2.独断

【AW恋愛シミュレーションゲーム「金色の空」】


 俺たちは休日を利用してプールにやってきた。

 リオが更衣室から現れる。


『どうかな……』

 ->とても似合ってるよ

  けっこういい体してるよね

  から揚げ食べたい


「とても似合ってるよ」

『もう、あんまり見ないでよ、恥ずかしいょ』


「ぐふふ」


『じゃ、さっそく泳ごっか』


 ~~~~~~~


「ちょっと休憩しようか」

『あれ、ユウタ君、怪我してるよ? 見せてみて』

 俺の指先から血が出ていた。リオは俺の手を握る。


『ばいきんが入るといけないから、医務室にいk──』

 プールから突如出現したサメがリオに喰らい付き、プール内へと引きずり込む。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



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【side 剣崎】


「先輩、勝手に動いたらだめっすよぉ」

 文句を言いながらも左術さじゅつは俺の後に付いて、ここまでやってきた。

「ま、コイツには言っても無駄だな。昔から納得できない事件には勝手に首突っ込む性質だからな」

 無駄が無く整理されたオフィス。そこにあるデスクに掛けた男は、コーヒー片手にそう述懐する。

 昔からの知り合いである検死医"白木しらき 衣吹いぶき"。こいつはこんなことを言いながらも、何だかんだと協力してくれるあたり、実は楽しんでるんだと思う。

「で、検死医の目から見て、被害者はどうなんだ?」

 AWゲーム「リアルバケーション」で死亡した4名、その被害者の内2名を白木が検死している。

「あれは人間技じゃあねぇな……、ああ、"すごい技術"とかそういう意味じゃねぇぜ? 『猛獣に教われた』と言われたなら納得できる状態って意味だ」

 言いながらも白木はいくつかの写真を取り出す。俺から聞いといてアレだが、コレって見せていいのか……?


「この被害者は腕が切断されてる。断面は『食いちぎられた』って感じだな……。あと、こっちの傷はまさに歯形だ」

 遺体は正視に堪えない状態だ。歯形の大きさはかなりの大型だ。

「先輩、こりゃサメっすよ、間違いないっす」

 こいつは……、ゲーム内殺人の次はサメかよ……。

「お前は、ゲームでサメに襲われて実際に死んだって言うのか?」

 俺の言葉に、左術さじゅつは得意気に人差し指を立てる。

「AWだからこそっすよ、先輩知らないんすか? プラシーボ効果と言ってですね──」

「お前は映画やアニメの見すぎだ」


「確かに、俺も専門じゃないが、この噛み跡は"サメ"と言われるとそう見えるな」

「ですよねぇ!!」

 白木の後押しで左術さじゅつは俄然勢いを増す。

「こいつを調子づかせるようなこと言わないでくれ……」






「……マジで行くんすか?」

 白木と話していたときにはノリノリだったくせに、こっちに行くと聞いてからは随分とテンションが低い。

「俺、あの人苦手なんすよねぇ……」

 左術さじゅつは腕を組み、しぶしぶといった様子で俺の後に付いてくる。お前の都合など知らん。

「なら待ってたらいいだろ」

「行きますって、行けばいいんでしょ」

 なんか面倒なヤツだな……、別に待っててもいいんだけど……。


「入るぞ」

 当然のごとくノックに反応は無く、俺は一声かけてから扉を開く。白木の部屋とは対照的に、その部屋は非常に雑然としていた。何かの資料らしきチューブファイルが無造作に積まれ、ディスク類がその隙間を埋めるように積み上げられている。積み上げられた段ボール類は、どうやら捜査資料などが入っているらしい。いいのか、放置してて……。

 部屋の主は情報処理関連のエキスパートであるはずだが、室内の雑然とした具合からは"ペーパーレス"なんて言葉からは程遠く、昭和の空気を感じさせる。

 そんな足の踏み場もないような部屋の主である女は、自身のデスクでパソコンにかじりつくように座っている。俺のノックに返事すらしなかったその女は、俺の姿を一瞥し、

「……、私はアンタに用は無いわよ」

 サイバー対策課課長"情島じょうじま 理香りか"は素っ気なく言った。

 彼女は今回の"事件現場"と目されるAWゲーム「リアルバケーション」の解析を行っている。

「はぁ~、どうせ"リアバケ"の件でしょ? あれはもう国際警察の管轄で、アンタは指示で動くだけの一兵卒のはずよね?」

