山は怖いんだよという話
僕が東京に住んでいた頃の話です。
高尾山という山をご存じですか?東京の端っこ、八王子市にある、標高599メートルほどの小さな山です。ケーブルカーなどもあり、しんどい思いをしなくても、ほぼ頂上付近まで登ることが出来ます。歩いて登っても、だいたい90分もあれば登れる、気楽なハイキングで登れる山です。
この高尾山、気楽に登れる山と書きましたが、その昔、修行する人が入っていく山でもあり、天狗の伝説があったり、非常に面白い山です。気楽に登れて、色々と見ることも出来る、そこが人気なのか、とてもたくさんの人が高尾山に登りに来ます。
当時、僕が東京で住んでいたのが高尾山のある八王子市でした。
僕は市街地の方に住んでいて、八王子市は広いので、市街地と高尾山は結構離れていて、高尾山までそんなすぐに行けるわけではありませんでしたが、時々気分が乗ると、15分ぐらい京王線に乗り、高尾山に登っていました。
高尾山にはいくつかの登山道があります。コンクリートで舗装され車も通る1号路、ラストに先が見えないくらい長い階段のある稲荷山コース、沢沿いを歩く3号路、僕は良く3号路を登っていました。水がちょろちょろ流れているところを歩くので、滑りやすく、靴が濡れてしまいますが、他の登山道よりも気温が低く、流れる水音が心地良くて、歩いていてとても気分の良い道です。
ある日の僕、その日は3号路を使わず、1号路を登りました。
その日、天気が良かったこともあり、僕は高尾山の頂上で夜景を見ることを考えていました。
高尾山があるのは東京の端っこですが、頂上からは特に視界を遮るものが無いので、遠くに東京の都心の街並みを見ることが出来ます。また、天気の良い日には富士山を見ることも出来るそうです。僕は見たことがありませんが……。
東京の夜景が綺麗だと聞き、さっそく高尾山に登ってその夜景を生で見てみたい!と思った僕ですが、心配なことがありました。夜景が見えるぐらい暗くなってから、下山するのは怖くないか、真っ暗で足を踏み外して、崖の下に落ちていってしまうのではということです。
しかし、1号路を確認してみて、そんな心配は杞憂だと分かりました。道の端っこに電球がずらーっと並べて、ぶら下げてあったのです。夜にはこれが光、道を照らしてくれるのでしょう。
心配が事が無くなった僕は、ルンルン気分で山を登ります。
頂上、太陽が沈み、世界が暗くなった時、東京の街は輝いていました。
そこだけぽっかりと浮かび上がるように現れた幻想的な街は、人類の進歩を物語っていました。火すら扱えなかった時代、洞窟で寒さや暑さ、雨や風におびえていた時代、太陽が昇る共に起き、太陽が沈むと寝るそんな生活を、知恵と勇気で変化させ、今や人は明かりを支配し、夜を倒した。暗闇におびえていた時代が終わった。そんな感じがしました。
嘘をつきました。本当はそんな感じはしていません。単純に「なんか遠くの方で光ってるけど、思ったよりすごくないな……」と思っただけです。人類がたくさんの労力と時間をかけて作り上げたものですら、登山中、喉が渇いた状態で飲んだカルピス以下の存在でしかありませんでした。
「暗いし、帰ろう」
そう思った僕は下山することにしました。そこで僕はあることに気が付きます。
「あれ、明かりついてないじゃん」
そうです。僕はこの1号路は夜になると電球に明かりがつき、道を照らしてくれると思っていました。しかし、今目の前にあるのは暗闇だけ。道が続いているはずなのですが、暗すぎて先があるのか全く分かりません。こんだけ完全な暗闇を経験したのは初めてでした。
「おっ、おかしいな……」
そう思いながら、道の端っこにあるであろう電球を探してみました。それはすぐに見つかりましたが、明かりは点いておりません。
「これ点かないのかよ!!」
僕の絶叫が誰もいない山に響きます。
この時になって、僕は非常に焦りだします。下山するには90分ぐらいかかります。それだけ長い道を、自分の腕を伸ばしたその先の手のひらが見えるかも怪しいパーフェクトダークの中進んでいかなくてはならないのです。しかも一本道ではなく、曲がりくねったり、急な坂道だったり、足元が悪い所もあります。もちろん崖も……。
「ひえ~」
そんな漫画みたいな悲鳴上げてみても何も変わりません。ケーブルカーやロープウェイの類はもう動いていません。そのケーブルカーの最終便と一緒に登山に来ていた人は皆帰ってしまい、周りには誰もいませんでした。この広い世界に、僕一人ぼっち……。
そんな状況では、この暗闇の中を滑落の恐怖に怯えながら下山するか、朝日が昇るまで高尾山の頂上で待つかの二択しかありませんでしたが、僕は下山することに決めました。早く家に帰ってアニメが見たかったからです。恐怖とアニメを天秤にかけた時、アニメが勝ちました。
携帯電話の懐中電灯を起動します。うん、全然照らせてないな!!たぶんホラーゲームの懐中電灯より役に立っていません。自分の足元の先50センチぐらいしか照らせていないからです。これでは急に現れた崖に気が付いた時には、そのまま足を踏み出していることでしょう。
しかし、行くしかない。家には僕の帰りを待つアニメキャラたちがいるのです。
勇気を持って、一つ一つ、小さいけれど確実に、足を踏み出し行きました。
突然、人類で初めて月を歩いた人の言葉を思い出します。
「この一歩は私にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ」
とても良い言葉ですね。
「この一歩は人類にとっては小さな一歩だが、私にとっては大きな一歩だ」
これは暗闇を下山中の僕の言葉です。とても良い言葉ですね。
そうやって、アホな事を考えながら下山していき、そろそろ残り半分も過ぎたころです。僕はさらなる恐怖に遭遇します。
「バサッ」
何かが飛ぶ音がします。それも羽を羽ばたかせるのではなく、木から木へと飛び移っているような……。
「バサッバサッ」
という音では無く
「ガサッ!バサッ!!ビターン、ガサガサ」
みたいな音なので、そうだと思いました。
「あれはなんだ……?」
暗闇に少し慣れてた目と、明るさの信頼度がマッチ程度しかない携帯電話の懐中電灯を向けます。その生き物の姿を微かにとらえました。
そいつは、四角い形をしていました。大学ノートよりも少し大きい形をしていて、ちっちゃい手や足がついています。上には頭のようなものも、こう説明すると怖くないと思いますが、初めて暗闇でそいつを見た僕は、映画『エイリアン』に出てくる、チェストバスターを思い出しました。
気が付くと、そんなエイリアンみたいなやつに囲まれ、いたるところで「バサッバサッバサッ」音がします。狩りをしているのでしょうか?僕は狩られるのか!?
そいつの正体はムササビなのですが、その時の僕には完全にエイリアンにしか見えていませんでした。そんな奴らが僕を取り囲み、頭の上を飛び交っているのです。何かの拍子に襲われる可能性が無いわけではありません。
「こんな怖い思いするなら登らなきゃ良かった」
と後悔してももう遅いです。僕は、役に立っていない懐中電灯の小さな明かりを武器に、道を進むしかありません。
自動販売機か何かの明かりを見つけた時は本当に嬉しかったです。エイリアンの住む地獄の宇宙船から戻ってこられたそんな気分です。
この暗闇下山事件を深く反省し、僕はめちゃくちゃ明るい懐中電灯を買ったのでした。
「暗い山に登らない」
という解決策では無く
「暗い山を安全に降りれる方法」
を探すあたり、僕はアホなのかも知れません。
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