お部屋のお掃除
どうでも良い話なのですが、今年の4月に引っ越しをしました。前の家には2年間ほど住んでいました。その2年間で、お部屋に掃除機をかけた回数を考えてみると、たぶん片手で足りるくらいかなと思います。365×2=730。730日の内5回しか掃除機をかけていないとなるとちょっと驚きかも知れません。
もともと僕はあまり片付けとか得意な方では無く、大学生になって一人暮らしを始めた時には「毎日掃除機をかけて、片づけちゃんとして、綺麗な部屋で気持ちよく過ごすぞ!」と決心したものですが、その決心も3日持たずに消え、気が付けば足の踏み場も無いほど物が散乱するいわゆる汚部屋になってしまいました。
当然ですが、そんな汚い部屋に他の人なんか呼びたくありません。ゼミの知り合いなんかに「お前の家行って良い?」なんて聞かれても「強力な魔法陣が突如として部屋に浮かび上がってきたから無理」とか「今、部屋で宇宙人を保護しているから無理」とか「謎の病原菌が蔓延していて、僕の部屋に入ると爪の先から新種のきのこが生えてくるから無理」とか色々とありがちな理由をつけて断っていました。
そんなある日、僕の部屋に大学のゼミの知り合いが来る時が来ました。
当時僕はアホみたいに本を部屋に積んでいて、それが部屋の主である僕よりも主人らしく領地を占領しているという状況でした。1日1冊本を読むというような生活を続けていて、古本屋めぐりが趣味で、良いのがあれば衝動買いしてしまう癖が高じたものです。1Kの部屋に500冊以上はあったと思います。積まれた本の間から小さな未確認生物が出てきたこともあります。
そんな本にまみれた僕は危機感を抱いていました。このままでは本に支配される、今こそ反旗を翻し、この本たちに本当の主とは誰かを教える時が来ているのだと。そういったことを大学のゼミで一番仲が良い人に話すと「じゃあ、俺がいくつかもらってやるからお前の家行って良い?」と言われました。その頃には、強力な魔法陣も、保護していた宇宙人も、謎の疫病も無くなっていたので「まあ、いらない本をもらってくれるなら良いかな」と、部屋に来てもらうことにしました。
「ちょっと散らかってるけど、気にしないであがってね!」
そう言いながら僕は知り合いを部屋の中に入れました。ところが、知り合いは中に入ろうとしません。
「どうしたの?ほら、中に入って。お茶でも出すよ」
それでも知り合いは部屋に入ろうとしません。
「あのさ」
やっと知り合いは口を開きます。
「何?」
「土足で入って良い?」
「ここは日本だから靴脱いであがって」
「ガスマスク持ってこい!こんなクソ汚い部屋入れるか!!」
知り合いの声がマンションに響きました。
他人に自分の部屋は見せたこと無かったうえに、いつも自分が住んでいる部屋でその汚さに慣れきっていたので、この部屋の異常さに全然気が付いていませんでした。他人から見るとこの部屋は相当ヤバい部屋らしく、人が住む部屋じゃないらしいです。
部屋は全体的に物が散乱しているとは先程書きましたが、それだけでなく、絨毯を引いていないにも関わらず、裸足で歩くとなんだかもっさりしています。埃が地層を形成し、自然の絨毯になっていたからでした。部屋の隅によく分からないものをポイポイ投げ入れていたので、そこがカオス状態となり、僕自身何が眠っているか分からない、近づくのすら怖い場所となり、バミューダトライアングルと名付けて放置しているところもありました。その他色々書ききれません。その日は知り合いに本を数冊プレゼントして終わるつもりが、その知り合いと半日かけて部屋の大掃除をするはめになりました。なんとか綺麗になった部屋、掃除後に二人で食べたラーメン、「もう二度と汚い部屋にしない。今日から毎日部屋の掃除するよ」そう知り合いに誓ったことを昨日のことのように思い出せます。もちろん、毎日掃除はしません。1週間で汚部屋に戻りました。
そんな感じで僕はお部屋の掃除が出来ません。何度か引っ越しをして部屋を変えましたが、どの部屋も汚くしてきました。江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎が片づけを全くせず、部屋を汚くするたび引っ越していたら93回も転居したみたいな話を聞いて「僕は現代の葛飾北斎みたいなもんだし」と訳の分からない言い訳をして部屋の掃除を怠っていました。そんなこと言っても僕は93回も引っ越すお金も気力もありませんし、汚い部屋じゃ気分も滅入ってしまって鬱々とした日々を過ごして困っていました。困っても絶対にお掃除はしなかったんですけどね。
こういう自分なもんで、前に住んでいた部屋も2年で掃除機を5回しかかけてないかもという話を信じてもらえたと思います。僕は掃除が向いていない。一生汚い部屋で過ごすんだ。諦めてそう思いました。
ところがそんな汚部屋人生に少しの光が見えます。
今の部屋に引っ越してきて3か月ほどが経った時、相変わらず物があふれて散乱し、汚くなった部屋を見回して思います。
