3.現場百遍
「このAWカフェすごいんすよ、ちょっと割高なんすけど、機材はハイエンドっす」
「"はいえんど"ってなんなんだ?」
俺の質問に、
「先輩、30くらい歳ごまかしてません?」
俺は無言で拳に息を吹きかける。
「さぁ、これっす!」
小さな個室ブースだ、立派なリクライニングチェアと、パソコン、それにAWギアが置かれている。AWギアは先日の被害者が被っていたモノよりも少々立派に見える。
「ここの設備は最新っす、それになんと!!」
「なんとUARディスプレイなんす!!」
"UAR"の名前は聞いたことがある。"AR"と呼ばれていた"拡張現実"をさらに発展させた技術で、映像加工でそこに架空の存在が居るように見せかけるだけじゃなく、実際に現実空間にそれを立体化できる手法だ。これもナノボットシステムの応用で実現されているってことで、俺も知っているだけだが……。
確かナノボット事件後の法的規制で、尖らせられないとか、変化スピードが遅いとかあったはずだ。グラビアなら尖らせる必要はないか……。
「っていうか、お前が遊びたいじゃないか?」
「そんじゃ、さっそくリアバケのアカウント作って、ログインするっす」
俺のブースと、隣の自分のブースまで準備を整え、陽気に
「あー、俺、AWってやったことないんだが……」
「マジすか先輩! このご時世に!? 骨董品っすね!!」
今度こそは後頭部を小突く。
「に、二度もぶった!!」
「はぁ~」
俺はため息をつきつつ、
【MMOAWシミュレーションゲーム「リアルバケーション」】
視界が開け明るくなる。なんとも不思議な感覚だな。よく自身を顧みれば、俺が椅子に深く腰掛け目を瞑っているのがわかる。が、しっかり自分に集中しないとそれが分からない。目の前に明るく展開されている世界の刺激が強いためだ。視界や音だけじゃなく、肌に感じる空気感、何かに触れた感触までもリアルさに溢れている。AWゲーム内では食事もできるらしいので、おそらく味覚すらあるのだろう。こうしてAWゲームに入ってみると、これにハマる気持ちがわかるような気がした。これだけリアリティのある空間で、非日常的で刺激的な体験ができるというのは非常に魅力的だろう。
この場所は薄い水色の壁で覆われた円形ドーム状の空間だ。中央には案内カウンターらしきものがある。外周にはゲートがいくつも並び、その上には立体映像のコマーシャルらしき動画が流れている。どうやらゲートの先にある場所についての紹介映像らしい。
「先輩……」
俺が上京したての田舎者のようにキョロキョロとあちこちを見回していたところ、背後から声をかけられた。
「お前……、
「先輩、もう少しアレンジしましょうよ。アバター、リアルからの容姿自動取り込みのままじゃないっすか……。せっかく初期ボーナスポイントあったのに、何も買わなかったんすか?」
「現場の調査するのに、そんな恰好要らねぇだろ」
「これから行くのはビーチっすよ? だったら水着ですよ」
「これ、ゲームだろ……?」
いい加減キラキラがうざいので、そのエフェクトだけでも止めてくれよ……。
「これ、ゲームだよな……?」
事件現場とされている海辺リゾートへやってきた。先ほどの"ロビーエリア"とは異なり、照りつける日差しがまぶしい。だが、適度な暑さだ。エメラルドグリーンに輝く海は視界の彼方に水平線を作り出し、サラサラの砂浜は適度な熱さと踏み埋まる感触を足に返す。さわやかな風に揺られるヤシの木々の向こうに立ち並ぶリゾートホテル。行ったことはないのだが、写真やテレビで見たハワイって、こんな感じだよな……。
ゲームだとわかってはいるが、そのあまりのリアリティと、溢れるリゾート感に俺は圧倒された。
「あたりまえっす、呆けてないで聞き込み行くっすよ」
「あ、ああ」
呆気にとられている間に、
接続数が少ないと言われているが、砂浜にはそれなりに人がいる。そんなに少ない感じもしないのだが……。
「やっぱり今日はガラガラっすね。これなら泳ぎ放題じゃないっすか」
「これでガラガラ?」
「そうっすよ、一番混んでる休日の夕方時間なんて、イモ洗いになるっす」
「イモ洗い……」
「なら、事件当時の目撃者が居るかもしれないってことか……」
「あー、それなんすけどね……」
さっきまでのハイテンションとは変わって、急に
「たぶん、深夜時間帯じゃないかと思うっす。1時ごろなら人もだいぶ疎らになるっすから」
「……」