 俺が何かを言う前に、情島はため息をつきながら言った。


「そこをなんとか、頼むよ」

「……、1階のカフェのケーキセット2回分」

 情島は無表情のまま、俺に交換条件を提示してくる。ケーキセット2回分、す、少なくない出費だが……。

「ぐ、わ、わかった」

「いいわ、交渉成立ね」

 彼女は急に上機嫌になり、くるりとこちらに体の向きを変える。


「分かったことは、"何も分からない"ってことね」

 足を組んだ膝の上に手を置き、彼女が言う。

「それわかってないって言うんじゃ──」

 左術さじゅつの言葉に、情島の表情が曇るより早く、俺は後頭部と小突いた。

「ぱ、パワハラっすっ!!」


「続けていいかしら?」

 騒ぐ左術さじゅつを後目に、呆れ顔の情島に先を促す。

「"リアバケ"のログを追ってみたけど、特別に何も記録されてないわ、不自然なほどにね。サーバー機器にもおかしなプログラムは入ってない。いわゆる"ウイルス"なら、自己増殖を行うから、ウイルス自体が残っているはずだし、トロイの木馬にしてもワームにしても、サーバーには何かが残るはず……」

 情島の言う内容の6割以上がわからん。

「えっと、つまり……?」

 俺が全く理解していない、ということが分かったのか、情島がため息をつきつつ改めて口を開く。

「ゲーム内で何かが起こった……、それは間違いないと思うわ。でなければ、同じゲームの同じフィールドにいた4人が、ほぼ同時に死亡するなんてことが偶然に発生したとは思えない。でも、ゲーム側には一切の痕跡が無い。仮に何かのボットプログラムだとしたら、自身の痕跡を懇切丁寧に消し去るようになっているわね。そして増殖している気配も無い……。何が目的なのかサッパリね」

 "何も分からない"ことが分かったっていうのはそういうことか……。困ったことに、これじゃどうしたらいいかも分からない。

「その、何かのプログラム? それが入り込まないようにできないのか?」

 情島はヤレヤレと言った仕草で俺の問いに答える。

「モノが無いんじゃ何を止めていいのか分からないわ、痕跡だけでも残っていれば手がかりになったかもしれないけど、それも無いし、お手上げね……」

「増殖しないってことは、そのプログラムが実行されているところを捕まえてしまえばいい、ってことっすか?」

「おい左術さじゅつ、ネズミ捕りじゃないんだから──」

「そうね、確実にこのサーバーで動いてるって状況で"物理的"にオフラインにしてやれば、捕まえられるわね」

 え、そんなネズミ捕りみたいな方法でいけるのか……?

「それが出来れば苦労しないんだけどね……」






「先輩、もう諦めたほうが良くないっすか?」

「……、なんかしっくりこないんだよ」

 左術さじゅつの言うことが正しいのはわかっている。既に捜査の指揮権はこちらに無い。俺がここで単独で動いたところで捜査に進展は無いだろう。

「そうか……、サメか」

 今更ながらに何がしっくりこないのかわかってしまった。俺も左術さじゅつを笑えないな。あいつの言う通り、"ゲーム内で何かに襲われて死んだ"と俺も考えていたのだ。俺はその証拠をつかみたいんだ。


「運営会社にも聞き込みしてみるか……」

 いろいろと話を聞いてみるしかないだろう、その中で何かの手がかりがあるかもしれない。

「あー、たぶん難しいんじゃないっすかね……」

 俺は独り言のつもりで呟いたのだが、左術さじゅつがその独り言に答える。

「どうも、事件のせいで"リアバケ"の接続数が激減してるとかで、存続の危機とか言われるっす……」

 当然といえば当然か、"どこに殺人犯が居るか分からない場所に居られるか!! 俺は帰るぞ!!"ってヤツだろう。俺も真っ当な手続きで捜査しているわけじゃないからなぁ、あまり角が立つとマズイか……。


「先輩先輩、こういう時はアレじゃないっすか?」

「あれ?」

 左術さじゅつは、やたらと嬉しそうにしている。なんか嫌な予感しかしない。

「"現場百遍"っすよ、捜査に行き詰ったときは"現場"に戻るんすよ」

「なんでお前が"捜査"を語ってるんだよ……、大体、今回の事件の現場って……、おい、まさか」

 左術さじゅつが更に笑みを深める。どこの悪役だろうか。

「善は急げっす。サービス終了したら見れないっすよ!」

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