第48話:凜と天河の関係
天河ヒカルが凜のことを呼び捨てにしていたことを思い出して、広志は凜に天河との関係を訊こうかどうか、考え込んでしまった。
「ねえヒロ君。急に黙り込んでどうしたの?」
「あ、いや……」
「大丈夫? 体調でも悪いの?」
凜が心配そうな表情で、広志の顔を覗き込んでくる。少し垂れ目の優しい目。凜の瞳はとても純粋で、きらきらと輝いてる。
(そうだ。変にわだかまりを持つよりも、素直に訊いた方がいいよな。もしも凜が話したくないというなら、それはそれで仕方がない。凜が僕を裏切ったりするはずはない。凜を信じよう)
「いや、体調は大丈夫。ちょっと思い出したことがあってさ」
「思い出したこと? なに?」
「あのさ、凜。天河って同じクラスにいるだろ。イケメン三銃士の。前からよく知ってるの? 」
「うん知ってるよ。二年のときに同じクラスだったし」
あ、そうなんだ。知らなかったけど、凜と天河は同じクラスだったんだ。
「天河君がどうかしたの?」
「実は今日、ワールドスタジアムに行くときに道に迷ってさ。スタジアムへの行き方を聞こうと思って、ワールドスタジオって所に行ったんだ。そしたら天河がそこにいて、行き方を教えてくれたんだ」
「へ~、そんなことがあったんだ。やっぱりヒロ君は、おっちょこちょいだね」
「こら、嬉しそうに、おっちょこちょいって言うな!」
広志が拳で凜の頭をコツンと叩くと、凜は「えへっ!」と舌を出して笑った。天河の名前を耳にしても、凜はいつもと変わらない。やっぱり隠し事なんてしてる感じじゃない。
「それで天河がね、凜のことを『凜』って呼び捨てにしてたんだ。だから元々凛と知り合いなのかなぁって思ったんだよ」
「あ、ああ……そっか。そう言えば天河君は、私のことを凜って呼ぶね……」
「二年の時に、天河とはまあまあ仲が良かったの?」
「仲がいい……って言うか……まあ天河君って、割と馴れ馴れしい性格だから……」
凜は急に口ごもって、何か考え込むような表情をした。どうしたんだろう? やはり凜は天河と何かあったんだろうか? 広志は少し不安になる。
そんな広志に気づいたのか、凜は広志の顔を覗き込むようにして言った。
「天河君のこと、気になる?」
「いや、あの、ええっと……」
凜がじっと顔を見つめるもんだから、広志はどうしたらいいのかと焦った。
「いや……うん。気になる!」
自分の気持ちを偽るのはやめて、素直に訊こうと広志は考えた。そして凜を真っ直ぐに見て、彼女の言葉を待つ。そして凜の口から放たれた言葉は、広志にとって衝撃的なものだった。
「えっとね……天河君にね、二年の時に付き合ってくれって告白された」
──え? えぇっ? えええぇぇぇっ!? マジーっ!?
そんな大事なことを、なぜ今まで凜は自分に言ってくれなかったのか? もしかしたら天河と、何かあったのか?
広志は頭の中がぐるぐるぐるぐる回る。身体もふらついて、真っ直ぐ立っているのが困難なくらいだ。
「ひ、ヒロ君、大丈夫?」
凜が広志の肩を持って、心配そうな顔をした。
「あ、ああ、なんとか大丈夫」
「ホント?」
「うん。でもそんなこと、凜から初めて聞いたよ」
「あ、うん。そうだね。いちいち言うほどのことじゃないって思ってた」
(ええっ? 他の男子から告白されたことが、いちいち言うほどのことじゃない? いや、普通は言うほどのことだよな?)
広志は一瞬ワケがわからなかったけど、『いやいや、待て待て』と自分で自分に言い聞かせた。
(ほかならぬ凜が、そう判断したんだ。きっと何か理由があるに違いない。僕は凜を信じたい。僕の気持ちを素直に凜に伝えよう)
「あのさ、凜。やっぱりそういうのは気になるんだ。言ってくれた方が、僕は嬉しかったなぁって思う」
その言葉を聞いて、凜はハッと気づいたような表情になった。そして申し訳なさそうな顔で、「ごめん」と頭を下げた。
それにしても、なぜ凜はその時に言ってくれなかったんだろうかと、少し悲しく思う広志に、凜は意を決したように話し始めた。
「ホントに、いちいち言うほどのものじゃないって思ってしまったんだ。ごめんねヒロ君。この機会に、告白された分を言うね。でも全部はちゃんと覚えてないから、もしも漏れがあったらごめんね」
「へっ?」
どういうこと? 広志には凜の言ってる意味がよくわからない。
「えっと……まず高校一年の時は、確か全部で45人だったと思うの。二年生では52人かな。最初はクラスの高橋君と山田君と井上君と伊藤君。あっ、渡辺君もいたっけ。それとクラス以外では中村君と小林君と吉田君と加藤君と佐々木君と山口君と……」
「ちょっ、ちょい待ち、凜!!」
「え?」
「それって全部、凜が告白された相手?」
「うん、そうだよ。一応告白された順番に、記憶を探って名前を言ってる」
「高一と高二の二年間で、合計97人?」
「うん。確かそうだっと思う。それと中学の時は三年間で72人かな。あっ、同じ学校じゃない人も含まれてるよ」
(合わせてなんと169人!? 普通規模の学校の、一学年の男子数よりも多いんじゃないのか?)
「えっと、天河は二年の時に告白されたって言ってたっけ?」
「うん。だから、まだまだ名前は出てこないけど……」
──そうか。そういうことか。
凜が、『いちいち言うほどのことだと思わなかった』って言った、その言葉の意味がようやく広志にもわかった。こりゃ確かに、凜が言うのもわかる。
「で、その告白された男子たちには、凜はなんて答えたの?」
「えっと……『ごめんなさい。私には好きな人がいます』って断わったよ。全員に」
「好きな人って……僕のこと?」
「うん、もちろん!」
凜は照れた顔つきで、にっこり笑った。
(いや、ちょっと待って。ホントに、凜の態度にちょっとでも疑問を持った自分が、めちゃくちゃ恥ずかしい)
「わかった。わかったから、凜。もう言わなくてもいいよ……」
「え? いいの? なんで?」
「なんでって言われても……」
恐るべし、
もしかしたら自分は、知らない間に数多くの男子から恨みを買ってるかもしれない。そう考えると、広志はちょっと怖くなって、背筋が凍るのを感じた。
「凜が天河から告白されたことを、いちいち言うほどのことじゃないって思ったのは、充分わかったよ」
「そ、そう? ホントに?」
「あ、ああ。ホントだよ」
わかりすぎるくらいわかった。広志は、もう苦笑いするしかない。
でも──と広志は思う。
他の多くの男子はいざ知らず、天河はイケメン三銃士の一人だ。天河に対しても同じように、簡単に断わったんだろうかと、広志は気になった。
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