった。

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