第7話 体調不良

 先生曰く、どうやら琴葉の欠席理由は『体調不良』だそうだ。遅れて教室に入ってきた千鶴も驚いていた。千鶴も俺と一緒で、琴葉が休んだのは知ってる限りこれが初めてらしい。


 少なくとも高校は一回も休んでない。なぜ確信しているかというと、ずっと見ていたからだ。ストーカーではない……。憧れだ。


 でも、琴葉の隣といえば、小さい頃からずっと千鶴が隣にいる。2人は大親友なのだろう。そんな千鶴が、琴葉が休んだのを知らないと言っていたのは、信憑性が高い。


 そして、その休んだタイミングに心当たりしかない。


 最近の様子といいテストの点といい、琴葉はまるで別人だった。


 もしそれらが原因だったら……


 ……助けたい。


 助ける。


 もし助けることができて、もし話ができたら……知ろう。彼女がついた嘘の理由を……。


 





 まぁ、これはもしもの話。琴葉だって人間だ。どんなに自己管理がしっかりしていたとしても、体調不良だって起こすだろう。それがたまたま今日なだけだ。


「いやー、ことが休むと私ってこんなに暇なんだねー」


 夕陽が教室に差し込む放課後。教科書などを整理している時、目の前に千鶴が現れた。


 たしかに。今日は休憩時間ごと、教室がやけに静かだった。今までがいかに千鶴と琴葉が教室を賑やかにしていたというのが分かった。


「明日には治るといいね」


 千鶴は頷かず、神妙な面持ちで口を開いた。


「……ねぇさ。綾斗はことの休みの事……どう思ってる?」


 本当に体調不良なのか疑ってるということか。


「まぁ、最近の様子といいその線はあったけど、琴葉だって人間だからね」

「そうだよね! 大丈夫だよね! ってゆうか、最近調子が悪かったのは、きっとそのまえぶれだったんだよ! かわいそうだけど、我慢してたんだよ」


 なるほど。そういうこともあるな。でも二週間も我慢してたのは考えづらいな。




 相変わらずのタイミングで乱入してくる慎太といつも通り2人で帰るつもりだったが、今日は千鶴が加わっていた。


 琴葉がいないからだ。


 帰り道、その3人と一緒にたわいもない話で盛り上がっていた。慎太はボケて千鶴が突っ込む。2人とも明るいイメージなので、過去一番賑やかな帰り道だった。


 この2人、相性抜群だな。


 俺は隣で笑ってるばかりだった。


 千鶴は「ことの見舞い行ってくる」ということで、途中で別れた。


 






 ──翌日。寝坊した俺は、慌てて登校し、教室の前まで来た。


 チャイムは鳴っていない。間に合ったようだ。ガラッと扉を開けた。


 ……琴葉がいない。


 他のみんなは挨拶をしてくれたが、千鶴だけは俯いていた。俺が「おはよう」とみんなに返すと、それを聞いた千鶴がパッと目を合わせてきた。


 咄嗟に席を立ち、俺の方へドタドタと走ってきた。


「ねぇ、どうしよう!」


 その目は潤んでいた。


「どうしたの?」

「昨日ね、ことの家に行ったじゃん。その時にね、お母さんが出てくれたの。そしたらね、お母さんが人に合わせられる状態じゃないって言ってたの! それで結局会えなかった……」


 人に会わせられない……相当重い症状なのか?


「しばらく休むかもって……でも全然重い病気じゃないから心配しないでって言ってた」


 やっぱり本当に体調不良なのか……。


「でも……心配するに決まってるじゃん! 大丈夫なのかな……」

「そうだな。俺も心配だけど、人に会わせられないって言われたなら仕方ないな。待つしかないよ」

「う、うん……」


 もし完全に回復したら……元気に登校してきて欲しいな。いつもみたいに千鶴と笑い合ってて欲しい。


 




 次の日もその次の日も琴葉は来なかった。そんな日々は胸にポッカリと穴が空いたようだった。


 この休みの理由が本当に体調不良で、最近の琴葉の様子がそれのまえぶれだったとして……じゃあ、琴葉はなんで嘘をついた?


