第8話 ばったり鉢合わせ

 教師が教室から離れてもなお、僕らは向かい合ったままだった。


「じゃあ、あの時廊下にいたのは……」

「……琴葉……だね」


 千鶴の言葉の後付けをする。


 どんどん青ざめてゆく千鶴の心情を俺は分からなかった。


 そもそも琴葉なぜ逃げたんだ?


 琴葉は俺が嫌い……これに対して、仮に俺が琴葉の事を好きと言うとしよう。気持ち悪いでは済まされないであろう。


 仮に嫌いと言うとしよう……不快でしかないだろう。


 俺はなんとも思ってないと言った。つまり、仮に述べた二つのどちらでもなく、琴葉に対して最も相応しい回答をしたのだ。それを聞いた琴葉は何も思わなかっただろう……。なのに千鶴の心情が分からない。


 千鶴は琴葉の親友として、俺になんとも思ってないと言われたのがダメだったのだろうか?


 そもそも千鶴は琴葉が俺の事を嫌いという事を知っているのだろうか?


「追いかけるよ!」


 琴葉がなぜ逃げたのかは分からない。でも俺が追いかけるべきではい。なのに千鶴は俺を待っている。揺らいだ瞳をこちらに向けながら。


「なんで? 俺は──」

「だって琴葉は……あーもぅ! いいからっ!」


 千鶴はバシッと俺の手を強く掴み、駆け出す。流されるままに俺も後を追った。


 下駄箱に、琴葉の靴はなかった。学校を出ても琴葉の姿は見つからない。でも千鶴は行き先が決まっているかのように、一心に走り続けていた。もう手は掴まれていないが、俺は千鶴の後を追っている。


 




 


 だいぶ走り、千鶴はとある家の前で止まった。その家は、決して大きいとは言えない家だが、この田舎には似つかわしくないシンプルな家だ。俺の家とは大違いだ。


 この家が琴葉の家だとすぐに分かった。


 家に着くやいなや千鶴はインターホンを押した。いまかいまかと落ち着きのない様子で待つ千鶴。出てきたのはお母さんだった。


 一言で表すならば、それは『美人』だ。会うのは中学生以来な気がする。聞いた話だと、俺たちが小さい頃に、しょっちゅう『村の巫女』に選ばれていたらしい。


「まぁ! 千鶴ちゃんと綾斗くんじゃない! 綾斗くんは久しぶりね!」


 お母さんは僕らを見るなり、目を見開きながらそう言った。


「そうそう、琴葉ね、さっきみんなの所に行くって言ってて、もうこんな時間だしって言っても言うこと聞かなくて……琴葉とは一緒じゃないのかしら?」


 キョロキョロしたのち、続けて言った。


「私達、今その件でことのこと探しているんです! 戻ってきてませんか!?」

「戻ってないわね……。一度会ったってことなの?」

「はい……。実はそのことで色々ありまして、きっと私達のせいでことに逃げられてしまいました!」

「まぁ……そんなことが……」

「それで探しているんです!」


 千鶴の慌てた口調を聞いた母親は、一切に動じず、それどころか頬を緩めた。


「大丈夫よ! あの子は暗くなる前には絶対に帰る子よ。心配しなくても」


 どこからそんな確信が生まれるのかは分からなかったが、それはきっと親ならではの感覚なのだろう。


 ふと気づいたが、先ほどまで全体が曇に覆われていた空は、所々青を剥き出し明るくなっていた。


「まぁ、上がって上がって」

「でも……」


 困惑した様子の千鶴は、お母さんの手招きに負け、上がっていった。


 これはまずい。嫌いな人が家に上がるのは、琴葉にすごい失礼だ。


 お母さんは、俺を一点に見つめながら千鶴と同じように手招きした。


「ほら、綾斗くんも」

「でも……」


 千鶴と全く同じ言葉を使ったが、その言葉の意図は違った。







 結局上がってしまった。琴葉の家は外装だけでなく内装もシンプルで、落ち着いた雰囲気だ。俺らは椅子に腰かけた。


 記憶を辿ると、小さい頃に琴葉とよく遊んだものの、家に上がった事は一度もなかった。


 これが琴葉の家なんだ……。憧れてる人の家というのはどうもソワソワが止まらない。落ち着いた雰囲気なのに、俺は落ち着けられなかった。


 俺、こんな所に来ちゃったけど大丈夫なのかな……。


「お待たせー」


 お母さんは俺と千鶴の前に、お茶とお菓子をもてなした。お母さんも向かい側に座った。


 話は、俺たちの学校での様子を聞かれることから始まった。そのままの通りに話していった。


 そして琴葉の話が始まった。


「いやーもうね、琴葉ったら本当に凄いのよ? 学校の事を聞くとね、口を開けば綾斗くんが綾斗くんがーって。本当に困った子よね」


「ふふふ」とお母さんは目を細める。なぜか横からの──千鶴の視線が痛かった。


「あ、ちゃんと千鶴ちゃんの話も聞くわよ!」


 お母さんも千鶴の視線に気づいたようで気を配ったようだった。


 そんなことよりも、琴葉が俺の話を……お母さんに!? 一体どんな悪口を言っているんだろう……。でもお母さんの俺に対する振る舞いといい、印象は悪く思われてない気がする。




 ふと外を見てみると、空は薄暗くなってきた。その時、玄関の扉が開く音がした。聞こえてきた「ただいま」という声は、どこか元気がなかったようにも思えた。


 琴葉……本当に帰ってきた。お母さん凄いや。


 ってか、どうしよう……このままだと琴葉と鉢合わせになってしまう! どうすれば……。


 時は既に遅く、リビングの扉が開かれた。


「え!? 千鶴!?」


 琴葉は目を見開きながら千鶴の方を向いた。


 視線は千鶴から俺へと変わった。


「……え、何で……」


 琴葉は口を開きながら唖然とした様子だった。そしてみるみるうちにその頬が赤らんでくるのが分かった。


 瞬間、バタンとリビングの扉が勢いよく閉められた。琴葉が二階に上がって行くのが、物凄い足音で分かった。


 千鶴といい、琴葉といい、心情が全く分からない。


 

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