「この部屋のもの全部捨てたろうか」と。
僕の好きな映画の1つに「リービングラスベガス」という映画があります。その映画の中で自暴自棄になった主人公が酒を飲みながら家の物を全部処分し、人生の終わりを求めてラスベガスへ向かうというシーンがあります。そこがとても大好きで、いつか自分でもやってみたいと思っていました。今がその時だと思いました。物を所有し支配しているつもりで、実は物に支配され操られ自分の人生を歩めていなかった今までの自分とサヨナラだ。僕は自由を手に入れる。そう決めた僕は近所のコンビニでごみ袋と缶ビールを買ってきました。
掃除を始める前にまずはお酒を一杯。350ミリリットルの缶ビールで良い感じに酔ってしまい、その日はそのまま寝ました。
次の日、自分の意思の弱さに絶望しながらも、重い体を起こし朝から掃除を始めました。もう部屋の物を全部捨てるぐらいの勢いで、床に落ちてるものは全部ゴミ袋へポイ。本棚に入っている本やCD、DVD類も全部まとめて古本屋に持っていきました。絶対に手放したくないと思っていたアニメのBDやライブ限定のCD、お気に入りの小説、ほとんど処分しました。僕にはもう必要無い。そう言い聞かせながら。
僕がリービングラスベガスごっこと名付けた遊びが終わった時には、部屋にはほとんど何も無くなっていました。床が見えます。当たり前のそれが奇跡に思えました。物にあふれていた時はめちゃくちゃ狭い部屋だと思っていましたが、ほとんど何も無くなった部屋は広く、明るく、とても気持ち良かったです。床に座って瞑想も出来ますし、筋トレも体操も出来ます。部屋の中でバットを持って素振り出来るようになりました。
この部屋に100冊以上あった本、CDの類も全部無くなり、3つぐらいあった本棚を処分、小さな3段カラーボックスで全ておさまります。小説もサリンジャーの「キャッチャーインザライ」とクラカワーの「荒野へ」、そして森見登美彦の「四畳半神話大系」の3冊だけになりました。この3冊を残した理由は分かりません。なんとなくかも知れません。
部屋にほとんど何も無くなって、寂しくなったり、喪失感があったりするかなと思いましたが、そんなことは無く、明るく開放的になった部屋は初めて僕の心を輝かせました。気持ちの良い朝を迎えられるようになりました。それまでは独房にでもいる気分でしたからね。
そんな気分の良い部屋を失いたくない。そういう風に思うようになり、なんと毎日掃除機をかけるようになりました!2年で5回しか掃除機かけなかった人が、毎日かけるように!!しかも、掃除機だけではなく床の雑巾がけまでするようになりました。ちなみにこれまで雑巾がけをするのは部屋を出ていく時だけでした。つまり、前の部屋だと2年間で1度しかしていません。
この綺麗な部屋でいるためには無駄なものは増やしたくない。増えると汚くなるからと、無駄に物を買うことも無く、病的な衝動買いもすることが無くなりました。
思ったんですけど、たぶん僕は掃除が向いていないんじゃなくて、自分の掃除が出来るキャパシティ以上の部屋にしてしまっていたから、掃除が出来なかったのではないかと。例えば、床にテーブル、ベッド、椅子など置いてある物が多かったら、それをどけて掃除機をかけたり、それらに積もった埃を取ったりやることが増えます。大きいものだけでなく、飲んだあとのペットボトル、読んだ後の本、聴いた後のCDその他諸々。1つなら小さいものでも、片づけるのが100も200もあったら、何か重罪を犯した後の罰を受けているのかという気分になります。
毎日毎日、100の物を1つ1つ、しゃがんでどかして掃除機かけていたら、下半身がラグビー選手みたいに鍛えられることでしょう。
今のほとんど何もない部屋だと、床に置いているものが少ないので、ちょっと頑張るだけで掃除機がかけられます。掃除機をかけるのにそんなに労力がかからないので、余った力で床の雑巾がけも出来ます。このぐらいの掃除量なら僕も毎日出来るようです。
昔はお掃除ロボットの存在意義が分かりませんでした。僕の汚部屋でお掃除ロボットを使ったら、開始1秒でゴミの海で座礁する気しかしません。
今の部屋なら、のびのびと動き回ってお掃除が出来るでしょう。「この部屋が綺麗で掃除をしやすい」そういう噂を聞きつけた野良お掃除ロボットがこぞって僕の部屋にやってくるかもしれません。
たまに人と話していると「あの広い家が良いなぁ。住みたいでしょ?」なんて言われることがあります。僕には広い家、部屋は無理だと思います。この6畳間ですらちゃんと支配出来ないのに、大きな家なんかに住んだら、僕が家に飲み込まれてしまいます。僕の部屋に残った小説「四畳半神話大系」で主人公が「四畳半至上主義」を叫びますが、少し気持ちが分かります。
きっと、お掃除の能力が高い人は大きな家に住んでも平気なんだろうな。でも、僕はそんな能力は無いから身の丈にあった部屋に住もうと思う出来事でした。
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