第5話
「頼む、彩。協力してくれ」
「何よ、改まって。気味が悪いわね」
「お疲れ様でした~」と燐夜達二年を見送ったのが、つい先刻の事。
午後七時を回った部室。ローテーブル越しに頭を下げる俺に、『Ariadne』のキーボード…
「…それで?龍牙がそんなに頼みたい事って?まさか『べにと喧嘩した』…なんて言わないわよね」
「……」
「…嘘でしょ」
口元を押さえる彩に首を振ると、俺はぽつりぽつりと事の経緯を話し出した。九十九家当主との接触、許婚の存在、そして…べにを縛る鎖の事も。
全てを話し終えた俺に、彩は「…成る程ね」とおもむろに脚を組んだ。
「…それで?龍牙はどうしたいって言うの?」
「ああ、べにとは別れる。だから…彩には、俺の『恋人役』をやってほしい」
「ッ!?…随分と簡単に言うのね。結局…べにに対する想いはその程度だったって事?」
「…違えよ」
噛み締めた奥歯が、ギリッと音を立てて軋む。
べにの表情が好きだ。媚びる事のない凛とした面持ちも、目尻の下がる笑顔も、時折見せる愁いの表情も。
べにの音が好きだ。脳髄を殴り飛ばす攻撃的なギターと、威嚇するように吠える歌声。
ステージ上を派手に遊び回る生き生きとした姿も、揺れる赤メッシュも挑発するような視線も。
『流石、璃梨だな』
『やめろ、あたしは璃梨じゃねえ。…『Red Lily』だ』
…ふとした時に見せる穏やかな一面も、全て。
だからこそ、今の俺に出来る最善の手段は…。
「俺の行動がべにの人生を左右するってんなら、俺はアイツへの危害が少ない道を選ぶ。…笑うよな。俺もべにも…そして燐夜も、みんな九十九家に転がされてんだ。…全部覆してえよ。『俺のものだ』って取り返してえよ。でも…べにはきっと、そんな事望んでいねえ」
箱庭に囚われたままの赤百合は、俺が摘み取って良いモノじゃねえ。芽を出した時から、花を手向ける相手は決まってたんだ。
机上に生けられたチョコレートコスモスに視線を彷徨わせていれば、「分かったわよ」と呆れたような溜め息が降って来た。
「うちのドラマーがこんなに女々しかったなんてね…意外だわ。…良いわよ、乗ったげるわよ。でもその代わり、条件付きでね」
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