第6話
「おお、山岡じゃないか!」
正面から歩く田西はわたしに気づいて声を出し、手をあげた。田西と手をつないでいる沼海老は眉をあげてわたしを見た。
「ちょっと、そこ行こうぜ」
近づく田西は立ち止まりもせず、わたしの肩をすっと押して通り過ぎた。わたしは足を止めて、田西のうしろへついて歩いた。
道路わきの自動販売機の前で田西は止まった。
「ひさしぶりだな」
田西は整った顔立ちに微笑みを浮かべて言った。
「ああ、いったいなんの用だ?」
わたしは言った。
「いったいなんの用って、おいおい、ひさびさに会ったから立ち話しようと思ったんだよ」
「そうか」
「ねえ、山岡君、ひさしぶりね、元気してた?」
浅黒い肌した沼海老は言った。田西の手を噛みつくようにして握り、わたしの顔を見上げた。沼海老の背は低かった。
「いつのまにそんな関係になったんだ?」
わたしはつながった手を見つめて言った。
「あれ? 山岡、知らなかったのか? 一ヶ月前から付きあっているんだ」
田西はさらっと言った。
「そうか」
「ねえねえ、カマキリ君が亡くなったの聞いた?」
沼海老は声の調子をあげて言った。
「ああ、今朝、ドブロクから聞いたよ」
「まったくよ、急にだからびっくりだよな。四日前に会った時は平然としていたんだぜ。なあ」
田西が沼海老の顔を見ると、沼海老は大げさにうなずいた。
また警報機が鳴りだした。
「じゃあ、また」
耳障りな音のなかで会話する気はなく、わたしはそう言って立ち去ろうとした。
「おいおい、まてよ、せっかく会ったのに、もう行くのか?」
田西は間髪いれずに言う。
「ああ」
わたしは足を止める。
「急ぎの用事でもあるのかよ?」
「そういうわけじゃないが、警報機がうるさくて……、それに、昼ごはんを食べようと思って──」
「そうか、それならちょうどいい。おれたちも昼めしを食いに行くところだ。一緒に行かねえ?」
「そうよ、一緒に行こうよ。おもしろい店があるのよ」
沼海老はぷりぷりした顔で言った。沼海老の顔は丸く、瞳がやけに大きかった。唇は薄く、眉毛は濃くも薄くもなく、感心するほどきれいではないが、かわいい顔をしている。しかし、小学校から知っている顔に新鮮な味はなく、かわいいといえども、かわいいだけであった。
「おもしろい店か……、安くてうまい店なら喜んで行くが」
わたしは定食を食べたかった。豚のしょうが焼きかレバニラ炒めなんかがよい。おいしい店に興味がわくとしても、おもしろい店にはなんら関心もない。
「平気、味はバッチリよ。なにより、スイーツがほんとおもしろいんだから!」
沼海老は自信ありありに言う。男の言うおもしろいならともかく、女子の言うおもしろいはあてにならない。
「そうらしいぜ、こいつが言うには一見の価値ありだってよ。おれもはじめてだから一緒に行こうぜ?」
田西は言った。
「どんな料理だ?」
わたしは沼海老に聞いた。
「ふつうの中華よ」
「中華か……、千円で定食は食べられる?」
「もちろんよ。スイーツもいけちゃうわ!」
わたしは二人についていくことにした。
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