第24話:明日はリュックで来れるんだろ?

 広志が伊田さんの大きなスポーツバッグを持って、一緒に階段を降りる。今日にはお母さんが通学用リュックを買ってくれるはずなので、明日からはもうカバンを持ってもらわなくても大丈夫だと伊田さんは言った。


「ところで伊田さん、まだ足は痛む?」

「今日はだいぶマシになってるよ。もしかしたらケガから一週間後の検診で、松葉杖は取れるかもね」

「それはいいことだけど、くれぐれも無理はするなよ」

「うん、わかってる。でも空野君のくれた御守りのご利益で、きっと早く治ってきてるんだよ」

「そうだといいな!」


(頼むよ、神凪かんなぎ神社の神様。えっと……何という神様かわかんないけど)


「それに明後日になったら土日で休みだし、ゆっくり静養するよ」

「そうだね。それがいいよ」


 一階まで降りると、伊田さんはカバンを受け取ろうとした。だけど広志は、ついでだからと「このまま駅までカバンを持つよ」と言った。


「いやいや、やっぱり悪いからいいよ。自分で持つ」

「そう言うなって。どうせカバンを持つのも今日が最後なんだから。明日はリュックで来れるんでしょ?」

「まあね。お母さんがちゃんと買ってきてくれたらね」

「ちゃんと買ってくれない可能性もあるの?」

「ウチのお母さん、たまに大ボケかますからなぁ」

「そうなの?」

「通学用リュックと間違えて、登山用リュックとか買ってこないか心配」

「いやいやいや、いくらなんでもそれはないでしょ?」

「だってお母さん。スターバックスと間違えてオートバックスにコーヒー飲みに行っちゃうし、ドラッグストアのお店の名前を『マツモトヒトシ』とか言っちゃうし」


 それは確かに違う。ダウンタウンの人だ。お母さんあるあるだな。


 思わず広志の脳内には、登山リュックを背負って登校する伊田さんの姿が思い浮かんだ。だけど慌てて脳内イメージを打ち消した。


「まあ、お母さんが、ちゃんとしたリュックを買って来てくれるのを期待しよう」

「そうだね、あはは」



 そんなこんなで、結局昨日のように少し離れたところを歩きながら、駅まで広志が伊田さんのスポーツバッグを持つことになった。



 駅に着いてカバンを渡す時に、伊田さんは「ありがとう。ほんっとに広野君って優しいな」としみじみと言った。


「いや、まあそれほどでもないけどね。困ってる人がいたら手助けするのは普通でしょ。それよりも早く足のケガ、良くなるといいね」

「うん、ありがと」

「それとお母さん、ちゃんと通学用のリュックを買ってくれてたらいいね」

「あははー そうだね」


 伊田さんは楽しそうに笑って、手を振りながら改札を抜けて行った。





 その翌日、伊田さんはちゃんと通学用のリュックで登校してきた。どうやらお母さんは、間違えずに買ってくれたようだ。


 普通に、普通のリュックで登校しただけなんだけど、そんな伊田さんの姿を見て、広志は大ボケお母さんの話を思い出して、思わずくすくすと笑ってしまっていた。





◆◇◆


 それから五日が経った。ケガをしてから一週間後の朝。伊田さんは、松葉杖なしで登校してきた。順調にケガが回復してるようで、広志はホッとした。


 その姿を見た友達が寄って行って、口々に「よかったねー」と声をかけてる。ちょっと慎重に歩いてる感じはあるけど痛みもなさそうだし、伊田さんは普通に歩いて自分の席に向かっていく。



「おはよう」


 広志の席の横を通る時には、伊田さんは広志に微笑みかけて挨拶をしてきた。


「あ、おはよう。もう痛みはない?」

「うん、大丈夫」


 そこまで言った後に、伊田さんは一瞬声をひそめて「今日、一緒に帰れない?」とささやいてきた。


「え? ああ、いいけど」

「じゃあ、また後で」


 伊田さんはにっこり笑うと、何ごともなかったように歩いて自分の席に座った。


(なんだろ? 僕になにか用があるのかな?)


 考えてみたけど、思い当たることがない。なんだろうかと思ったけど、仕方なく広志は放課後を待つことにした。

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