つまり、事件発生は深夜1時過ぎ以降で、人が少ない時間帯、目撃者が居るかどうか分からない、そして……
「目撃者が居るかわからんし、居たとしてもこの時間には居ない、つまりそういうことか……?」
「ゲーム内なら死なないよな……?」
「いや、ちょ、先輩!! 一応殺人事件起きてますからね!! それに痛みもあるんすよ!?」
突然だが、これがゲームだと痛感させる機能がある。なんとポケットの中身が無限に入るようになっている。明らかに巨大な物も、すっぽりとポケットに入れることができる。俺が初期ボーナスで入手した"コレ"も、ありえないサイズにも関わらずポケットに収まっている。このあたりはさすがにゲームだ。
俺はポケットに手を入れ、中のモノを取り出すべく──
そこで視界の先に気になる物を見つけた。
「
「え、いや、Wikiにもそんな情報載って無い──、サメっすね……」
海面から飛び出す小さな三角形の物体、それがスイスイと進んでくる。それが進む先には膝ほどの深さで遊ぶ子供が2名。転んでどこかにぶつけたのか、片方が肘を少し擦りむいて泣いている。
「あ、先輩!!」
俺は
「早くこっちへ!!」
俺は子供たちに対し強い口調で声をかける。その勢いに子供たちは驚き立ち止まってしまう。しまった……。子供たちは俺の様子に何かの異常を感じたのか、後ろを振り返ってしまった。そこには接近する背びれと……、明らかに巨大な魚影が映りこむ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
混乱状態の子供はその場で叫び声をあげる。水面が持ち上がり、凶悪な歯並びの顎を大きく開けたサメが出現した。
「らぁぁぁぁぁっ!!」
俺は子供たちの間へと飛び込み、サメの鼻先に"シャベル"を叩きつけた。俺の攻撃に怯んだサメは再び水中に戻ったが、遅れて尾びれが振るわれ、俺と子供たちが吹き飛ばされる。
「先輩!!」
そこへ
「子供たちを!!」
背びれが再び水面に姿を現し、ぐるりと回って再びこちらへ向かってくる。
「先輩っっ!!」
子供たちを担いで逃げた
ゆらりゆらりとサメが近づいてくる。徐々に速度を上げ、そして……、低い位置から俺の脚に食いつくべく、その顎が近づく。
「おらぁぁぁっ!!」
水中のサメ、その口に向けてシャベルを突き出す。シャベルは上顎に衝突しつつ更に奥へと入り込んでいく。俺は念入りに押し込み、奴の前から飛び退いた。
ゴバッっという奇妙な音と共に、シャベルを丸ごと飲み込んでしまったサメがもがいている。
「先輩も逃げてくださいっ!!」
「な……」
目の前でもがいていたはずのサメは、その姿が無い。俺は最大限警戒し、どこから来ても即反応できるように気を張りつつ周囲を窺い……。
「逃げた、のか?」
サメの姿はどこにもなかった……。
「先輩……、シャベルに初期ポイント使ったんすね……」
陸に戻った俺に、
「事件の捜査に来てるのに、武器くらい要るだろ……。残念ながら初期ポイントで買える長物がシャベルしかなかったんだが……っ、痛……」
話しながら、俺は右手からの鈍い痛みに気が付いた。
「せ、先輩! 腕、怪我してますよ!?」
「お、おお、必死で今まで気づかなかった」
目を開くと個室ブースを区切る壁が目に入る。AWカフェの個室ブースだ。ゲーム内から現実世界に戻ってきた。
「先輩、大丈夫っすか?」
AWギアを外した俺に、
「まさか本当にお前の言った通りだったとは……」
俺はAWギアを置きつつ、痛む右腕の袖をめくる。Yシャツの袖が俺の血で染まり、腕には切り傷が刻まれていた。
用語説明:UARシステム
「Ultra Augmented Reality(超拡張現実)」を略してUAR。従来、カメラ付き端末などを用いて、撮影中の風景に対しリアルタイムで3Dキャラクターなどを描画し、あたかも現実の風景にそのキャラクターが存在するかのように映像加工する技術を「Augmented Reality(拡張現実)」と呼んでいた。映像加工ではなく、実際に画面からキャラクターを飛び出すようにした仕組みがUAR。ナノボットシステムの応用で、光学映像転写機能を持つナノボットが3Dモデリングを元にキャラクターを立体造形する。ただし、ナノボットシステムのように製品加工などはできず、あくまでも映像投影のみであり、変形スピードも制限されている。(ナノボット規制のため)
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