第2話 クロイツとゼノン
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―レポート―
現在、日本で確認されている「アトマー」は、およそ4500人と言われている。
しかし、アトマーの認知件数は年々増加しており、いまだ明確な総数は分かっていない。
日本で、初めてアトマーの存在が確認されたのは、1997年7月8日東京の湾岸署前で、「男がものを浮かして暴れている」という通報だった。
当時、アトマーの認知が薄かったため、通報を受けた警官は「公務執行妨害ですよ」と通報者に言ったほどだった。
アトマーの存在を確認した日本政府は、自衛隊を派遣。事態は鎮圧されたかに思えた。
しかし、同日以降から、急速にアトマーの認知件数が増加した。そしてそれとともに、自身の力を過信し、暴徒と化したアトマーによる犯罪件数も増加。
日本は白いハトが飛ぶ平和の国から、人々の恐怖と思惑が交差する混沌の国へと姿を変えていった。
誰もが、日本は終わりだとそう思ったとき、ある一つの組織が立ち上がった。自警団を名乗る彼らはアトマーでありながら、犯罪アトマーを次々と拘束。彼らは言った。
「我々はこの国を救うために来た。」と。
彼らの名は「GIO」。民間のNGOでありながら、闘う彼らの姿は、人々からはまさしく救世主だった。
暗い一室。資料を片手に女性が大勢の記者の前でプレゼンをしていた。
「このように、我々自警団「GIO」は先週末、国連が定めた【犯罪アトマー対策基本法】の下、日本国において国家認定の自警団となりました。」
女性が発表すると、記者たちのどよめきとカメラのシャッター音が聞こえた。
すると、一人の男性記者が手を挙げ、「質問いいですか」と言い、女性はそれに応じた。
「先月、東京都の秋葉原において、建物を無差別に破壊していた男の事件についてなのですが、」
「はい、存じております」
と女性がうなずくと、記者は微笑を浮かべた。
「その際に、男と戦闘したと思われる「GIO」の構成員2名が戦闘直前に言い争い、時間を浪費して被害の増加を許したと、口コミがありましたが、それについてどうお考えですか?」
記者の言葉の中腹から女性は段々と顔が曇り、記者が気付いた時には、般若はんにゃのようだった。女性の怒気を感じたのか、記者はたじろいだ。
が、すぐに女性は表情を満面の笑みに変えて答えた。
「申し訳ありません、本件とは無関係なため日を改めまして、後日再確認したうえで、会見を行いたいと考えております。」
▽
コードネーム「クロイツ」こと
起床して、まず初めに洗顔をする。髪を濡らし、ワックスをかけて、髪形を整える。
最近のマイブームはオールバックだ。ひげを剃る時あえてあごひげを残すのは悪いことじゃない。
ダンディーな男を目指すために日々精進しているのだ。
‥‥冗談だ。
俺の今日の朝ご飯は、食パンとハムエッグ、それにコーヒー‥‥、
じゃなくココアだ。
苦いものはいつになっても、体が受けつけてくれない。
朝ご飯を胃にかきこみ、歯磨きを済ませたら、丁度時間だった。
トレンチコートを着用し、黒の革靴を履いて出勤する。
なぜこんな服なのかと言うと、雰囲気が出るらしい。
‥‥まあ、わからんでもない。
「GIO」本部は俺の家から、車を飛ばして約20分弱にある。
この建物は白く横長で、全部で5階層だ。オフィスビルというより、学校のような形に近い。
が、ガラス張りだからなのか、
ペンキの新しいにおいがするからだろうか、
新鮮で清潔な雰囲気を醸し出している。
自動ドアを開けた時、階段の踊り場にいた一人の女性が、自分に気付いて近づいてきた。
満面の笑みだった。
俺はわかった。
彼女の心情が。「言葉」ではなく「心」で理解できた!
「おはよう、クロイツ君。申し訳ないけど、ちょっといいですか?」
彼女の満面の笑みの仮面の下に般若を見た瞬間だった。
プ〇シュートの兄貴…。
「えっと、先週の街中のレーザー暴発のことですか?
あっ、もしかして、経費ごまかしたのばれちゃいました?
それとも・・・」
彼女の周りをさらに怒気が覆う。
プロシ〇ートの兄貴…
「いいですか!?」
「良くないですっ!ちゃんと話合いぃぃぃぃっ」
この女性ことコードネーム「ミット」は俺の片耳をつねった。
「言い訳は後で聞きますから」
プロシュート〇兄貴ぃぃぃぃ!!
▽
コードネーム「ゼノン」こと、
なぜなら到着して、普通なら俺より早く到着しているはずのやつの姿がなかったからだ。
「GIO」のメンバーは、基本暇だ。
犯罪アトマーの通報があった際のみ、本部からの呼びかけで、現場の急行、事態の鎮圧化を図るというのが、「GIO」の方針であるのだ。
ゲームでいう「冒険者ギルド」みたいなものだ。
だから、本部に呼ばれるときは何かの仕事が課せられる時だ。
2階の廊下を歩いていたら、個室の方からやつの声がした。
やれやれ、ここか。と扉を開けると、
正座するクロイツ‥‥とミット。
あっ、怒ってるわ
「ちょうどいいところに来ました。君もここに座ってください。」
えっ、俺も!?
横を見るとクロイツが救世主を見るような目で俺を見ていた。
なんだお前…、そんな目で俺を見るな。
気色悪いだろっ!
