第14話 スキル指南書
「あんたって本当に謎だわ」
メイアはフォークの先で苺を転がしながら今日で何度目か分からない「謎」という言葉を口にした。
「着ていた服は謎だし、持ち物も謎」
事あるごとに謎と言われる。今の言葉で丁度二桁目に突入した。
「ステータスもスキルも謎すぎ。謎まみれ」
尖ったフォークの先端は勢いよく苺を突き刺した。甘酸っぱい香りが果汁とともに溢れ出る。
「オーナーが身寄りもない子を受け入れるのはいつものことだけど……」
一旦、話を止めると苺を頬張り、
「ごめんね。用事があるのに付き合ってもらって」
ユイは乾いた笑みを返しつつ、クリームがたっぷり添えられたチーズケーキをフォークでつつく。一口分、頬張ればやや酸っぱめのチーズと砂糖たっぷりのクリームの風味が口いっぱいに広がった。
さすが、ガルダの街で一番人気のカフェ。とても美味しい。メイアが「おすすめだよ」と案内してくれただけある。
「別に。あんたを一人にする方が危なっかしいし」
ぶっきらぼうにいいつつメイアは目尻を下げて笑った。恥ずかしいのか頬を染めて、次々とショートケーキを口に頬張った。
「信用ないなぁ」
「記憶喪失を信用する方が無理」
記憶喪失ではないがあまりにもユイがこの世界の常識を知らないものなので二人からは記憶消失と決めつけられた。最初は訂正したが「それ以外、なにがあんの?」とメイアに冷たくあしらわれたので今は黙って受け入れている。とてつもなく
「アリスが調べてくれるけど、多分、答えは見つからないよ」
「前例ないの?」
「聞いたことない。魔導書は真実しか記さないから普通だったらありえないの」
「そっか……。なんでだろうね」
「こっちが聞きたいよ」
意味がわかんない、といいながらメイアは湯気がたつコーヒーを煽り、喉を潤した。空になったカップを置くと思い出したようにユイの膝を指さした。
「それ、読んでていいよ。あたしはまだ頼むから」
それ、とは先ほど本屋で購入した本のことである。国語辞書並みの厚さの本は見た目同様、持ち上げるとずっしりとした重さが腕に伝わる。その重みがこれからの生活をよりよいものへと変えてくれると思うと嬉しくてユイは唇を緩めた。
「うん。そうする」
「あんた、変わってるよね。レアスキル持ちなんだからそんなの買わなくてもいいのに」
メイアの視線の先には本の表面があり、そこには『スキル指南書〈初心者〉』という文字が綴られていた。読んで字の如く、スキルを習得するためのいろはが書かれた書物だ。
「他にも役に立つスキルは持っていた方がいいから」
慈しむようにザラつく表紙を撫でると机の空いたスペースに置き、ページを捲る。
「えっと習得レベルが一番低くて実用性があるのは……」
できれば料理系や工作系がいいな、なんて思いながら指南書を眺めていると目的のものはすぐ見つかった。可愛らしい手書きのイラストの隣には「習得レベル1」という文字。ちなみに書かれているのは日本語でも英語でもない、よく分からないミミズがのったくったような文字だが不思議と意味はわかる。恐らく少年神がくれた特典の一つだろう。
「嘘でしょ」
ページを読み込めば読み込むほど、眉間のシワが深くなるのを自覚する。
「いやいや、これは無しでしょ」
最後の一文を読み終え、ユイが両手で顔を覆った時、今まで黙っていたメイアが不思議そうに目をぱちくりさせた。
「どうしたの?」
「一番簡単なスキルから、って思ったんだけど……」
「思ったんだけど?」
「レベルが足りない」
問題はレベル上げだった。一番習得が容易な【調理スキル】は一ヶ月間、毎日料理をするというもの。これだけなら今日から取り組めば一ヶ月後にはギリギリ間に合う。けれどこのスキルの習得可能レベルは5以上ないと駄目。
つまるところを言うとまず先にレベル上げという作業をしなければいけなかった。日常生活でも地味に経験値は貯まるみたいだが時間がかかる。どうしようと頭を抱えているとメイアが「魔物退治は早くレベル上がるよ」と教えてくれた。
「魔物っているの?」
「いるでしょ。まさか、見たことすらないの?」
「覚えてない、かな。どこにいるの?」
「草原に。でもそのレベルだと武器があってもキツイよ」
「武器があればまだ可能性はある?」
「だいぶキツイけどね。……今から魔物退治とか言わないでよ」
メイアの問いかけには答えず、ユイは腕を組み考える体勢に入る。ゲーム初心者といえど魔物を素手で倒すのは不可能なのはなんとなく理解はしている。
ならまず武器を手に入れなければならないが武器を買うにはお金が必要。ユイの所持金は百ベニーほど。武器の金額なんて知らないがきっと足りない。きっと、ではなく絶対に足りない。
「……行くだけ行ってみるか」
考えごとに耽るユイに「武器屋はいいけど草原行くのは明日にしなよ」というメイアの言葉は届かなかった。
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