第3話 神様と名乗る少年(3)


「……これって本物なの?」


 信じられない、と奈津子が呟くのが聞こえた。その手には青く輝く本が握られている。


「職業とスキルってゲームみたいだな」


 緑に輝く本のページをめくりつつ、良は弾む声で言った。どことなく嬉しそうだ。ただの女好きだと思っていたけど、年相応にゲームも好きらしい。

 そうとういい職業とスキルが当たったのか喜びを噛み締めている二人を横目に唯はステータスを隅から隅まで読み上げた。そして固まる。数秒のフリーズ後、また文字を読み上げた。特に【職業】と【スキル】を。念入りに。

 しかし、何度見ても刻まれている文字は変わらない。文字の意味を理解して顔を蒼白させていると少年が追い打ちをかけてきた。


「【職業】と【スキル】はお前達自身の適正だと思え。性格、素質などを見極めた」


(嘘でしょう。? これが私の?)


「きっと役に立つだろう」


 役に立つどころかこれは逆だと思う。

 冷や汗をかく唯を尻目に、良が興奮した様子で立ち上がった。


「聞いてくれよ! 俺は【賢者】で、スキルは【鑑定】と【全知の書】。頭良くて一眼で何でも分かる能力らしい。俺にぴったりだ!」


 奈津子ちゃんは? と良は視線で問いかける。奈津子は嫌々ながらも口を開く。


「……職業は【魔導師】。スキルは魔法使う時に詠唱無しで発動できる【詠唱破棄】と月光を浴びた分、魔力を高めることができる【月の愛し子】」

「奈津子ちゃんにとってもよく似合うね! 蓮司は?」

「俺の職業は【勇者】。スキルは三つあるみたい。一つ目は【天の祝福】。これは身体能力とか運とか色々向上する。二つ目は【異常状態耐性】っていう毒とか麻痺とかにならない。三つ目は【成長促進】。通常の三倍の速度でレベルが上がるって書かれている」

「え、三つも? 私は二つだけだったのに」


 悔しそうに奈津子は腕を組む。


「やべぇ、勇者とか超特別じゃん。超主人公じゃん。さすが学級委員長なだけあるわ」

「後藤、大袈裟。学級委員長は関係ないと思うよ」

「さすが勇者様、謙虚だねぇ」

「やめて」

「ごめんって。そう怒んなよ。ねえ、唯ちゃんと陣は?」


 ふいに良が問いかけてきた。気を抜いていたため心臓が痛いほど跳ねた。バクバクと動く心臓を落ち着かせる為に胸に手を当てつつ、唯は三人へと視線を向ける。


「百瀬さんはどんなスキルだったの?」


 奈津子が良と少年に向けた時の笑顔とはうって代わり優しく微笑んで問いかける。


「魔導師、賢者、勇者ってきたら王道の聖騎士や治癒者ヒーラーとか?」

「あー、何も無し……的な?」


 良の言葉に唯は言葉を濁した。早く話題を切り替えたくて陣へと視線を投げた。

 陣は無言で文字を凝視してたけど四人の視線に気づいて、すぐさま本を閉じた。


「俺も同じ。何も無いよ」


 陣は気まずそうに目を伏せた。その様子は本当に何もないとは思えない。唯は自分と同じで言いたくない職業だったのだろうかと勘繰るが声をかける前に少年がパンッと両手を合わせた。


「さあ、話は済んだか? これが今生の別れになるかもしれないよ」


 まるで演技するかのように少年は両手を持ち上げる。

 その不吉なセリフに固まっていると蓮司が「待って下さい!」と焦ったように手をあげた。


「何だい。真面目くん」

「結城です。今生の別れってどういう事ですか?」

「五人仲良く協力し合ってもつまらないだろう? これは私の暇つぶしだからさ」

「あなたの話が本当なら俺たちは異世か――」


 その後のセリフは続かない。

 少年が指を鳴らす音が水面に広がる波紋のように広がって、打ち消した。

 音を合図に、ぐにゃりと世界が歪む。真っ白な空間はマグマのような粘性に姿を変え、溶け出した。溶けた先は真っ黒だ。一点の光もない闇が広がっていた。


「早急過ぎるだろ!」


 良の怒声と、奈津子の短い悲鳴が唯の耳朶じだに届く。


「手を繋げろ!」


 陣の叫びに呼応するように唯は陣へと手を伸ばした。手を繋げば一緒にいられるかもしれない。

 蓮司と良もそれを察したのか奈津子の腕を掴むと空いた左腕を唯と陣に伸ばしてきた。


 しかし、胸に抱いた淡い期待はすぐさま消え去る。


 指先が触れるその前に世界は闇に包まれてしまった。

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