第28話:伊田さんの告白2
伊田さんは重い口調で、彼女が広志に近づいたもう一つの理由を話し出した。
「もし空野君が私のファンになってくれたら、
つまり真田は、自分自身の票を伸ばすために、伊田さんが自分に相応しい女になりたいって気持ちを利用したということだ。
もちろんそれに乗っかる伊田さんも悪いのかもしれないけど、真田ってヤツはなんて酷いことを考えるのか。
「でも例え凜が僕を見限ったとしても、真田に投票するなんて限らないのにね。下手したら他のイケメン二人のどっちかに凜が投票するってこともあり得るし」
「真田君は、自分が
(なんてヤツだ。いくらなんでも凛がそんなヤツに投票するなんて有り得ない)
「真田がそこまで自信満々に思える根拠はなんなんだろ?」
「よくわからないけど、真田君って自分が立てた目標に向けて努力する姿勢は確かに凄いんだ」
(そうなのか。ならばそんな姑息な手は使わないで、真っ当な努力だけで一位を目指したらいいのに)
「陸上でもめちゃくちゃストイックで、それが私が真田君を好きになった一番の理由でもあるんだけど……彼は自分ならできるって考えてるんだと思う」
伊田さんはとても緊張して、申し訳なさそうな顔をしているけど、決して広志から目を逸らそうとはしない。伊田さんの表情には、自分がしたことをちゃんと広志に話そうという強い決意が現われているように見えた。
「それでね、空野君。だからカフェに誘って話をした時は、私も単に票を得るために、空野君を私のファンにしたいって思ってた。だからわざと照れた顔を見せたり、相談を持ちかけて空野君との距離を縮めようとしたんだ」
(ああ、そう言えば、僕が伊田さんの顔に見とれたって言ったら、やたら恥ずかしそうに照れてたな。あれは演技だったのか)
広志は自分が騙されたという怒りは、まったく沸いてこなかった。それよりもそんなことまでして人気総選挙の一位を目指す伊田さんが、とても可哀想に感じた。
伊田さんは自分らしくしてたら、こんなに素敵な女性なのに、なんでそこまでして真田に気に入られようとしてるのか、広志には理解ができない。
「何度謝っても許されるものでないことはわかってるけど、でもやっぱり空野君に謝りたい。ホントにごめん!!」
伊田さんは頭が膝につきそうなくらい深々と頭を下げた。
「いや、伊田さん。僕は別に怒ってないから頭を上げてよ」
「えっ?」
伊田さんは顔を上げて、驚いた表情で広志を見つめる。
「だって相手に気に入られるためにわざと可愛い仕種をするとか、相手との距離を縮めようとするなんて、別に誰でもやってることでしょ? それで伊田さんが僕を騙したなんてことにはならないよ。それに実際にあの時の伊田さんは、すっごく可愛かったよ。かなりドキドキした」
「そ、空野君……私が悪いのは間違いないんだから、遠慮しないで責めてくれたらいいよ。そんなに私に気を遣わないで!」
「いや、ホントにそう思ってるから。全然気なんか遣ってないし」
「空野君……」
伊田さんは潤んだ目で広志を見つめてる。何かもっと言いたいけど、言葉にならないようだ。
「だけど伊田さんって、案外演技派なんだなぁ。凄いよ。……あ、嫌味で言ってるんじゃなくて、ホントに凄いと思う。あの後だって、何度も可愛い仕種や照れた演技をしてたけど、僕は全然演技だなんて気づかなかった」
「あ……いや……」
伊田さんは口を開けたまま固まってしまった。
「ん? どうしたの伊田さん?」
「あの…空野君……」
「はい?」
「正直に言うよ。演技をしてたのは、カフェ・ワールドに行った最初の二回だけ。──って言うか、二回目の途中まで。でも空野君を私のファンにする目的で近づいたのに、その時に私が空野君のファンになっちゃったんだ」
伊田さんは美しい顔を耳まで真っ赤にして、だけど決して視線を逸らそうとしないで、広志の顔を見つめてる。しかしかなり緊張しているようで、声が震えてる。
「僕のファン? えぇ~っ、嘘でしょ!? それこそ僕を騙そうとしてない?」
「嘘じゃない! 空野君と話をして、凄く癒される感じがしたし、一生懸命に私のことを考えてくれて、なんて素敵な人なんだろうと思ったんだよ。ホントにあれからしばらくは、私は空野君のファンだった!」
伊田さんは顔を赤くして、恥ずかしそうな顔で、なんとか頑張って思いを口に出した様子だ。
(しばらくファンだった? 過去形? じゃあ今は何?)
広志の頭の中を、はてなマークがぐるぐる回る。
「えっと……しばらくって、どういうことかな?」
広志はおそるおそる伊田さんに尋ねた。
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