第26話:伊田さんは空野君とゆっくり話がしたい

 神社に入ると、伊田さんは『古神符こしんぷ納札所のうさつしょ』と書かれた場所に健康祈願の御守りを返納してから、拝殿の前に向かった。お賽銭を投げ入れて、二人で並んでぱんぱんと柏手かしわでを打つ。


 広志がふと隣の伊田さんを見ると、目を閉じて何やら真剣に祈願している。ケガの完治のお礼と共に、全国大会優勝のお願いをしてるのだろうか。


 広志も目を閉じて手を合わせて、伊田さんが全国大会で優勝できますように、そして真田との恋がうまくいきますようにと祈った。


「さあ、行こっか」


 伊田さんの声に広志が目を開けると、静かに笑う伊田さんの顔があった。


「どこに?」

「どこってわけじゃないけど、ちょっと空野君とゆっくり話がしたい」

「話?」

「うん……」


 伊田さんは何となく緊張してるふうに見える。話って、改まって何を話したいんだろうか?


「あれー? この前のお二人さん!」


 突然の女性の声に広志と伊田さんが振り返ると、美人の巫女さんがニコニコ笑顔で立ってた。


「あっ、どうも」

「彼女さんのケガは、もう治ったの?」

「ええ。きっとこの神社の霊力のおかげで、思いのほか早く治っちゃいました!」


 伊田さんは巫女さんに向かって、ぺこりとお辞儀した。それを見て広志も慌てて会釈をする。


「でしょ〜! ウチの神社のご祭神様のパワーは凄いんだからっ!」

「はい、凄いです! だから今日も、健康以外のこともいっぱいお願いしちゃいました」


 巫女さんはニコニコしながら伊田さんの話を聞いて「うんうん」と頷いてる。


「しっかりお願いしたら、きっと願いは叶うからねぇ〜」

「ホントですか!?」

「うん、ホントホント」


 巫女さんの言葉に伊田さんは嬉しそうな顔で、広志をチラッと見た。いったい何を祈願したのか。


「私もね、高校の時に好きな人ができて、毎日ご祭神様にお願いしてたのよー そしたら無事にその人と……」


 また巫女さん自身の恋愛話が始まりそうになった。なぜかこの巫女さん、必ず自分の恋愛話を始めようとする。


 よっぽどその高校の時の人が忘れられないらしい。今はその人とはどうなってるのか? 聞きたい気もするけど、絶対に話が長くなりそうだから、広志はあえて聞かない。


「で、その人とは、今はどうなってるんですか?」

「え? 聞きたい?」

「聞きたいですっ!」


(ありゃりゃ。伊田さんが地雷を踏んじゃったよ)

 

「実はねぇ〜、今でもラブラブなのだぁー!」

「えーっ、いいなぁ!」

「どうだ、参ったかっ!?」

「はい、参りました!」


(なんなんだ、このバカバカしくてほのぼのとした掛け合いは?)


 広志は呆れてぽかんと口を開けたままになってしまったけど、伊田さんが凄く楽しそうだから、まぁいいかと静観した。


「君たちも末永く、お幸せにね〜」

「はい、ありがとうございます!」


 巫女さんは広志と伊田さんがカップルだとまだ勘違いしたままのようだ。伊田さんもはっきり否定すればいいのにと、広志は苦笑いする。


「あ、あの……伊田さん」


 広志はこれ以上巫女さんの話が膨らむのはマズイと思って、伊田さんの制服の袖を引っ張った。


「そろそろ行かない?」

「あっ、そうだね」

「もう帰るの? ゆっくりしていったらいいのに。またお茶出すよ!」

「いや、ちょっとこれから僕たち、話があるもんで」

「そう? 大事な話なのかなぁ〜?」


 巫女さんはいったい何を想像してるのか、ニヤニヤしてる。なかなかに能天気な巫女さんだ。


「あ、はい。大事な話なんです」


 伊田さんが真顔で答えた。広志は巫女さんから逃れるために『話がある』と適当に言ったのだけど、伊田さんの真剣な表情を見ると本当に何か話がある様子だ。いったい何の話なんだろうか。


「じゃあまた、あそこの休憩所でゆっくり話をしたら? 盗み聞きしないからさぁ〜」


 巫女さんはそう言うけど、いやいやこの巫女さんなら、ホントに盗み聞きしそうな勢いだ。大丈夫だろうかと広志は心配になる。


「ホントに聞かないでくださいよ!」

「も……もちろんよっ!」


 伊田さんの念押しに、巫女さんは変な間を置いて返答した。やっぱり盗み聞きするつもりだったに違いない。気を抜けない巫女さんだ。


「じゃああの休憩所、また使わせていただきます!」

「どうぞどうぞ」

「お茶は結構ですよ」

「あらそう? 遠慮しなくていいよ」

「いえ、遠慮じゃなくて、すぐに話をしたいんで」

「そっか。わかった。ご自由にお使いくださいな」


 巫女さんが伊田さんにウィンクして、伊田さんもそれに笑顔で返した。美女同士、なにか通ずるものがあるんだろうか。


 巫女さんは、伊田さんが広志に愛の告白をするとか、そんなふうに思っているのかもしれない。でもそんな話じゃないはずだと、広志は思っている。


 しかし伊田さんが広志に話そうとしていることは、愛の告白以上に広志には思いもよらないことだった。

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