「いや、俺は何も‥‥」
ミットに弁明を求めたが、それは鋭いにらみによって消え失せた。
「あなた方は一体、何回問題を起こせば、気が済むんですか!あなた方の一つ一つの行動がこれからの「GIO」の評価につながっていくんですよ!この前の秋葉の事件だって…」
▽
これは、長くなるな、たぶん。
と俺が思ったとき、
ドアのガラスからドアの前に人影があらわれたのが見えたと思うと、扉が開いた。
出てきたのは、
髪はぼさぼさ、
うすくひげが口の周りに生えている、
目つきが悪くてクマがある、ダメ人間‥‥
じゃなくて、事務の川田さんだった。
「如月さん、すみませんがこの2人借りてもいいですかね。」
相変わらず、死んだ魚の目だ。
「あの、川田さん。名前を呼ぶときはコードネームでって言ってますよね。」
よし!ミットの怒りが、川田さんに向いた!
「すみません、自分カタカナっていうもんが苦手でして。」
川田さんはめんどくさそうに頭を掻いた。
「ですけども!」
「…あの、その2人に怒っているのは分かりますが、その怒りを自分に向けるのはお門違いじゃないですか?」
「用が済んだら、すぐに返しますよ」
うん、うん、ん!?
「その後は、煮るなり焼くなり好きにしてください」
いや、ちょっと待て!
「まあ、それなら…。でも次からは、ちゃんとコードネームで呼んでください」
いいのかよっ!もっと怒れよ!名誉きそんだ、名誉きそん!
「ありがとうございます」
川田さん……、悪魔だ。悪魔の笑みだよ…。
般若‥‥のいる部屋を後にして、
廊下に出た俺たちのなかで、
最も早く口を開いたのは川田さんだった。
「如月さんには、俺が言っとくから、用が終わったら帰れ」
…え?
「お前がいたら、俺が帰れねぇじゃねえか、今日こそは帰りたいんだよ」
川田さん、あんたって人は‥‥
漢おとこだ、漢の背中だよ‥‥。
感慨極まった俺は、
この質問を聞けずにはいられなかった。
「今日で何泊目ですか?」
と。
▽
今日で、会社に4泊目の川田さんは、
会議室のドアの前まで、案内をして「じゃ、俺はこれで」と素早く踵を返していった。
「meeting room」というステッカーが貼ってある扉をノックすると、
しばらくして「どうぞ」という低い声が帰ってきた。
「失礼します」と俺とクロイツは言い、ドアを開けた。
そこには、縦長い机に並んで座っている幹部たちと
そして、机の一番奥に座っている初老の男は「GIO」の創設者であり、
今「GIO」を統率しているボスの姿があった。
「コードネーム「クロイツ」、「ゼノン」。よく来てくれた。座ってくれ。」
彼の低い声は、どっしりと重みのある声だった。
「失礼します」と俺とクロイツはそれぞれ断って、席に座った。
ボスの頭には、白髪が混ざり「どこにでもいそうなおじさん」と呼ばれても仕方ない、顔だがオーラはこの部屋にいる誰よりも強く感じられた。
ん?
これって、俺らの問題を責めれるやつ…?
俺がびくびくしているとボス、ではなくその横にいたメガネのいかにも官僚のような男がしゃべり始めた。 「コードネーム「クロイツ」こと上坂秀樹、同じくコードネーム「ゼノン」こと古門遼太郎。君たちはこの国、「GIO」、そして人々のために数々の貢献をしてきた。」
あれ?もしかして褒められてる?
責められるわけじゃ、ない?
「度々、問題が目立ったが…」
ギクッ。
「それでも、彼らのこれまでの行いは、そのマイナス面を大幅に上回るものと言っても過言ではない。よって、我々「GIO」の幹部一同は、君らのランキングインを祝福しよう。」
‥‥‥‥‥‥。え?え?え!?
俺たちが、ランキング!?
俺とクロイツはお互いに顔を見合わせた。
飛んで喜びたい気持ちを抑えた。
ランキング。
・「GIO」構成員(戦闘専門)の上位22人は、ランキングとして発表される。それは、彼らにとって昇進で
あり、名誉なことだった。そしてランキングインした者には‥‥。
「つまり、君たちは二つ名を持つことになる。」
二つ名。
・ランキングする人数と占いでよく使われるタロットカードの枚数(22枚)が同じであるため、ランキングインした者にはタロットカードに由来する名をもらえるというものである。
・二つ名をもらえた者は「ネームド(named)」と呼ばれる。
メガネの男は話を続けた。
「正式な発表は、後日行う。ネームドに慣れたからと気を抜くのではなく、これからも日々精進してくれ。以上だ。」
▽
喜びの余韻に浸りながら、会議室を出た
俺たちを待っていたのは
熟れたトマトのように顔を真っ赤にした‥‥
ミットだった。
え?ドウシテカノジョガ、イルノ?
俺は横を向いた。
視界に移ったのはゴボウ‥‥、
じゃない!ゼノンだった。
ゼノンも俺の方を見てまたミットの方を見た。
「ここにいれば来るって、川田さんが言ってましたから。」
俺たちがその言葉を理解するのに5秒はかかったと思う。
べつに、川田さんを信用していたわけじゃない。
こんなオチだろうなって、うすうす気づいてたよ。
でも‥‥
でも‥‥
でも、帰れって言ったじゃないか!!
下げるなら、最初から上げるなよ!
「なに、ぐずぐずしてるんですか?言いたいことは、まだまだあるんですよ。」
ミットはそう言い、俺とゼノンの耳をつねった。
そこに丁度帰ろうとしていた、川田さんに会った。
俺が恨めしい顔をしたら、
それに気づいた川田さんは満面の笑みを向けて
「逃げ切れると思うなよ」
と口パクで言った。
川田さん、あんたは本物だよ。
本物の、悪魔だ‥‥。
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