第5話 高校生の本業は勉強

「いやー、今日も助かったよ! ありがとう美代子」

「いいえ。でも来週のテストでいい点取らなきゃ怒るからね」

「え!? テストって来週だっけ!?」

「知らなかったの!? まったくあんたって人はねぇ……」


 まさか、そんな……来週だったのか。


 席替えをして一週間。琴葉の件はまだ忘れられていないが、だいぶ落ち着いてきた。放課後である今、授業で分からなかったところを後ろの席になった美代子に教えてもらっていたところだ。


 美代子は頭が良いだけでなく、教え方も上手い。本当に助かっている。


 高校生の本業は勉学って言うし、やっぱり勉強をしっかりやったほうがいいんだよな。


「よぉ、綾斗。お? みよよんに教わってるのか」

「だからその渾名はやめてっていつも……」


 突然、横から口を出してきたのは慎太だった。


「うん、すげーわかりやすい」

「へぇーそうか。今度俺にも──」

「結構よ。綾斗くんだけでもう十分」


 疲れた表情を見せてきたので、俺も申し訳なさを感じている。結局2人は仲がいいのか悪いのか分からない。


「ちっ!」

「そんな露骨に舌打ちされても……」


 そんな感じで俺らの放課後の会話は終わりだ。いつも通り、俺は慎太と帰ることにした。


 みんなに挨拶を交わす。俺はいつもの癖で、席に座っていた琴葉に挨拶をしようと目を合わせたのだが、咄嗟に逸らされてしまった。


 ここ一週間、琴葉との挨拶は一切なかった。目も逸らされてしまう。その度に俺は悲しくなる。


 そんなに俺を……。







 慎太との帰り道、いつもとは違いなぜか沈黙の空気が流れていた。


「やっぱり、俺には見えないな」


 先にそれをきったのは慎太だった。


 急に真剣味を帯びたようにも見えたその顔は、どこか遠くを見ていた。そんな慎太は間をおいてそう言った。

 

「……え? 何が?」

「琴葉。あいつがお前のことを嫌いだなんて俺には思えないな」

「……どうしてそう思う?」

「だってあいつ、お前の事ずっと見てるぜ」

「え?」


 慎太が何を言ってるのか分からなかった。嫌われている俺を見るようなこと……心当たりがない。


 顔になんかついてるか? 服がダサいか? 


 まぁ、そんなところだろう。


「琴葉、ペアワークの時チラチラお前のところ見るし……おまえ気づいてないのか?」

「気づくわけないだろ? それに見てるって言っても、きっと俺の気に食わない点とか見てるんだろ」

「そんなわけ……」

 

 沈黙空気が再び流れてしまう。結局、気まずいまま俺たちは別れてしまった。


 あれから、なんでなんだろう? と、ほんの少しだけ期待を胸に抱くことがあったが、結局そんな訳ないと思う方が、嫌われているという理由と共に上にきて、自己完結してしまう。


 俺、まだ忘れられないのか……。どんだけ引きずってんだよ。





 あれからさらに一週間。いつもと変わらない日々が続き、どこか憂鬱を覚えていた。顔を上げれば、テスト用紙が目の前にあった。


 そう……今日はテストなのだ。


「あんた、本当にいい点取りなさいよ。そうしないと私も落ち込むんだから。結構分かりやすいように気使って教えたのよ」


 後ろから耳元で囁かれた。


 気を使ってくれたというのは初耳だが、嬉しい。これは頑張らなくては……


「まかせろ」


 振り返って言ってやった。いつも肩までかかっていた茶色がかっている黒髪が、後ろで縛られていた。美代子もテストに本気のようだ。


 自信はある。この一週間とくにやることがなかったため、勉強に手をつけるのがほとんどだった。分からないところは美代子に教わったし。


「そこ、うるさいぞ」

「「……ごめんなさい」」


 俺はともかく、真面目な美代子まで怒らさせてしまった。


 チャイムが鳴り始めると同時に「始めっ!」という教師の声。用紙を裏返し、手に汗を握りながら俺はペンを動かした。






 結論を言うと手応えはあった。いや、手応えしかなかった。


「終わったね綾斗くん」

「うん。手応えあり! 期待しとけよ!」

「出来が良かったみたいで何よりよ」


 美代子は屈託のない笑みを向けてきた。


 そういえば、美代子が笑う姿って滅多に見ないな。いつもかけている眼鏡が真面目さを出しているし、いつも難しそうな本と向き合ってる。それにどこか重苦しそうだけど、こうして笑っている姿を見ると普通の女の子なんだな。


