第2話 神様と名乗る少年(2)



「私はね、神様なんだ」



『は?』


 五人の声が綺麗に重なった。困惑と怒りが混じる声音と表情を見て、少年は満足そうに頷くと、拳で薄い胸を叩き、上半身を大きく逸らした。


「驚くのも無理はない。少々、語弊ごへいがあるが君達の言葉で、神様という単語が一番適切だと思い使ったまでだ。まあ、あれだ。ニュアンス的にそう思ってくれて構わないよ」

「は? なにが言いたいの?」


 偉そうな態度が勘に触ったのか奈津子が冷えた眼差しで少年を見下ろすと、怒りに任せて床を強く踏みつけた。


「御託はいいから早く帰してよ」

「無理だな」

「あんたが原因なんだから無理なわけないじゃない」


 奈津子は心底嫌そうに顔を歪めた。


「今のままだと無理だ」

「ふざけ——」

「どう言う事?」


 奈津子の言葉を蓮司が遮った。怒りに我を忘れた幼馴染を静める為に、素早く奈津子に近付くと腕を引っ張り、自分の背に隠した。奈津子は抵抗を見せるが有無を言わさない蓮司の背に諦めたのか歯を食いしばり、そっぽを向く。


「簡潔に述べるが、異世界で暮して欲しい」

『は?』


 また綺麗に五人の声が重なった。皆一様に浮かべたのは戸惑いだ。


「これは神様の言葉、いわゆる、神託しんたくというやつだ」


 まだ自我が芽生えたばかりの幼少期というものは自分が世界の中心だと過信してしまうものだが、神を自称するとはとても痛い。身に覚えがある数人は当時の事を思い出し、羞恥しゅうちから目を逸らす為に少年を視界に入れない様に両目を伏せた。

 しかし、少年はそんな少年達の心を知ってか知らずか微笑みながら言葉を紡ぐ。


「私はいくつもの世界を創ってきた。君達が地球と呼ぶ惑星も元を辿れば私が創った。他にもいくつもの世界を創った。それが私の仕事だからだ」


 聞けば聞くほど心が痛いと叫ぶ。少年達は視界だけでなく耳も塞いでしまいたい衝動に駆られた。

 けれど、ここでその様な行動を取れば少女達にどう思われるかを考え、耐え忍ぶ。現に少女達は呆れと軽蔑の表情を浮かべていた。


「だが、どこの世界も辿る道は同じだ。世界の統治は自生した種族に任せてはいたが、どれも同じように国を作り、発展させて生活しやすくする。それは実につまらないと思うだろう?」


 歌うように言葉を発する少年とは対照的に五人のテンションは徐々に低く、重くなる。


「だから君達を異世界に送る事にした」


 この瞬間、五人の心は一つになった。


 ——意味が分からない。


 蓮司と奈津子以外は高校入学して対面した仲であり、クラスメイトととして顔と名前だけ知っているだけの間柄だったが五人は誰とも無く「彼らとは仲良くなれる」と察した。


「馬鹿かよ……」


 良が唇の端をひくつかせた。その言葉に他の四人は赤べこのように首を振って同意見だと表明する。

 少年は「心外だ」と頬を膨らませた。恐ろしいほど整った顔貌のため、とても可愛いらしいが今の五人には嫌悪の感情しか浮かばない。


「……えっと、君は正真正銘の神様で、俺達は君が創った世界で生活すればいいってことかな? 君の言い分だと俺達が目標を達成できたら元に戻れる、っていう風に聞こえるんだけど」


 摩訶不思議な少年の破茶滅茶な言い分に呆れながらも学級委員を任されるほど真面目な蓮司が首を掻きながら要点をまとめようとした。自分で口に出した言葉がどんなに非科学的でも、冷静を保ちながら真っ直ぐ少年の目を見据える。


「その目的を教えてくれるかな? 魔王の討伐とか?」


 直後、蓮司は自分が述べた言葉に頬に熱が集まるのを感じた。思春期とは言え、意中の相手がいる場所で「魔王の討伐」という厨二病と見なされても仕方がない発言をしてしまった事を酷く後悔する。背後にいる彼女の顔を見る事が出来ず、蓮司はその場で固まった。今流行りの異世界転生を取り扱った小説を親友から押し付けられ、暇潰しから読了してしまったことが裏目に出てしまったようだ。

 そんな蓮司を一瞥いちべつした少年は深くため息を吐いた。


「それは自分達で考えろ。ここで答えを言ってもつまらないだろう?」


 呆れた表情から一転し、格好つけるように口角を持ち上げると少年はふっと表情をほころばせた。


「心配しなくてもいい。曲がりなりにも私は神。慈悲の心というものはある。お前達は私が生み出した、いわば私の子供。愛しい子供らの為に異世界で生き抜くために【特別な力】を与えてやろう」


 今度は五人仲良く怪訝けげんな表情をした。いきなり特別な力だと言われて冷静でいられるわけなかった。


「意味が分からない。あんた、頭可笑しいわ」

「もう無理だ。遊びは終わりにしてくれ」

「俺らね、もう高校生だから君の悪戯に付き合ってられないよ」


 奈津子は怒りに全身を震わせ、陣は眉間を抑え、良は両手を挙げて降参ポーズをした。

 そんな三人の叫びを一蹴して、少年は微笑みを浮かべる。


「ステータスを開いてみろ」


 少年の言葉に五人は顔を見合わせると困惑しつつ上や左右へと視線を向けた。

 ステータスと言われてもゲームではないからできるわけない。天井から用紙が落ちてきたり、脇から黒子役が設定の用紙を持ってくるのかと思ったが周囲には誰もいない。

 五人の反応をみて少年は「あり得ない」という顔をした。


「なぜ出来ない?!」

「出来るわけねーよ」


 間を置かずに放たれた良のツッコミに少年は両目を丸くされると「君達の世界では無かったな」と小さく呟いた。


「仕方がない。……心臓の上に力を集めてみろ」


 少年は自分の左胸を数回叩いてみせた。

 けれど、簡潔すぎる言葉ではやり方がよく分からない。それに現実的ではないことに戸惑いながらも五人は各々に心臓な上に力を集めようとした。

 唯は息を止めて心臓に血液を集めるイメージをしてみた。駆け巡る血液を一点に集中させていると数秒後、左側から小さな物音が聞こえてくる。好奇心から集中力が途切れてしまい唯は音の方向へ視線を向けた。淡く黒色に輝く分厚い本を手にする陣と目が合う。


「えっと、出来たみたい」

「どうやったの?」


 唯の言葉に陣は考える仕草をみせた。


「ここに血液を集める感じ、かな」


 とんとんと心臓の上を叩く。

 どうやら唯の考えは間違えていなかったらしい。陣の言葉を頼りに四人は再度、集中する。少し間を置いて、誰ともなく輝く本を発現させた。

 唯は紫色に輝く本——その一ページ目に記されているステータスを見て、息を飲み込んだ。

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