第16話 スライム退治
ぷるん、と水色の球体が揺れた。風もないのに球体は左右に揺れる。
「……思ったよりも可愛くないな」
というのがスライムの第一印象だ。スマホの広告にでてくるスライムは顔が描かれていて、弾むように移動して可愛らしいのに実際は実物と対して変わらない。一見するとただのスライム。小学生の頃にホウ砂と洗濯のりで作ったものと同じ。違う点は大きさが人間の頭ぐらいあって、不規則にぷるぷると動くことだけ。異世界で初めて出会った魔物がこれでユイは拍子抜けした。
——え、これって叩けるの?
震えながら移動するスライムを見て、疑問を抱く。スライムは自分を観察するユイの存在に気付いていないらしく、右へ左へ震えながら移動している。意思を感じさせない動きに恐らくだが知性はかなり低い。
「でも、店員さんは十分って言っていたし……」
ボロついた剣とスライムを交互に見る。
——叩いても効果なくない?
力いっぱい叩いても潰れたあげく分裂しそうだな、と思いつつ剣を振りかぶる。少し重たいが使えないことはない。
叩き下ろした後、五分五分になるように真っ直ぐにスライムへと剣を振り下ろした。
想像した通り、剣で叩いても弾かれることはなかった。実物を床に叩きつけた時と同様、べしゃっと潰れた。
その際に小さな水滴が飛び散り、ユイの左腕に付着し、
「……っ!!」
焼けた。否、溶けたと評した方が正しい。
「嘘でしょ」
これはやばい。水滴が触れた部分が酸をかけたように赤く爛れた。痛みを和らげるために右手で溶けた箇所を抑えながらスライムから距離を取る。最弱の代名詞のくせになんて技を持っているんだ、と毒付きながらスライムの動向を伺った。
あの一撃で倒せていれば
「誰よ、スライム退治が簡単って言ったの!!」
叫びながら後ろに下がる。触手の動きはそれほど速くないし、距離も伸ばせないらしい。自分から一メートル離れた空中で触手は止まり、数秒後、本体へと戻っていく。
そこからどう動くか観察するがスライムはユイの存在を忘れたようにまた右へ左へと揺れながら進み始めた。
先程より動きが若干鈍くなっている。多少は効いているようだ。
「叩いて潰して、触手は回避。んで、それを繰り返す」
何かしら攻撃が効いてくれることを期待してユイは剣を振り上げた。
剣で叩き潰して、水滴がつかないように気を付けながら、触手が伸びてきたら回避する。そしてまた剣で叩き潰す作業を何度か繰り返していた時、カツン、と硬質な感触が手のひらに伝わった。
「……?」
岩ではない。鋼のような感触だ。それもスライムの中から伝わってきた。
「何これ?」
また剣で同じ箇所を叩くが今度は音は鳴らなかった。
不思議に思いながらスライムの体に埋めたままの剣を左右に動かす。しばらくして切先は目的の物と接触したらしく、カツン、と音を立てた。どうやら硬質な物体はスライムの体の中を動いて移動しているらしい。
「これって潰していいの?」
分からないが意を決して剣で物体を潰した。
今までぷるぷると震えていたスライムは急に激しく揺れ始め、動きを止めたと思った次には溶けるように消えた。
代わりにスライムがいた場所には黄色に輝く球体が残されていた。大きさはビー玉を一回り大きくしたほど。
「……これって私の勝ちってことでいいの?」
ビー玉を切先で突きながらユイは小首を傾げた。周囲を見渡してもスライムの肉片は一欠片すら残されていない。呆気ない最期だった。
球体を持ち上げ、光にかざした。宝石のようにきらきらと輝いている。
「ん、まあ、綺麗だし。集めとこうかな」
捨てるのももったいなくてユイはガラス玉を鞄に仕舞う。それと同時に魔導書を取りだした。
「無理だよね。たった一匹じゃ」
ステータスを確認して、がくりと肩を落とす。スライム一匹でレベルが上がるわけないのは分かっていたが、あんなに頑張ったんだから少しは恩恵を貰えると思っていた。
***
スライムを退治するには体内に埋まる物質を壊さなければならないようだ。
言葉にすれば簡単だがこれがまた難しい。体内に埋まっており視覚できない分、手探りで探さなければならない。やっとのこと物質を見つけてもスライスが動くたびに体の中を流動するのですぐ見失う。
そして、退治した後にはもれなく黄色のガラス玉が転がっていた。
そのガラス玉を拾うこと、これで五つ目。
「なんでスライムっていないのかな?」
思えばこの草原に置き去りにされて街へ行くまでスライム一匹見なかった。簡単に出会えそうなのに遭遇率は驚くほど低い。
「もっと奥行ってみようかなぁ……」
奥は行くなと言われているがそれはヴォルガ洞窟に近づかないようにという意味で言われたに過ぎない。こんなガルダの街に近いところよりも、奥に行けばスライムはたくさんいるだろう。もう少し進んでみようとユイは意気込んだ。
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