第15話 武器購入
王都から遠く離れた辺境にあるガルダの街はアスリアと呼ばれる広大な草原と近接している。その草原を突き抜けた奥にはヴォルガと呼ばれる洞窟があり、洞窟に近づくにつれ強い魔物が
そのためガルダの街を訪れるのは戦闘系の職業やスキル持ちが多く、彼ら向けの武器や防具を扱う店はとても多い。ユイはその数多にある武器屋の中から一番初心者向け——いわゆる貧乏人用——の武器屋を選択した。
ここがゲームと同じならスライムがいるはずだ。しかし、弱小モンスター代表のスライムでも攻撃力4の力では素手で殴るだけでは退治できないだろう。だからスライム退治のためには武器がいる。所持金は少ないがナイフぐらいなら手に入れれるはずだ。格安店だし。
「——と思ったけど、古いな」
目の前にはボロ小屋。割れた窓は心もとないがテープで補強されており、レンガには所々ヒビが入っている。
風が吹けば崩れてしまいそうなボロさである。カフェでお茶をした後、心配するメイアを「大丈夫」と無理矢理納得させて一人で来たことに後悔した。こんなおどろしい雰囲気だと知らなかった。今すぐ帰りたいがユイには時間がない。
覚悟を決め、古びた扉を引けば、錆びれた
「失礼します」
声をひそめて中に入れば鉄臭い匂いが包み込んだ。すぐさま袖で鼻を覆い隠すがこんなことで悪臭は薄れない。
できる限り呼吸を浅くしながら物でごった返す店内を歩いていく。対して広くもない店内に所狭しと並ぶ棚には古びた武具が同じく所狭しと並んでいる。その一つ一つを眺めながらユイは目的のものを探した。
「……駄目だ。高い」
格安店といえど並ぶ武具の値段は驚くほど高額なのでユイは驚いた。初心者ゆえ武具の正しい名称は知らないため形から判断するが手首を守るだけで百ベニーは高すぎる。これではナイフ一本購入するのにいくらかかるのだろうか……。
もっと安い店を探すべきか迷っていると奥からくすんだ金髪の青年が歩み寄ってきた。年齢は恐らく二十半ば。格好からこの店の店員だと判断する。
「何かお探しですか?」
青年は人当たりのいい笑顔で話かけてきたがユイの顔を見ると「あ」と口を開いた。
「君は月涙亭の」
「給仕をしてるユイです」
どうやらユイのことを知っているらしい。メイアから黒目で、レアスキル持ちが現れたと街で軽く噂になっていると聞いていたが、まさかこんな武器屋にも噂が届いているとは思わなかった。
「ここは武器屋です。君のような娼婦が来る場所ではありませんよ」
娼婦じゃない! 叫んで訂正したいが我慢する。
「欲しいスキルを手に入れるために武器が欲しいんですけど、おすすめってありますか?」
「武器ですか?」
青年は不思議そうに薄緑の瞳を丸くさせた。
「誰が武器を使うんですか?」
「私です。レベルを上げるために欲しくて」
「魔物討伐でもするんですか?」
ユイは頷いた。すると青年は渋い顔をした。
「君、攻撃力は?」
「4です」
「えらく低いですね……。スライムを退治するのにも最低でも10は必要ですよ」
「スライムにですか?」
「ええ」
「スライムですよ?」
「君は実物を見たことありますか?」
「いえ、実物は見たことはないです」
「見たことない?」
青年は口元を覆い、「嘘でしょう」と小さく呟いた。
「君は生まれてこの方、スライムを見たことないのですか?」
「え、はい」
スライムを見たことないのはそんなにおかしいことなのだろうか。素直に頷くと青年は信じられないと口を大きく開けた。
「……いくらです?」
「え?」
「いくらで購入を検討していますか?」
百ベニーと答えると青年は「少し待っていなさい」と言い残し、店の奥へ消えていった。
しばらく経って戻って来た時、青年は右手に古びた剣を握っていた。
「これを」
ずいっと目の前に差し出されたので受け取ると冷たい感触が手のひらに伝わった。少し重いが扱えなくはない。問題は切れ味だ。錆びついた剣は刃の表面がざらついていて、スライムはおろか薄紙一枚、満足に切ることはできないだろう。
もっといい武器が欲しいと考えているとその思考を読み取ったのか青年が首を左右に振った。
「百ベニー内で提供できるのはこの剣だけです」
「……これって切れますか?」
「切るよりも叩くのに使えますよ」
それは剣ではなく棍棒だ、というつっこみをユイは懸命に喉奥に押し込んだ。
「これでスライムって叩けますか?」
「君の攻撃力にこの剣の攻撃力が上乗せされたはずだから足りると思いますが……。ステータスを確認してください」
言われたままに鞄から魔導書を取り出し、一ページ目を開く。
『基本ステータス
レベル:1
体力:7
魔力:181
攻撃力:12(+8)
防御力:3
知力:8
運:7
所持品:鉄鋼の
見たところ攻撃力以外のステータスは変化なし。そして新たに所持品という欄が追加されていた。
「どうですか?」
「えっと、攻撃力が12になってます」
「スライム相手ならそれで十分だと思いますが回復薬は用意しておいたほうがいいですよ」
「ありがとうございます。これっていくらですか?」
「六十ベニーになります」
こんな錆びてボロボロで、全く切れなさそうなのに六十もするのはぼったくりのようにも思ったが物価が高いこの街でこの値段はお手頃なのだろう。現に街中で見た食料品の金額やカフェの値段は元の世界と比べ桁が多かった。スライムを叩くだけできれば上々だ、と言われた金額を財布から取り出して支払った。
「ありがとうございます。また何かあったらよろしくお願いします」
「君はあまり外に詳しくはないようなので一つ、助言です。アスリア草原の奥には決して近寄ってはいけませんよ」
「知人から私では勝てないような魔物が多くいると聞いています」
「それもありますが最近、魔物の動きが妙なのです」
青年は睫毛を伏せると小さく息を吐く。
「単独行動を好む種族が固まって行動していたり、洞窟の奥から決して出てこない種族が表にでてきたりと行動が予測できません。君のような娼婦は戦闘向きではないので危険です」
「そこまで奥にはいかないので大丈夫ですよ」
「初めて冒険にでる人間ほど、自分の力を過信するのです。お気をつけなさい」
発する言葉の節々に棘があるが青年は青年なりに自分を心配してくれているらしい。少し癇に障る言い方に苛立ちを覚えるがユイは自分のためと言い聞かせその苛立ちを心の奥に押し込めた。
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