第19話:神凪神社でひと休み

 神凪かんなぎ神社という神社で、「ケガが早く治る御守りをください」と広志が巫女さんに伝えると、彼女は健康祈願の御守りを指差した。


「じゃあこれをください。……あ、それと試合に勝つってのもあれば」

「必勝祈願の御守りがありますよ。それとも、開運の御守りがいいかな?」

「ああ、それなら両方ください!」


 巫女さんは少し驚いた表情をしたけど、すぐに笑顔になって「はい」と答えた。そして三つの御守りを、『神凪神社』と印刷された小さな紙の袋に入れてくれた。


 巫女さんは広志からお金を受け取ってお釣りを渡したあと、さらににっこりと広志に笑いかける。


「彼女さんのケガが、早く治るといいですね」

「えっ? 彼女さん?」


 巫女さんは広志の斜め後ろに視線を向けて、

「優しい彼氏さんですねぇ」と微笑んだ。


「えっ?」


 広志が振り返ると、後ろには松葉杖をついた伊田さんが立ってた。


「ありゃ、伊田さんここまで来たの? 足が痛いんだから、直接駅に行ってもらおうと思ってたのに」

「空野君はそう言ってくれたけど、何をするのか気になって、ついてきちゃった!」


 伊田さんはあっけらかんと言って、にこやかに笑う。


「わぁ、すごく可愛い彼女さん! こんな彼女なら、空野君も尽くしたくなるってわけね!」

「へっ? なんで僕の名前を?」

「神様の使いの巫女なんだから、なんでもお見通しよ!」


 巫女さんも、にかっと笑ってる。わけわからん、と広志は戸惑った。


「あ、さっき伊田さんが僕の名前を呼んだからか」

「ピンポーン! 大正解! なかなかしっかりした彼氏さんだねー」

「あ、はい。しっかりした人なんです」

「こらこら伊田さん! 彼氏じゃないんだし、否定してよー」


 伊田さんはニヤっと笑って答える。


「わざわざ否定するのが面倒だし、誰にも迷惑かけないんだから、まあいいじゃん。……って言うか、空野君なら彼氏に間違われてもいいかなぁ〜、あははー」

「ええっ? からかうのはやめてくれよ!」


(伊田さんって結構アバウトな性格なんだな。でもポジティブな感じに戻ってて良かった)


 少し焦りの汗がにじむ広志だったが、楽しそうな伊田さんの顔を見て、まあいいかと考えた。


「いいなぁ、高校生のカップルは。純で心が洗われるわ〜 お姉さんもね、高校生の時に大恋愛をしたのよー」


 なんだか巫女のお姉さんが、自分の恋愛話を始めてしまいそうだったので、広志は逃げ出すことにした。


「あっ、御守りも買ったし、これで失礼しまーす! さあ、伊田さん、行こうか!」

「ちょっと待って、お二人さん! 彼女さんもケガが大変そうだし、そこの休憩所で休んでいってよ」


 巫女さんが指差す先を見ると、木造の小さな小屋がある。


「お茶くらい出すよー ゆっくりしていってよ、お邪魔しないから」


 美人の巫女さんはにこにこしてる。どうしようかと広志が迷って伊田さんを見ると、「うん」と首を縦に振ってる。それを見て広志は巫女さんに言った。


「ありがとうございます。ご馳走になります」

「じゃあ、あちらにどうぞ。すぐにお茶出すからねー」



 広志は伊田さんに合わせてゆっくり歩いて小屋に入り、木製の長椅子に伊田さんと並んで腰かける。巫女さんが熱いお茶を淹れた湯のみを二つ、目の前の木のテーブルに置いてくれた。


「ホントしっかりした彼氏さんでいいなぁ。私の相手なんて、無愛想でちょっと頼りなくてさぁ……でも一生懸命なところが良くてね……」


 巫女さんは、なんだか遠くを見る目をしてる。なぜかすぐに自分の恋愛話をしたがる人だ。広志は巫女さんの話が長くなりそうだと気づいて、けん制の言葉をかける。


「あ、あのう、巫女さん」

「ああっ、ごめんごめん! あなた達を見てると、ついつい高校の時を思い出してねぇ。もうホントに邪魔しないから、ゆっくりしてってねー」


 巫女さんは笑顔で手を振って、木製の扉を閉めて小屋から出ていった。なんとか巫女さんのイチャコラ話を聞かされるのを避けることができた。


 小屋の中は四畳半ほどの小さなスペース。その中にテーブルと長椅子が一つずつ置いてあるだけの殺風景な空間。そんな狭い空間に、伊田さんと二人きりでいるってことに改めて気づいて、広志はドキッとした。


 伊田さんも少し緊張してるように見える。


 少し落ち着くために、広志はお茶を手にしてズズッとすする。伊田さんもお茶に口をつけてる。


「それにしても、変な巫女さんだねぇ。伊田さんみたいな素敵な美人の彼氏が、僕みたいなパッとしない男のはずがないのにね」

「そんなことないよー 空野君は私を買い被りすぎだし、空野君も素敵だぞ~」


 伊田さんのセリフに驚いて顔を見たら、彼女はお茶を飲みながら、少し照れ臭そうな顔で広志を見ていた。

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