第6話 琴葉のついた、一つの嘘
「あんた、心当たりないの?」
千鶴は、席で俯いている琴葉を横目にして、俺に耳打ちしてきた。
テストも終わり、放課後に差し掛かった頃だった。千鶴が昼休みに「放課後用があるから帰らないでよ」と言ってきたので、授業が終わり次第千鶴の元へ向かった。
はっきり言って知りたいのは俺の方だった。あそこまで落ちきった様子の琴葉は、もう異常だった。
まるで、今までの琴葉が偽物だったかのように。
でも俺には手の施しようがなかった。手出しができないのだ。なぜなら単純。俺は……
──嫌われているから。
自分で嫌われているんだと心の中で繰り返していた結果、慣れてはいけないものだと分かっていても、段々とショックが和らいできた気がする。
「俺が知りたいよ」
「なんかね、『村の巫女』からなんだよ。こんなに様子がおかしくなったの……」
「え?」
村の巫女……。俺がすっぽかしてしまったイベントだ。
「あんたも見てたでしょ? 終盤で様子がおかしくなり始めたの……」
えっと……何のことですか? とは言えるわけもない。なぜなら俺は『村の巫女』に行かなかったという、千鶴に許されないことをしてしまったのだ。
イベントの途中何か起こったってことか?
「ま、まぁね……」
勿論、俺は嘘をついた。
「やっぱり慎太が馬鹿な質問したからかな?」
「え?」
「……え? ってあんた。慎太と一緒にいたから聞いてたでしょ?」
「あ……うん。そ、そうだよ! あいつ馬鹿な質問したよな! ほんと馬鹿馬鹿!」
あぶねー、バレるところだった。慎太と一緒に行ったって設定守るの難しいな。
ってか慎太、何質問したんだよ。気になるなぁ。
そんな時、横から乱入してきたのは慎太だった。
「おい綾斗。何教室の端で千鶴とイチャついてんだよ」
ニヤつきながら聞いてきた。
「違うって!」
いやなんで俺だけ!? 千鶴も一緒に否定してよ! なんで真顔なの!?
ってか、イチャついてるように見えたのか。大事な話をしてるつもりだったけどな。
「何? あんた。私に綾斗を独り占めされてて羨ましいの?」
「違うわ馬鹿。俺の綾斗取るんじゃねぇよ」
「いや、馬鹿はどっちだよ。変なこと言うなよ」
間から俺が突っ込んでやった。
まぁ、冗談はさておき……ってか冗談だよな?
このまま千鶴と話してたら、イベントの時に俺が行かなかったことがあぶり出されてしまうかもしれない。
早めに切り上げたかったから、慎太の登場するタイミングはナイスかもしれない。
慎太に肩を組まれた。
「まぁ、そういうことで俺ら帰るわ」
「おう」
そのまま帰ろうとしたのだが、千鶴は引き下がらなかった。
「ちょうどいいわ慎太。あんたにも聞きたいことあるんだけど」
余計なことは聞かないで欲しい……
「ことの件は……もう気づいてるよね?」
「ああ。最近様子が変だな」
「あんた前の席じゃん。心当たりないの?」
正直気になっていた。縦の同士では、仕事時やペアワーク時にコミュニケーションが必須だ。あの調子の琴葉と、慎太はうまくやってけてるのだろうか?
流石に慎太は嫌われてないよな? 俺だけだよな……
「ないよ」と一言だけ告げた慎太は再び俺と帰ろうとしたが、千鶴は「待って」と目の前に立ち塞がった。
こやつ、しぶといな……
その時の千鶴の顔はニヤついていた。嫌な予感しかしなかった。
「ねぇ慎太? 祭りの時綾斗と一緒にいたよね?」
「いたよ?」
「じゃあ勿論、『村の巫女』も綾斗と見たよね?」
途端、慎太が動揺したのが肩越しに俺にも分かった。慎太がこちらを見てきたので、俺はうんうんと目で訴えた。
「ああ、いたけど?」
いや、こんなのバレバレじゃん。慎太もそう思っているだろう。
「す、凄かったよな? 琴葉」
「え? あ、うん! あれはもう……め、女神だった!」
慎太が慌てたように話しかけてきたので俺も慌てて乗った。
嘘ではない。遠目ながらもチラッと見たのだから。
「だよね! 女神だよね! 見る目あるじゃん綾斗!」
千鶴はバシバシと目を細めながら頭を叩いてきた。
あぁ……信じてくれたんだ。俺たちの動揺はピタリと止んだ。
「んじゃ帰るわ」
「バイバイ!」
ニコニコしながら千鶴は見送ってくれた。やけに上機嫌だな。
帰り道で俺は、千鶴が言っていた慎太の『馬鹿な質問』というワードが気になっていたので質問した。
どうやら慎太は琴葉に好きな人がいるかどうかを聞いたそうだ。その時、琴葉は頬を染めながら「いません」と答えたそうだ。
様子がおかしくなったのは、そのあとらしい。琴葉は慌てたように、突然あたりを見回し始めて何かを察したかのように、急に落ち込んだ様子になったらしい。それからずっと今の琴葉なのだと。
全く分からない。何か良からぬものでも見てしまったのだろうか?
