第2話

 交錯する照明と、腕を振り上げたオーディエンスのシャウトが、高い天井に吸い込まれて残響を残す。


「っしゃ行くぞ!」

 オールバックの男の噛み付くような啖呵の直後、突如激しく轟いたベースで会場のボルテージは急上昇した。

 軋む空間。輝いた汗。目まぐるしく変わる色。

 曲の終わりを叫ぶギターに目を上げれば、一段と眩しい光の中、ポニーテールの中で波打つ一筋の赤メッシュが見えた。


「『Ariadne』でした!有難うございました!」




「龍牙お疲れ。相変わらず今日もドラム格好良かったよ」

「テメェもな、澪」


 部室に戻ってもなおオールバックのままの男に、「早く戻れ、キャラが違いすぎる」と軽くその頭を小突いた。

 五十嵐いがらしみお。この軽音部を束ねる凄腕のギタリストで、俺の幼馴染。

「それにしても、今日はいつにも増して灼熱だったね」

「ああ。だが、もう俺達は…」

「おら行くぞ、燐夜…って、龍牙と澪さんかよ。二人共、今日も良い音してたぜ」

 突如開かれた扉が俺の言葉を遮った直後、顔を覗かせた赤い唇が愉しそうに嗤ったのが見えた。解かれた黒髪と一筋の赤メッシュが、少女の動きに合わせて緩やかに揺れる。

「べにちゃんもね。今日、いつも以上にギター楽しそうだったよ」

「そりゃな、何たって今回は『Ariadne』の…澪さん達と演れる最後のライブだったんだからよ。…あと一月もすりゃ、あたし達新体制でのバンドの発足だ。八島さんも含めて、全員で観に来いよ」

 新しい名前は『Seiren』な、と柔らかく笑うべに。わしゃわしゃと髪を掻き撫ぜた澪は「おっと、お邪魔みたいだね。じゃあ僕はここで」と扉の向こうへと消える。

「ああ、お疲…」

「なあ龍牙」

「…?どうした」

「もう少しすりゃ付き合って半年だろ。んで、その記念に曲作ろうと思ってるんだけどよ、今年の学祭…『桜楼おうろう祭』で、新曲として発表したいんだ」

 右手首に嵌めた黒を愛おしげに撫でて、べにはふわりと微笑んだ。…付き合った当初に買った、お揃いのリストバンド。「特別な時だけ着ける」と言っていた通り、彼女の手首でそれを見るのはライブの時だけで。

「そうか、楽しみにしてる」

「阿呆か。添削頼むっつってんだよ。あたし一人の世界観じゃ突っ走って終わりだからな」

「…成る程な。分かった、待ってるぞ」

 ニイと唇を引き伸ばすと、彼女は「わり、燐夜探してたんだわ」と扉の向こうに戻ってしまった。

 …『Ariadne』のベースを務めるべにの幼馴染は、さっき彩に呼び出されてたってのにな。すれ違うメンバー達が微笑ましくて、部室で独り小さく笑みを零した。

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