第3話 可愛いって思われたい

 いつからなんだろう。私があの人を異性として意識し始めたのは……。


 小学生の頃は毎日のように遊んでいたし、沢山話もしていた。でもいつからかお互いの間に気まずさ……のようなものが生まれた気がする。


 この前学校への登校途中、あの人と道端でばったりと会ってしまった。私が戸惑っていると、彼の方から「一緒に行こう」って言ってくれた。


 嬉しかった。一緒に登校したものの、緊張のあまりなんの話題も出なくて結局何も話さなかった。


 私はやっぱりダメだなって思った。


 


 



 今日は朝一で登校して来た。よくある事だけど、こうやってみんなが来るのを待つのがワクワクしてたまらない。みんなが来ると、1日の始まりだなって実感が湧いて……私はその感じが好きなの。


 次々来る人に挨拶をした。あの人は最後に来た。私が「おはよう」と言うのはみんなと同時で、私だけの声なんか聞こえてないよね。


 千鶴が私の席に来た。


「いやぁ、の巫女装束、楽しみだなぁ」

「まだ決まったわけじゃないからね!」






 去年私は、恒例行事でもあり、とても盛り上がるイベントでもある『村の巫女』を見に行くつもりだった。そう……見るだけのつもりだった。


 村一の若い美人っていうのがどんな人でどんな風に可愛いのか気になった。


 のだけれど、一緒に行った千鶴がノリで私をステージの目立つところに突き出したら、司会者に目をつけられて流されるままステージに出されて、なぜか巫女に選ばれてしまった。


 確かに私は、可愛いって思われたい人がいて、去年から容姿には気を使ってる。千鶴はお世辞で凄く可愛いって褒めてくれるけど、実際はどうなのか分からなくて不安だった。


 でもこの時、私は自分に自信を持っていいんだって思った。


 


 


「琴葉は!」


 えっ!? 


 心臓が跳ね上がるのを感じた。私の名前が呼ばれた。この声が誰なのかすぐに分かった。あの人は──綾斗くん。


 教室の入り口にいた綾斗くんと、目があった。


 私は目を、反射的に逸らしてしまった。


 え! なに!? なんで私の名前が出るの!? 

なんか噂されてるの!? 気になる。もしかして……変な噂じゃないかな。変に思われてるのかな? そんなのやだよぉ……。


「……ねぇねぇ千鶴」

「ん?」


 私は、今浮かんだ疑問を目の前で話していた千鶴にぶつけようと思った。


「……私って……か、可愛い?」

「はぁっ!? 何を言ってるの!? 今更。あんた『村の巫女』に選ばれるほどよ! 可愛いに決まってるじゃない!」


 村の巫女、そうだよね。私自信持っていいんだよね。……でも……それでも……心配なものはやっぱり心配だよ。


「うん……そうだよね」


 千鶴は、何を企んでるような顔に見えた。


「ははーん。さてはあんた、あの綾斗に変な噂されてないかって心配なのね」

「え!」

「見ればわかるよ。どうせ今日のイベントの話ししてんのよ」

「……」

「まぁ、今日の巫女装束からのおめかしで、あっと言わせればいいんだよ」

「だから決まったわけじゃ──」

「はいはい」


 結局その日は心配と不安で授業に集中できず、綾斗くんの背中を見ながらぼんやり過ごしてしまった。


「じゃあ7時、いつもの木で待ち合わせな」

「わかった」


 へぇー綾斗くん、今日慎太くんと祭りに行くんだ。


 私が帰り支度をしている時だった。


「こらっ! ぼーっとしないの綾斗!」


 千鶴の声と……綾斗くん!? 振り向くと、綾斗くんと千鶴が向かい合っていた。


「あんた今日、出るけどもちろん見に行くよね。ってか見に行かなきゃ許さないからね」


 余計なこと言ってる! 止めなくちゃ!


「え? まだ決まったわけじゃ……」


 え……決まったわけじゃって……。


 それって……私じゃない人で、誰か巫女になって欲しい人がいたのかな……。


「いや、決まってるよ。私が保証するわ」


 そうだった、止めなくちゃ!


「ちょっと! やめてよ」

「え? だってあんたのた──」

「いいからぁ!」


 余計なこと言うのはこの口かっ!

 

 少し時間が空いた。


 あ……これ、私が何か言わなきゃいけないやつだ。


「えっ……と、綾斗くん」


 ペアワークの時も、実は少し緊張したりするけど、面と向かって話すのは凄く緊張する。


「お、おう」

「も、もしだよ!? もし、私だったら……べ、別に無理して見に来なくていいから……ね?」


 本当は見に来て欲しい。もし2度目、私が選ばれたら可愛いって思われたいから。なのに……なんで私……。


 やけに静かだなと思って振り返ってみると──


千鶴が……いない!?


「って千鶴!? ちょっ待って! 先行かないでよっ!」


 置いてくなんてひどいよっ!


 咄嗟に教室を出た。そういえば綾斗くんに「ばいばい」って言わなくちゃ。


 私は行き過ぎた足を少し戻して、教室の入り口から綾斗くんに声をかけようとした……けれど、声はかけられなかった。かけることができなかった。


 なんで綾斗くん。どうして……どうしてそんな辛そうな顔してるの? 何か嫌なことがあったのかな……さっきもぼーっとしてたみたいだし。


 でも私は聞けない。私は綾斗くんに友達だと思われてるかわからない。小さい頃はずっと遊んでたけど……今は分からない。今朝の件もわからないし。だから馴れ馴れしい事なんて私にはできない。


 悔しい……。


 綾斗くんとあんなに軽く話せる千鶴が羨ましいよ。でも絶対にいつか、また遊んだり笑い合えるようになるんだ!


 まずは今日……絶対に巫女に選ばれてみせる。そして綾斗くんに可愛いって思わせるんだ!


小さく拳を握りしめ、私は咄嗟にその場を離れた。

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