第4話
…今でも、鮮明に思い出す事が出来る。「新進気鋭の二刀流」として名高いギタリスト、『Red Lily』…本名・九十九べにが、俺達軽音部に仲間として加わった時の事を。
『…一年、九十九べに。元は部活無所属で、中学ではギターやってた。…先に断っとくけど、あたしは敬語使う気なんざ無ェよ』
ラインの引かれた双眸で俺達を睨みつけた少女は、ライブ中の澪なんて比にならないくらいの『野生』をまとっていた。彼女の幼馴染である燐夜は元より、同じギターの澪はすぐに仲良くなっていたようだが…べにの警戒したような態度は、俺と彩には当分向けられていて。
『べに、さっきの入りなんだが…』
『気安く呼ぶんじゃねえ。『九十九』って苗字で呼べや、六月さんよォ』
暫くそんな調子だったが…ある日、放課後の部室で見たべにと澪の会話が、俺の中の何かを確かに変えた。
『べにちゃん、歪みのエフェクターって何使ってる?』
『…?確かオーバードライブのはずだ。中学以来替えてねえからな、要望があるなら違うのにするぜ』
『…成程ね。じゃあ、ディストーションとかどうかな?僕はリバーブに変えるから、それで…』
『おい待て。澪さんをファズから変えさせてたまるかよ。それならあたしもオーバードライブのままで…」
『いや。僕が今までファズだったのは、ギターが僕一本だけだったからだよ。折角べにちゃんのお陰で二本になったんだから、もっと活かさないと』
『…けど……』
『大丈夫だよ。べにちゃんの音は『Ariadne』ではもっと活かせる。…攻撃的、って言えば良いのかな。僕には絶対に出せない、べにちゃんだけの音。…べにちゃん、今まで僕達に合わせる為に、大人しく弾いてたでしょ?抑える必要なんて無いよ、もっと自由に動き回って』
『ッ!?…バレてたんかよ。…分かった、今度から暴れ回るからよ…フォローは頼んだぜ』
『勿論だよ』
拳を交わした二人に苛立ちを覚えたのも、少女の笑いが綺麗に見えたのも、全て紛れもない事実だった。…いつからか俺は彼女に惹かれていたようで、俺にとっての彼女は次第に特別なものになって行って。
『べに、俺と付き合ってくれ』
『…良いぜ』
…言ったのだって俺からだった。かつて『桜楼学園の若頭』とまで呼ばれた彼女が受け入れてくれたのは、何か裏があるからではないかと疑った事だってある。
『以前から思っていたが…口紅、やけに赤いな』
『昔の名残だよ、不良に堕ちぶれてから定着しちまった。…テメェが嫌ってんならやめるぜ』
『いや…良いんじゃないか?お前に赤はよく映える』
でも…冬も近付いたある日、べにの黒髪に一筋の赤を見つけた時は、言いようの無い幸せを感じて。
『…良いな、赤メッシュ』
『テメェと色違いだっつの』
背けられた頬にさした紅と、無意識なのかメッシュを弄る指先。その後、爪やヘッドフォンやギター、徐々に赤に染まって行った彼女は、次第に俺に心を開いて行ったように感じられて。
『ッ!?…龍牙かよ。ヘッドフォン返せ』
『…大音量で音楽を聴くなといつも言っているだろう。離れていても音漏れが酷い』
『知るかよ、あたしは寧ろ爆音に慣れてんだ。あたしの真ん前はスピーカーだろ』
俺の手からヘッドフォンを奪い返すと、べにはフッとその表情を緩める。
…出会った頃よりも幾分丸くなった彼女に、どうやら俺は勘違いをしていたらしい。この変化が起こったのは、彼女の素性が穏やかだったからではなく…自らを縛る親の鎖も、軽音部までは及んでいなかったから。
『…幸せなんだぜ。軽音部もギターも、そして龍牙も、三味線以外に初めて見出した大切なモンだ』
…遠くを見つめたその視線の裏に気付けなかったのも、全部俺だってのにな。
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