第20話:お世辞じゃない

 伊田さんの「空野君も素敵だぞ~」というセリフに、広志は照れ笑いを浮かべた。


「あはは、ありがとう。伊田さんみたいに可愛くて、性格もいい子にそう言われたら、お世辞でも嬉しいよ」

「いや、お世辞じゃないし」

「えっ?」


 広志は伊田さんの真剣な言葉に、思わず彼女の顔を見つめた。


「そんなに見つめられたら恥ずかしいから、やめて」


 伊田さんはちょっと顔を赤らめて、両手を頰に当ててる。


「あ、ごめんごめん」

「ああ、涼海すずみさんが羨ましいなぁ」

「えっ?」

「あ、いや、なんでもない、なんでもない!」


 伊田さんはアセアセして、両手を横に振ってる。


(やっぱり真田とのことで、悩みを抱えてるのかなぁ)


 たまたまこんなことになったけど、伊田さんと二人きりで話せるまたとないチャンスだ。何をどこまで、どう聞くか? 広志は急いで考えを巡らせる。


「あのさぁ伊田さん」

「ん? なに?」


 伊田さんは湯のみをテーブルに置いて、広志の顔をきょとんとした顔で見つめた。


「あの、これ」


 広志は神凪神社の名が印刷された白い小さな紙袋を伊田さんに差し出すと、伊田さんは「えっ?」と驚いて受け取った。


「さっき空野君が何か買ってるのは見えたけど、私に?」

「うん」

「何?」

「開けてみて」

「爆発しない?」

「しない、しない!」


 慌てて否定する広志を、伊田さんはにやりと笑顔で見る。伊田さんって案外お茶目なところがあって微笑ましい。


「あ、御守り? それも三つも入ってる」

「ケガが早く治るように健康祈願と、全国大会で優勝できるように必勝祈願と……」

「あとひとつは?」


 広志が勢いで買った開運の御守りを伊田さんは手にして、しげしげと眺めてる。


「それは、とにかく伊田さんに良いことが山ほど降り注ぎますように!って願いで開運の御守り!!」


 伊田さんは一瞬きょとんとして、そのあとケラケラ笑いだした。


「あれもこれも買っちゃったんだねー こんなにたくさん買わなくてもいいのに〜あはは」

「いや、とにかく伊田さんがうまくいけばいいなぁって思って」

「いや、ホントに空野君って面白いね。あはは、あはは」


 なぜか伊田さんは笑いが止まらなくなったみたいで、お腹を抱えて顔をくしゃくしゃにして、あはははと笑い続けてる。


「そんなにおかしいかな?」

「あはは、そうだよ、おかしいよ。あははは」


 もしかして、笑い死にするのでは!?


 ──って広志は心配になったけど、やがて伊田さんの笑いも収まって、ふふふふという笑いに変わった。


 伊田さんは顔を上げて、広志の顔を見た。


「空野君、ありがとう。元気が出たよ。そして……」


 笑いすぎたからだろうか。伊田さんの大きな目には、うっすらと涙がたまってる。


「やっぱり空野君は優しいな」


 泣き笑いみたいな顔で、伊田さんはしみじみと言った。広志はなんだか、胸がぎゅーと締め付けられるように感じた。


(ああ、この子はきっと、優しさに飢えてるんだろうなぁ)


「ところで伊田さんって、なんで陸上をやってるの?」

「えっ? ええっと……昔から走るのが好きなんだ。風と一体化するみたいな感覚。そして力を出し切った時の爽快感」

「そっか。じゃあ全国で一位とか気負わないで、初心に戻って走るのを楽しんだら?」


 広志は少し低めの声で、伊田さんを包み込むような優しい話し方で語りかける。


「あ……うん。そうだね」

「伊田さんが走ってる姿を見たけど、とってもカッコ良かったよ。ホントに風と一体化してた」

「初心かぁ……そうだね。今まで真田君に気に入られたいって気持ちが強すぎたかな」

「えっ?」


 伊田さんは目を伏せながら、ストレートに真田の名前を口にしたから広志は驚いた。


(伊田さんは僕に、かなり心を開いてくれてるみたいだ)


「空野君の言う通りだよ。自分が走るのが好きなのを、改めて思い出した。ありがとう」

「真田に気に入られたいって?」

「あ……うん。実はね、私真田君のことがずっと好きだったんだ」

「そ、そうなんだ……」


 伊田さんがとうとう真田のことをカミングアウトしてくれた。彼女は視線を横にらせて、少し言いにくそうに喋ってる。


「それで真田君が、全国で優勝をしたら付き合ってくれるって言って……がんばったけど、去年は優勝できなかったんだよ」

「じゃあ、まだ真田とは付き合えてないってこと?」

「うん……」


 伊田さんは寂しそうな表情を浮かべた。

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