第46話:動揺する凛

 凜は懐は深いし、僕なんて到底敵わない。その上こんなに可愛くて、こんな素敵な女の子がこの世に存在するって奇跡だ。


 広志が笑顔を浮かべて、凜に向かってしみじみとそう言うと、凛は急に真っ赤になって立ち止まった。広志も立ち止まって、お互いに向かい合う。


「えっ? そんなことないって! ちょっと待ってヒロ君。なんかいつも以上に私を褒めてない?」


 広志と向かい合った凜は顔を横にプルプルと振って、同時に両手のひらを見せてせわしなく横に振って否定してる。


「そっかな? 僕が言ってるのは、大袈裟でもなんでもないよ。それどころか凜の凄さとか、僕が凜に対していだいてる気持ちは、こんな言葉では言い尽くせない」

「えぇ〜っ!? ちょ、ちょっと待ってよヒロ君。いつもヒロ君は私を褒めてくれるけど、今日はなんて言うか、その……」

「ん? どした?」

「いつも以上に……なんていうか、心がこもってる感じがするし、可愛くて素敵だなんてめったに言わないし……」


(あれっ? 凛の方こそ、いつもより照れてるっていうか、あたふたしてる)


 凛は顔を真っ赤にして、両手は太ももの所でスカートをぎゅっと握ってる。


「凛は可愛いなんてしょっちゅう言われ慣れてるだろ? 凛にとっちゃ『可愛い』なんて、『おはよー』って言われるのとおんなじじゃないの?」

「何言ってるの、ヒロ君。誰に言われるかで、全然違うよぉ。それにヒロ君の言い方がさ、なんて言うか、えっと……あの……」


 いつも落ち着いてて、心の幅の広さを感じさせる凛が。


 その凛が、あまり見たことがないくらい動揺してる。広志はちょっと意地悪してみたくなった。


「僕の言い方がどうかした?」

「あのっ、えっと、いつもよりヒロ君の気持ちがこもってるって言うか……」

「うん。凛の言うとおりだ。僕は凛のことが……」

「う、うん」

「いや……凛は僕の気持ちが、どんなだって感じたの?」

「えっ? いや、私が感じてるのが間違ってたらどうしよう……?」

「ん? どういうこと? 僕はほんっとに心の底から、凛のことを……」

「わ、私のことを?」


 真っ赤な顔の凛は、なんだかオロオロし始めた。広志が何を言いだすか、あれこれ想像を膨らませて動揺してるようだ。


「あっ……」

「どっ、どうしたの?」

「どうしようかなぁ。言おっかなぁ? 言うの、やめよっかなぁ?」


 こんなに顔を真っ赤にして動揺する凛を見れるのは珍しい。まさに超レアだ。広志はやっぱり意地悪心が出てしまう。


「えっ? なんで急に? それって、言いにくいこと?」

「いや、違うよ。えへへ。凛に意地悪したくなっちゃっただけ」

「へっ?」


 凛は動きが固まった。ちょっと泣きそうな顔になってる。


「い、意地悪?」

「そう、意地悪」

「なんで?」

「だって、そんなに照れてあたふたする凛を見るのは、めったにないもん。めっちゃ可愛い」

「かっ、可愛い? やだ、ヒロ君。ちょっと待って、恥ずかしい。ホントに恥ずかしい。あれっ? なんか、今日の私、変だ。どうしよう……」


 凜はどんどん動揺が大きくなってるみたいで、オロオロしてキョどってる。ホントに珍しいなと、広志はくすっと笑ってしまう。


 凜は真っ赤な顔で俯いて、太もも辺りでスカートを握った両手は、指をもじもじと動かしてる。あまりにもじもじと指でスカートをいじるもんだから、段々と裾がまくり上がってきてるのが見えた。


 どんどん凜の白くて綺麗な太ももがあらわになっていく。


(うっわ、マズイ! このままだと──)


 このままだと、やがてパンツまで見えてしまいそうだ。どんどん凜の足が見える範囲が……ソックスとの間の絶対領域が広がっていく。広志はどうしたらいいのか、迷って固まってしまった。


『パンツが見えますよ~』なんてお気楽な感じで言うか?

 それとも黙って凜の手を握って、動きを止めるか?


(いや、それだと逆に、僕がスケベなことをしようとしてると疑われてしまう!)


 それともこのまま黙ってて、ラッキースケベを期待するか?


(いやいやいや、僕は何を考えてるんだ? さっきまでめっちゃいい雰囲気だったのに! なんでこんな展開になるんだよ?)


 そうやって迷ってる間にも、凜の指はもじもじと動きを止めることはない。絶対領域が益々広がって、白い綺麗な足が白日のもとに晒されている。

 ──ああ、もうすぐパ、パンツが見えてしまうっ!


 という寸前で、広志は凜の肩をポンッと叩いた。凜は「えっ?」という表情で顔を上げて、広志を見つめた。凜の指先の動きが止まった。


(ちょっと残念だけど……これでよかったんだ。うん、僕は絶対に後悔なんかしてない。これでよかったんだ。うんうん、そうだよな)


「あのさ、凜」

「な、なに? ヒロ君」

「意地悪してごめん。凜が感じてくれてるとおりだと思うよ。僕は凜をとても大切だって思ってる」

「え?」

「それはもちろん、いつもそう思ってるんだけど……今日はなぜか、いつも以上にそう思うんだ」

「ひ、ヒロ君……」

「でさ。僕は凜のことが、とーって愛おしい」

「えっ?」

「あーっ、言っちゃったよ。恥ずかしいから言わないでおこうと思ったのに。凜があまりに可愛くて、つい言っちゃった。あはは」

「ひ、ヒロ君……」


 そう言って広志が凜の顔を見ると、凜は顔をくしゃくしゃにして、その目にはうっすらと涙が浮かんでた。凜の瞳が涙できらきらと輝いてる。そして凜は唇をぎゅっと噛みしめた。

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