第25話:伊田さんと一緒に下校する

 一日の授業が終わり、みんながバラバラと教室を出て行く中で、伊田さんは広志の席の横をすたすたと歩きながら、「帰ろっか」と笑いかけた。


 広志も笑顔でこくんと頷いて、カバンを肩にかける。


 教室から廊下に出ると、伊田さんはそこで待ってた。まだ周りには他の生徒がいるのに、こんな所で落ち合っていいんだろうか?


「部活は行かないの?」

「うん。松葉杖は取れたけど、大事をとって今日までは休もうと思ってね。明日から部活に行くよ」

「そっか」

「じゃあ帰ろ」


 伊田さんはあっけらかんと笑ってる。


「ここから?」

「ここからじゃなきゃ、どこから帰るの? 空野君は面白いことを言うなぁ〜」


 ──いや、そういうことじゃなくて。


 一緒に下校するのを多くの人に見られたら、伊田さんの人気投票に悪影響になるんじゃないのかと広志は心配してるのに。


「あの……人気総選挙への影響が……」

「ああ、そういうことね。もういいや」

「へっ?」


 この前は人気総選挙のことを言うと、気にしてたみたいなのに。だからこそ駅までカバンを持つのも、広志は離れて歩いたのに。


 伊田さんは、いったいどういう心境の変化なんだろうか? それに急に一緒に帰ろうだなんて、なぜなんだろうか?


「ホントに、いいの? 僕に気を使ってるなら、気にしなくていいよ。別に離れて歩くのって、ないがしろにされてるなんて思わないから」

「そうじゃないよ。人気総選挙のことは、もうあんまり気にしないことにしたんだ」

「えっ? それってどういう……」

「まぁいいから、いいから。あとで理由は話すよ。とにかく帰ろ!」


 周りを見ると、通りがかる生徒達が不思議そうな顔で広志達を眺める。美女と平凡男子が二人で仲良くしてるといつも向けられるいぶかしげな視線だから、広志にはもう慣れっこだ。


「あ、そうだね。行こうか」




 校門を出て通学路を並んで歩きながら、伊田さんは今日の目的を教えてくれた。


「これから神社に、お礼参りに行こうと思ってて、空野君も一緒に行って欲しかったんだ」

「お礼参り?」

「うん。思いのほか早く足のケガが回復したのは、きっとあの神社のおかげだ。だからちゃんとお礼参りして、御守りを返納しとこうかと」


(へぇ~、伊田さんって信心深いんだ。いや、義理堅い性格なのかな?)


「そんなの、ケガが完治してから行けばいいのに」

「もうほとんど完治してるよー」

「まさか。骨にヒビが入って一週間で、完治しないだろ?」

「いや、お医者さんがね、嘘みたいに早く治ってるって。レントゲン撮ったら、ヒビが消えてた」


 そうなのか? もしかして、ホントにあの神社のおかげ? たまたま通りがかりに入ったけど、実はスゲー神社なのか?


「それにさ。明日からは部活に行くから、今日行っとかないと、空野君と一緒に行けないでしょ? 空野君にもちゃんとお礼を言いたかったんだよ」

「そんな、お礼なんていいのに。ケガが治ったのは、僕のおかげじゃないし」

「神社のおかげだとしたら、その御守りをくれた空野君のおかげだよー」

「そうかな? あはは」

「それにさ、全力で私のために色々してくれた空野君の気持ちには、ホント感謝してる」

「だから何度も言ってるみたいに、困ってる人がいたら手助けするのは当たり前だから。そこまで言ってくれなくていいよ。ホントに伊田さんは真面目だなぁ」


 あまりに真剣に伊田さんがお礼を言うもんだから、広志は背中がむず痒くなる。


「いや真面目っていうか、と、とにかく空野君にはめっちゃ感謝してるからさ。二人っきりで会ってお礼を言いたいなって……」

「え? 二人っきりで?」

「あ、いやその二人っきりって言っても……別にデートしたいとか、そんなんじゃないからねっ!」

「へっ? で、デート?」


 そんなことは広志からはひと言も言ってないのに、慌てふためいた伊田さんはわけのわからないことを口走ってる。


「だ、だからデートじゃないって言ってるだろっ。お礼を言いたいだけだって!」


 伊田さんは真っ赤になった顔を、プルプルと横に振って否定してる。ただでさえ美少女なのに、あたふたと照れた様子がめっちゃ可愛い。


「あ、いや、わかってるって」


 広志も慌てて答えたけど、気まずく感じたのか、伊田さんはその後は口数が少なくなってしまった。広志も何を話したらいいのかわからなくて、あんまり会話のないまま神凪かんなぎ神社に到着した。

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