第27話:伊田さんの告白1

 休憩所に入ると、伊田さんは念のために巫女さんがついて来てないか様子を窺ってから、木の扉をしっかりと閉めた。そして前回のように木製の長椅子に二人並んで座る。


 椅子が長椅子一つしかないから、向かい合って座ることができない。並んで座って、二人ともお互いの方に上半身を向けて、見合うような形になる。距離が近くて照れ臭さ満点だ。


「ごめんね空野君。急に話があるとか言っちゃって」

「いや、全然大丈夫。ところで話ってなに?」

「まずは空野君にお礼を言おうと思って」

「え? そんなに改まって、お礼なんかいいのに。さっき来るときにもお礼を言ってくれたし」


 伊田さんは真剣な目つきで広志の顔を見つめて、もう一度口を開いた。


「何度言っても言い足りないけど、本当にありがとう。空野君のおかげでケガも早く治りそうだし、元気ももらったし、また前向きに陸上に取り組むことができそうです!」


 丁寧な言葉遣いでそう言って、伊田さんは深々と頭を下げた。


 ──ケガが早く治るのは、医者のおかげか伊田さんの自然治癒力のおかげ。百歩譲っても神社の霊力のおかげで、自分のおかげなんてゼロなのに。


 広志はそう思ったけど、素直に伊田さんの感謝の言葉を受け止めることにした。


「伊田さんが前向きになれるなら、僕も嬉しいよ。それに何度も感謝を伝えてくれてありがとう。ホントに伊田さんはいい人だ」

「私はいい人なんかじゃないよ」

「いや、伊田さんはとってもいい人だよ。でも、もうお礼を言うのはこれ限りでいいからね。友達なんだから、当たり前のことをしただけだし」

「あ……うん。ありがとう。本当にありがとう」


 伊田さんはもう一度深々と頭を下げた。それから顔を上げて、少し緊張したような感じで口を開いた。


「でもホントに私はいい人なんかじゃないんだ。空野君に謝らないといけないことがある」

「謝らないといけないこと? なに?」

「私は……空野君をだましてた」

「騙してた? 僕を?」


 広志には、伊田さんが何のことを言ってるのか、まったく心当たりがない。伊田さんは何を言おうとしてるのか?


 伊田さんは強張った表情のまま、重そうに続きを話し出した。


「うん。空野君を騙してた」

「騙されてるようなことは、何もないけど……」

「私が急に空野君に近づいた理由。人気投票で2票獲得した空野君に興味があるって、最初に言ったでしょ?」

「ああ、そうだったね」

「興味があるってのは嘘じゃなかったけど、空野君に近づいたホントの理由は違うんだ」

「えっ?」(ど、どういうことだ!? わけがわからない)


 クラス委員長の選挙をした次の日に、伊田さんは突然広志に声をかけてきた。その時確かに伊田さんは『空野君に興味がある』と言っていた。


 伊田さんみたいな美少女が、なぜ自分のような平凡男子に興味があるのか、その時はだいぶん疑問に思ったものだ。でもその理由は嘘だったと伊田さんは言った。


「じゃあホントの理由って?」

「理由を言う前に聞いて、空野君」

「う、うん。何を?」

「真田君に『自分にふさわしい、凄い女じゃないと付き合わない』って言われたって、この前言ったよね?」

「うん。だから全国大会で優勝しないといけないんでしょ?」

「うん。だけどそれだけじゃなくて、私が真田君から言われたのは、もう一つあるんだ。その両方を実現しないと付き合わないって」

「もう一つって?」

「人気総選挙で一位になること」

「え? えぇー?」

(人気総選挙で一位!? ということは、伊田さんは凜に勝たないといけないってことか!)


「でもクラス委員の投票結果を見たら、私は涼海すずみさんに負けたし、八坂やさか 見音みおんさんとも同点だった。このままでは総選挙で一位になるのは無理だって、凄く焦った」

「そんなの本番までまだ半年あるんだから、いくらでも逆転可能じゃないか」

「うん。冷静に考えたらそうだし、そうなるように自分で努力するのが本当だよね」

「え?」


 伊田さんはいったい何を言おうとしているのか、広志にはまだわからない。


「でね。真田君から、空野君に近づくように言われたんだ」

「あの……意味がわからない。総選挙で一位になることと、僕に近づくことに何の関係があるの?」

「空野君を私のファンにしたら、涼海すずみさんから一票奪えるから、逆転できるじゃないかって真田君が言ったんだよ」


 広志はあまりに衝撃的な伊田さんの告白に、すぐには言葉が出なかった。突然伊田さんが自分に近づいたのは、人気総選挙の票獲得のためだったんだ。そんなことを勧める真田も真田だけど、それを実行に移したのは目の前にいる伊田さんだ。


 伊田さんがそんなことをする人だなんてにわかには信じられないけど、目の前の伊田さん本人が自分で言ってることだし、広志は信じざるを得ない。


「それで伊田さんは僕をファンにするために、声をかけてきたの?」

「そ、そうなんだ。空野君を騙して、ホントにごめん! 今から考えたら、私はなんてバカなことをしたんだろって後悔してる」

「で、でもそれならば、別に僕じゃなくても、他の男子を伊田さんファンにする方法もあるよね。──って言うか、普通にファンを増やしたらいいって気がする」

「空野君はまず間違いなく涼海すずみさんに投票してるだろうけど、他の誰が涼海すずみさんに投票してるのか、見つけ出すのは難しいから」


(なるほど。凜に投票してる人の票を自分に持ってくることができれば、一人を獲得するだけで上下二票になるから、効率的ってわけか)


「そうするように、真田が言ったの?」

「うん。そうしろって言ったのは真田君だけど、真田君の言うとおりに動いたのは私だから……ホントにごめんなさい」


 伊田さんはもの凄く申し訳なさそうな顔をして、また頭を深々と下げた。自分がしたことを、とっても後悔してるように見える。


「それが空野君に近づいた、一つ目の理由。もう一つの理由も総選挙絡みなんだけど……」


 伊田さんは相変わらずの重い口調で、もう一つの理由を話し出した。

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