人には人の事情がある。俺には全く分からないし……悔しいが、知れないし関係ない。これは彼女自身の戦いなのだ。
……頬を染めた琴葉と聞いた。勿論見たい。照れてたってことか? 本当に見たい。
笑う時は笑う。真面目な時は真剣な顔。泣く時は泣く。小さい頃からずっと一緒にいるので、感情豊かな琴葉の感情を俺はたくさん知っている。
その中でも俺は彼女の照れ顔を知らない。琴葉も人間なので照れたことはあるはずだろう……。それがもし俺の前で見せたのだったとしても流石に覚えてない。だが、俺が見たいのは今の琴葉の照れ顔だ。
琴葉は言うまでもなく可愛い。
小さい頃とは違い、格段に可愛くなった。
元からずっと可愛かったはずなのだが、きっと意識し始めてだろう……こんなに可愛いと思うようになったのは。
そんな人の照れ顔……本当に見たい。お金払ってでも見たい。
「お前、何ニヤニヤしてんだよ」
「はっ」
自分の世界だった。
でも俺はもう……琴葉と話せられないし、前にもいられない。つまり琴葉の照れ顔が見れる可能性はほぼ無い。この現実を突きつけられるのは流石に辛いな。
俺は……なんでこんなにも琴葉が忘れられないんだ? あんなに嫌われていても……忘れようとしても。これが憧れの力ってやつか? 憧れってすごいな。
俺はもうしばらく琴葉の事は忘れられないなと思った。
「じゃあな」
「うん、バイバイ」
結局俺の考え事ばっかりで、慎太とはあまり話さず別れた。
──翌朝。
いつも通りの登校。昇降口で千鶴と合った。そしてお互いに歩きながら、千鶴は口を開いた。
「そういえばさ、昨日あんた達が帰った後ことに聞いたのよ」
「なんて?」
「『村の巫女』の時、会場に綾斗がいたのか」
あぁ……信じてなかったのか。
まぁまず探してなんていないだろう……俺の事なんか。
「嘘ついてなかったんだね。あんた達……」
……え? 答えが出てたのか? でも嘘じゃないって……俺行ってないんだけど。
「こと言ってたよ。綾斗くんは慎太くんと一緒にいたよって」
え……
「あんた達の昨日のリアクションで絶対嘘だと思ってたのに。変な行動とらないでよね!?」
琴葉が……嘘をついた?
「まぁ、行ったならいいわよ! それならことも安心!」
嘘をつく理由……なんだ? 俺は琴葉に嫌われている。
あの時、慎太は琴葉に質問をした。琴葉はきっと慎太を見た。一緒にいれば俺だって目に入るだろう。でも俺はいなかった。琴葉は嘘をついた。
「ねぇ……あんた」
何か……違和感がある。
──あの質問の後から様子がおかしくなった。
──テストの点数が悪くなった。
琴葉のついた嘘と、これらは関係ないはずなのに……なにかが結びついて気がする。
分からない。知りたい。助けたい。俺は琴葉を……
忘れたくない!!
知りたいなら知ればいい。じゃあどうするか? 聞けばいい。
あんな琴葉をこれ以上見てられない。助けるんだ。嫌われていても、無駄な行動だと分かっていても、引かれても、限界まで抗うんだ。
逃げて逃げて、嫌われているを理由にして逃げて、行動も起こさないような俺に、琴葉を憧れる資格なんてないんだ……
やっぱり憧れの力は凄い! 忘れられないのは単純に忘れたくなかったからなんだ。
咄嗟に駆け出した。
「ちょっと!」
ガラッと勢いよく教室の扉を開けた。当然みんなに注目される。
みんな……いや。いない人がいる。
いつも俺が教室に入ると必ずいる人が……。いつも一番に挨拶をされたい人。一番に会いたかった人。
……琴葉。
その日、琴葉が休んだのは俺が知ってる限り初めてだった。
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