 実は琴葉が休んだと知った時、俺はとある事に対しての罪悪感を思い出していた。その罪悪感は琴葉が学校に来ないたびに増していった。


 最近の琴葉の様子。これと結びついてるかもしれない琴葉の嘘。──あのイベントの時、俺が会場にいたという嘘。


 その嘘を俺と琴葉は、千鶴についたんだ。


 俺はそれに対して罪悪感を感じていた。琴葉の休んだ理由にも繋がっていそうで。


 俺は、心の片隅で琴葉の欠席理由は『体調不良』じゃないと疑っているんだ。


「なぁ……千鶴!」


 放課後。雲行きが怪しいため夕陽は差し込まず、代わりに差し込んできたのは、ただ灰色に気分を落ち込ませる色だった。


 慎太には先に帰ってと伝えてあり、いま教室にいるのは俺と千鶴の2人だけだ。


 そんな中、俺は床に両手両膝をつけて、千鶴に頭を下げる。土下座というやつだ。


「え!? どうしたの? やめてよこんな所で!」

「俺は千鶴に嘘をついた」

「……えっと。あ、嘘ね。嘘なんていいわよ誰でもつくもんよ? だから顔を上げて」


 誰でも嘘をつく……その通りだ。でもこの嘘はついていいのかどうかは分からなかった。それを決めるのは千鶴……。


 もう言うしかない。


「イベントの日。俺本当は……会場に……行ってなかったんだ」

「……」


 千鶴は黙り込んでいた。


「嘘をついて、ごめん……」

「えっと……何言ってるの? ことはいたって言ってたよ」


 不安定な口調だった。

 

「……それは……なんでか俺にも分からない」

「ことが嘘をついたって事?」

「そういうことになる」


 顔を上げて分かったが、千鶴の言動はいつもと違った。


「な……んで……」

「俺にも理由は全く分からない。だけど、俺は許されないことをした……。だから……本当にごめん!」


 謝った。精一杯の力を込めて……。罪悪感がなくなるかは千鶴の答えによる。


「……なんで私に謝るの!」


 急に口調が大きくなり、心臓が跳ね上がった。


 ……えっと。何言ってるんだ?


「なんでって、千鶴が行かなきゃ許さないって──」

「こと……でしょ……」


 潤んだような口調だった。


「謝るのはことでしょ!」


 口調だけでなく、目も潤んでいた千鶴の表情は怒りに満ちてるように見えた。


 訳がわからなかった。琴葉に謝る……。何をしたのか俺には分からないが、俺は琴葉に嫌われるようなことをした。謝らなくてはならないのかもしれない。


 でも、俺は琴葉の気持ちを優先して会場に行かなかった。千鶴に嘘をついて……。でも千鶴はその事を琴葉に謝れと言う。全く分からない。


「えっと……千鶴が行かなきゃ許さないって言ったでしょ。それで行かなかった俺にどうして琴葉へ謝ってほしいのか?」

「だって! ことはあんたに……来て……」

 

 掠れてゆく声……最後のは聞き取れなかった。そしてパッと顔を上げた千鶴は、俺を睨みつけて口を開いた。

 

「もう分かった! ことの最近の様子といいテストの点といい全部あんたのせいなのね!」


 ……確かに俺は琴葉に嫌われている。だから極力琴葉には関わらないようにしていた。それなのに俺は琴葉の生活に支障を与えるほど嫌な事をしたのか?


 ……心当たりがない。


「もうこれだけは聞きたくなかったけど! あんたはことの事どう思ってるの!?」


 俺は……琴葉の事を……どう思ってるんだろう。憧れている……これは答えになるのか。


 助けたいとは思っている。琴葉の最近の様子は本当に心配だった。助けようとした。でもその原因を作ったのが俺だとしたら。俺は……俺には……やっぱり琴葉を助ける資格も憧れる資格なんてないんだ。


 何もこんなことが起こるようになったきっかけは、俺が琴葉を意識し始めてからだ。小さい頃は、そういうのはなく、ただ仲良く話せてた。なのに……。


 憧れる資格なんてなく、ただ傷つけてしまっている俺に琴葉をどう思うかなんて琴葉に失礼だ。


「なんとも思ってないよ……」

「最低ね! あんな可愛い女の子……もういないよ! この鈍感男!」


 鈍感……無茶な。分からないものは分からない。


 ドアの向こうで誰かの足音がサッと消えるのが聞こえた。この修羅場みたいな展開を聞かれてしまった。誰か分からないが申し訳なかった。千鶴もそれに気づいたようでハッと黙り込んだ。


 少し沈黙の時間が過ぎ、廊下側から足音が聞こえてきて、教室の扉が開かれた。


 現れたのは担任教師だった。

 

「まだ残っているのか? 早く帰るんだぞ」


 そう言い残して、教師は教室をぐるっと一周見回して口を開いた。


「あれ? 琴葉は来てないのか?」

「ことは体調不良で休むって今朝先生が言ってたじゃないですか?」


 少し微笑んでそう言った千鶴を見て、少し安心した。


「あ、すまない。さっきな、廊下で琴葉に会ったんだ。まだ少し暗い様子だったんだが……しばらく休んでみんなに心配かけたかもしれないから顔だけ出しに来たと言っていたな」


 え……。


 俺と千鶴は表情もろとも黙り込んだ。


「だから、教室にいるんじゃないかと言っておいたのだが……来てないみたいだな。それにこんな時間に学校へ来ても、お前たち以外は帰ってしまったのにな」


 俺と千鶴が顔を見合わせたのは、ほぼ同時だった。

 

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