押し入れ

 お風呂から上がると、押し入れが5センチほど開いていた。ズボラな私はいつもなら気にしないのだが、なんとなく気になってスっと閉めた。


 ◆◇


 朝起きると、押し入れが開いていた。またか、と思ったが、仕事に遅れそうだったこともあって今度は閉めなかった。


 ◆◇


 仕事から帰ると、押し入れが閉まっていた。閉めた覚えがないが、無意識に閉めていたのかもしれない。疲れたし気にせず寝よう。


 ◆◇


 翌日の夜。朝には再び開いていた押し入れがまた閉まっていることに気づいた。さすがにこれはおかしいのではないだろうか。そもそも私は押し入れを滅多に開け閉めしない。何が入っているのかもあまり覚えていないほどだ。じゃあなぜ……。


 とりあえず押し入れの中を調べてみることにした。よく分からないが、この妙な現象に原因があるとしたらこの中だろう。


「服、カバン、扇風機、本……」


 けっこういろいろ入っている。


「ぎゃあっ」


 ゴロン、と生首がでてきた。


 いや、よく見るとこれはマネキンの首だ。そういえば美容師の兄が置いていったんだった。


「怖いからもう捨てよう……」


 処分するにもちょっと怖いので、兄に引き取ってもらうことにして、玄関に移動させた。


 それにしても特に原因は見当たらない。まさかネズミなんかの力じゃ開かないだろうし、これはやはり霊的なアレなんだろうか。


「怖いよコテツー!」


 番犬にもならなそうな愛犬に抱きつく。大人しいダックスフントの彼は若干迷惑そうにしつつ、されるがままだ。


 しばらく恐怖に浸っていたが、もう夜も遅い。しぶしぶ寝ることにした。ただ怖いのでコテツを布団の中に招き入れる。


「おやすみ、コテツ。幽霊がでたら退治してね……?」


 ◆◇


 ──ゴソゴソ


「ん? コテツどうしたの?」


 コテツが布団から這い出る音で目が覚める。時計を見るも、まだ夜中の2時だ。


「げ、丑三つ時じゃん……。コテツ勘弁してよ」


 コテツはカシャカシャと爪の音を立てながら玄関のほうへ向かう。


 怖々ついていくと、暗闇の中でコテツが何かを引っ張っている。


「ひっ」


 ──パチン


「……え?」


 電気を付けると、なんともマヌケな光景が広がっていた。コテツがマネキンの頭を引っ張っているのだ。


「もう、なにやってるのー」


 取り上げようとするが、コテツはキュンキュン、と鳴いて嫌がる。引っ張りあっているうちにふわりとシャンプーの香りが香った。


 そうか。全部分かった。


 コテツはこのマネキンの匂いを追っていたのだ。このマネキンは兄のカット練習用だが、押し入れに仕舞う前に自分のシャンプーで洗っていた。兄が大好きなコテツはその匂いを求めて押し入れを開けようとしていた。


 つまり、この事件の犯人はコテツだ。


「なーんだ、騒いでたのがバカみたい。ふわぁ、まだ夜中だよ、コテツ。おやすみ」


 それにしてもコテツの短い足では押し入れは5センチしか開かないのか。なんて可愛い。

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