「美代子さ、眼鏡取った方が良いと思うよ?」


 何も考えず、気づいたらそう口走っていた。


「どうして?」

「いや……その。可愛いから?」

「はぁ……あんた、そんな簡単に可愛いって言葉を女の子に使わないの。そういうのはね、もっとこう……好きな人とか。そういう立ち場の人に使うものよ」


 好きな人……か。


 琴葉……いや、琴葉は憧れだ。好きなわけではない。


 でも、好きになるのかな……。


 でも、もう俺には琴葉との未来が悪い方向にしか見えないや。好きになっても……


「でも嬉しいよ。ありがとう」





 テストも終わり、その日の夜は、天井を眺めたり本を読んだりと時間を過ごした。






「テストを返す。まず一条美代子」


 今日はテスト返し。いつもは嫌な思い出しかなく、避けたかった時間だったが、今日は待ち遠しかった。


 美代子は相変わらず教師にベタ褒めされていた。


「──中秋綾斗」


 緊張感を胸に抱き、遅い足取りで前に出た。教師は微笑んだ。


「おい綾斗、どうしたんだ? 前回より格段に成績が上がったぞ」

「え?……あ、ありがとうございます!」


 なんだこれ? こんなに嬉しいテスト返しを俺は知らないぞ……。


「何かいい事でもあったのか?」

「いいえ、特には」

「気になるな。何が君をそうさせたのか。是非とも」

「えー?」


 思い当たる節は、ただやることがなくなった事と、美代子がわかりやすく教えてくれた事かな……


「美代子のおかげです」

「ちょ、ちょっと。綾斗くん!?」


 美代子の焦り声が聞こえたので、振り返りざまに、ニッと笑ってみせる。

 

「そうか、流石美代子だな。これからも綾斗をよろしくな!」

「ちょっと、せんせっ……」


 教室は笑い声で溢れた。


 やはり、高校生の本業は勉強だな……こんなにも嬉しい感情があっただなんて。


 次回も頑張ろう。やればできるんだ!


 そう言い聞かせ、ホッとしながら席に座った。


「──宮奈琴葉」


 心臓が跳ね上がった。なぜ、俺がビクッとするのか……


 そういえば琴葉も頭が良かったんだよな……


 琴葉は美代子と同様に、毎回教師に褒められている。中学生の頃のテストは、美代子と一位の取り合いだったが。高校で差がついてしまった。勿論琴葉の成績が下がったわけではない。美代子の頭が良すぎたのだ。


 琴葉が席を立ったのが、椅子を引く音で分かった。その音は、静かながらも乱暴に聞こえた。


 俺と同じ、遅い足取りで前に出た。いつもの様子と何か違うなと思った。


 どこまでも黒いストレートな横髪が、頬を覆うように流れていたので、表情が読み取れなかった。それでも俺には悲しそうな顔をしている気がした。


 嫌な予感がした。教師は琴葉に微笑むことはなかった。


「琴葉……おまえどうしたんだ。こんな点数とって」

「はい……」

「まぁ、高い成績を維持するというのにもプレッシャーはあるがな、このテストからは努力が感じられなかった。次回は努力を怠らないように」

「はい……」


 琴葉はトボトボと席に戻った。


 教室は、先程の俺とは正反対の空気が流れた。


 当たり前だろう。あの琴葉が教師にここまで言われてしまうほどだ。


 俺はどこか胸につかえを感じていた。

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